集え生存者たち②
彼はまず国中を歩き回ることにした。
なにが起こったのか。理解できなかったし、したくもなかった。だが、理解しなければならなかった。彼にはその責任があった。
皇都デグランディ。かつて、それがあったはずの場所。
今やその場所に残されているのは、膨大な熱と煙と灰。遠目からでもはっきりと、それは巨大な塊のようにかつての皇都を覆い尽くし、その全容を包み隠しながらも、「滅び」を意味していることは明白だった。
彼はただ茫然と、その光景を――いつまでも、眺め続けるわけにはいかなかった。
少なくとも部下たちよりは早く、正気を取り戻す必要があった。彼はそうしなければならなかった。
まだ遠目で確認しただけだ。何kmも離れている。近づいて、より正確な状況を、生存者が残っていないか捜索したい。彼を含め心の底からその気持ちで溢れ返っていたが、彼はそれを抑え込んだ。
あの場所には近づけない。この距離でも熱を感じる。ここまで灰が飛んで来ている。あの分厚い雲にような煙のなかを捜索は不可能だ。数日では決して晴れない。少なくとも数か月はかかるだろう。その間、ずっとこの場所に留まり続けることはできない。
皇都を断念し、他を探す。彼はそう指示を出した。
どこも同じありさまだった。
皇都に次ぐ、皇国有数の都市があったはずの場所を巡る。どこも同じように、熱と煙と灰に包まれ、疑いようのない滅びを示していた。数件を目にしただけで、きっと世界中のどこを探しても、きっと同じような風景に違いないと、そう確信してしまうだけの深い絶望が彼らの胸に突き刺さった。
「だが、しかし。我らは今こうして生きている。ならばこそ、同様に生存しているものがまだどこかにいるはずだ」
彼はあきらめなかった。震える声で、そう主張した。
その願いに似た希望も、鑢で削り落とすように。
彼らはその道中で未知の敵性勢力と遭遇した。魔力を持たない、人形のような存在。
それらが手に持つは小型の銃。それに気づいたのは発砲音と、そして部下の命が一人断たれてからだった。
彼の部下は国内でも有数の魔術師が揃っている。軍の基準でいえば重士以上が基本だ。さらには準最高階級である獅士に匹敵、あるいは実際に獅士だったものも多く在籍する。
それが、一瞬で。ただの一発の銃弾で、頭部を撃ち抜かれて絶命した。
高度に訓練された彼らは即座に反撃し、敵を撃滅。それ以上の被害を防いだ。が。
あまりに唐突な仲間の死に、驚きと悲しみと怒りと、死神に心臓を握られたかの悪寒が皮膚を食い破るような絶望に、彼らは崩れるように膝をついた。
――たまたま都市を外れていて我々のように運よく生存していたものたちも、あの人形たちの残党狩りに殺されてしまっているのではないか。
そのことに気づいてしまったから。
彼はあきらめなかった。まずはその敵性人形の残骸を調べるように指示した。
それはいったいなんなのか。都市の壊滅と関係はあるのか。
それは彼らの理解を超えた未知の動作原理による人形であることがわかった。材質こそ異なるが、骨格や筋肉の構造は人間のものとかなり近い。内部にはなにか機械仕掛けのようなものも見える。
また、魔術の痕跡は一切ないにもかかわらず極めて頑強な素材で構成されていることもわかった。鉄の剣をただ振るうだけでは皮膚素材を傷つけることすら難しい。いったい国内でもどれだけの魔術師が、これに対抗できるのだろう。またしても彼らは気持ちが沈むようだった。
まずはなにより呼称が必要であると、彼はこれを「機兵」と名づけた。
彼らは歩き続けた。
やがて何人かの生存者と出会う。
互いに抱き合い喜びむせび泣いた。疲労も吹き飛ぶようだった。
どこも街はほとんど燃えていたが、小さな村や別荘、魔術工房などは各地に残されていた。食糧、水、衣服、寝具、薬、炭や油、食器、調理器具、農具や工具、武器、書物。使えるもの、使えそうなものはなんでもかき集めた。
そこに留まりたがるものもいた。だが、留まることは死を意味した。小さな村であれ機兵は一つずつ虱を潰すように焼き滅ぼしていたからだ。
口論の末に移動が遅れ、機兵部隊の襲撃に遭う。新たに合流した生存者はその半数を失う。迎撃しつつ撤退するも、途方もない疲労の果てに希死念慮すら頭をよぎる。
機兵は言葉もなくただ機械的に生存者を殺害する。頭部を正確に撃ち抜き、ほぼ確実に即死。相応の魔術師でなければ戦うことはおろか、逃げることさえ難しい。
満足に眠ることもできなかった。いつどこから敵が現れるのかも知れなかった。
拠点が必要だ。
戦闘可能な魔術師ならともかく、非戦闘員の民間人を保護した今、彼らを守りながら移動し戦うのは困難になった。そうでなくとも安息が必要だった。
グリスムルの大森林。たしかそう呼ばれていた場所だ。地図もなく、事実上皇国は滅んだといえる今となってその呼び名に意味があるかはわからなかった。
――いや、意味のあるものとしなければならない。
この場所に拠点をつくり、生存者を集める。今一度「社会」を形成し、「国」を復興する。彼にはその使命があった。
機兵に発見されることを避ける必要がある。彼はまず直径10mほどの対認知障壁を形成するよう指示した。準備もなく、専門家もいなければ徒手に近いこの条件で、しかしやらなければならなかった。
そうして彼らは、念のために見張りを立てつつも、ただの地べたにではあるが、ようやく安らかに眠ることができるようになった。
そして少しずつその範囲を広げていく。
20m、30m、50m。内部も、まずは村から拾い集めたシーツや藁を敷くような簡易なベッドから、葉を重ねたような簡易な屋根、木や石で柱や壁をつくり、やがて「家」としての体を整えていく。
しかし、その建築には材料を得るためにどうしても「外」で活動する必要が出てくる。動けば動くほど敵に発見されるリスクは高まる。彼は当然そのことを認識しており、その対策も考えていた。
彼は次に空間転移の術式を用意した。人や物品を瞬時に別の場所へ転移させる魔術である。これは移動先と移動元にそれぞれ術者がいることで機能する。
すなわち、資材を入手する場所と、拠点を建築する場所を別に分けたのである。
このことによって資材の確保のために活動するものが発見された場合でも、それが拠点の被発見に繋がるリスクを抑えられる。活動者自身も空間転移によって脱出することで逃げやすくなる。
生存者の捜索にも同様の手法が用いられた。寝食のための中枢拠点と各地に簡易拠点を点在させ、生存者を発見したのなら空間転移で中枢拠点まで連れ込む。
そうして彼の「国」は少しずつ大きくなっていった。
幾度かの試行錯誤を繰り返しながら、機兵による被害もじょじょに少なくなっていった。「国」の礎は安定しつつあった。
しかし、人が増えることによって生じる問題もある。
食糧だ。
もはや狩猟採集では限界がある。動き回ればそれだけ機兵に発見されるリスクも高まるからだ。
これには、ある生存者の固有魔術が役立った。まさにうってつけの、それは食糧を生産する魔術だった。
泥をこね、パンの形をつくる。そうして彼女の手でつくられた泥細工は、乾燥するとやがて本物のパンとなる。栄養価も味も文句のないパンだ。彼女は日夜、泥でパンをこね続けた。
ただ、これも一時的な措置だ。彼女が一日中休まずにいてもパンの生産量には限界がある。彼女一人を酷使し続けるわけにもいかない。
彼は農耕を指示した。村々から集めた農具で障壁内の土地を耕す。国中の農地跡を巡り種子を集めた。肥料、石灰を回収した。生存者のなかには農民もいた。適材を適所に配置し、社会基盤を少しずつ形づくっていった。
集められた生存者は、やがて三百人を超えた。
***
「……どう思う?」
褐色肌の女は困惑していた。問われた男も同様だった。
「見たまま、でいいなら。機兵が女の子を背負っている。そう見えますが」
「私もそう見える。それをどう解釈すべきだと聞いている」
「どうといわれても……。悪い想像は浮かびます」
「私もだ。これはもしかしたら最悪に近い事態かもしれない。なによりは、まず殿下に報告しよう」
「彼らに返信はしないんですか? たぶん女の子の方ですが、こちらに呼びかけてますよ」
「なぜあんな少女が軍規格の霊信を使える? まずそこが疑問だ」
「軍の関係者かもしれませんよ、ああ見えて。まずは返信をして探ってみるべきではないですか」
「いや、このまま様子を見る。殿下の判断を待とう」
そうして、彼らはしばらくその様子を眺めていた。
認識妨害に覆われた高台の簡易拠点。地脈に打ち込まれた杖を通じて霊信を発し生存者に呼びかけ、遠視魔術により半径1kmを監視するのが彼らの任務だ。
最近ではこの方法でも生存者を発見できることは稀だ。すでに皇国での生存者はみなすべて保護できてしまったのではないかと、そう思えるほどに。
だからこそ、「返事」があったときには彼らは思わず声を上げて喜んだ。しかしその発信先を見たとき、彼らはひどく困惑した。
機兵。ついにバレたのかと思った。それは人間の少女を背負っていた。
機兵は魔術を扱えない。ゆえに、霊信を用いれば人間に対してのみ呼びかけることができる。そのはずだった。しかし、そのことを機兵に気づかれたのなら、人間を使って霊信を翻訳させればよい。
そういった最悪の可能性も想定していた。だからこそ、霊信を発する杖からは距離を置いて監視する体制を構築した。この様子では、機兵も見られていることまでは気づいていないようだった。
「機兵が少女を背負っているといったな。より詳細な報告を頼む」
本部からの返信だ。
「はい。ですが詳細、といいましても……」
「少女の表情は見えるか?」
「はい。そうですね。我々からの返信がないために困惑している、といったところでしょうか」
「背負われている、といったが拘束されている様子はないのか?」
「どうでしょう。たしかに……あえて少女の脚を掴んでいるわけでもなさそうですが」
「帯や鎖などで縛りつけているわけではない、ということか?」
「そうですね。その様子はありません」
「機兵は一体だけか?」
「はい。たしかに、それも妙ですね……」
「他、その機兵になにか変わった点はあるか?」
「変わった点、ですか? あ! なにか妙です。あの機兵――眼鏡をしています」
「眼鏡? 眼鏡だと?」
それからしばらく本部からの連絡は中断する。考え事をしているようだった。
「とにかく返信をしてみてくれ。霊信の担当が少女であるなら、機兵との関係を問え」
「大丈夫でしょうか。監視していることが気づかれてしまうのでは」
「リスクはある。だが、これを無視することはできない」
「了解しました」
そして彼女は指示に従い、意を決してその未知の生存者とコンタクトをとる。
「返事が遅れてすまなかった。少女に問う。その機兵はなんだ」
単刀直入に、そう尋ねた。
それを受け、少女はあたりをきょろきょろ見渡していたようだった。見られていることに気づいたのだろう。そして、そのことを機兵にも話している。
少女の発言は唇を読むことで判断できる。だが、機兵は発言に唇を動かす必要がない。ゆえに会話の内容は正確にはわからない。ただ、少女の態度と発言だけをみても、両者はどこか友好関係にあるように思えた。
「この機兵は、眼鏡です。万識眼鏡といって、着用者の意識を乗っ取るものです。敵ではありません」
やがてそんな返事がきた。
彼らは顔を見合わせた。その内容をそのまま本部へ報告した。
「万識眼鏡か。まさかな。こんなことがあるとは。彼らを招待しろ。彼らは我々にとって大きな希望となるかもしれない」
第三皇子ガエル・ブランケイスト・アイゼルは、そう判断した。
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