情報集めも楽じゃない

 テレポートでルミナスに着くと、まずは散歩をすることにした。

 前回はサフランに連れられるままでゆっくり街を眺める暇もなかったからな。

 詩織も人間の街に興味があるようだし。


 ようやく夜の帳が下りた時間帯。

 本格的にざわめく喧騒に包まれた街並みを眺めながら、詩織は呟いた。


「人混みが鬱陶しいのは日本と変わんないのね」

「そりゃあ生きてるのは同じ人間だからな」

「私たちだって人間なのに、こっちはコソコソしなきゃいけないなんて変な感じ」

「この世界では俺たちは人間じゃないからな」

「そうなの?」

「ああ、『魔王』もしくは『英雄』……お前なら『詩織』っていう独立した種族なんだとさ」

「ふーん……」


 それから少しの間、二人に沈黙が訪れた。

 やがて沈黙を破ったのは詩織だ。


「ねえ……兄さんは、日本に帰りたいって思わないの?」

「いきなり難しい事を聞いて来るなあ……」

「どうして難しいのよ」

「……そりゃあここに来たばっかの頃は帰りたいって思ってたよ。でも、ルーンガルドのモンスターっていいやつらばっかだろ?正直、今は帰りたくないって気持ちも自分の中にあるんだ」

「そうなんだ……」

「詩織だってシオリンガルドでモンスターたちと仲良くやってるだろ?」

「まだそこまで仲良くないわよ……だから私は兄さんと違って、今すぐにでも日本に帰りたい」

「そうか……」


 ソフィアはローブのポケットの中に居て、黙って俺たちの会話を聞いている。

 この機会に少しは詩織の事を知っておこうかな……。


「なあ……詩織は日本でどんな風に過ごしてたんだ?」

「どんな風にって……別に普通よ。学校に行って部活が終わったら友達とブラバ行って……帰ったらダラダラして寝て……そんな感じ」

「ふ~ん……何て言うか、今どきの子なんだな」

「何言ってんの、兄さんだってそんなに歳変わらないでしょ……ていうか兄さんはどんな風に過ごしてたのよ」

「俺はあれだ、所謂オタクってやつだよ。学校終わったら部活もやらずにすぐ帰って、家じゃ漫画とかラノベ読んだりしてたな」


 オタクに偏見を持っているタイプなのか、詩織はやや引き気味の反応だ。


「えぇ~オタクってあれでしょ、すぐ『~でござる』とか言う人たちでしょ?」

「それはシャドウじゃねえか……ていうかお前オタクに対してどんな偏見持ってんだよ」

「だって私、前にオタクに『さ、三枝氏ぃ、わ、わわ我とのふ、不純異性交遊を申し込みたい所存にござるぅ~』って告白されたことあるんだから」

「やけにアクティブなオタクだなおい……それって返事はどうしたんだ?」

「もちろん断ったわよ。そしたら『無念……切腹ぅ!!』とか言って泣きながら腹を切る真似だけして寝転がったから放っておいたわ」

「中々面白いやつじゃねえか……」


 ソフィアはポケットの中でプルプルと震えている。

 声を出せないから、笑いたくても笑えないんだろう。


「でも詩織ってモテるんだな……まあそんな感じはするけど」

「えっ、な、何よ突然……どういう意味よ」

「いや何ていうか、その、か、顔は良いっていうかさ……」


 俺の言葉を聞いた詩織は、少し照れた様子でそっぽを向いた。


「何よそれ……どうせ褒めるんなら、もうちょっとうまく褒めなさいよ」

「悪いな、うまい褒め方を知らなくて」

「…………」


 ふとポケットを見ると、ソフィアがニヤニヤしながら俺を見ていた。


 ずっと街をぶらぶらしているわけにも行かない。

 俺たちは、きりのいいところでサフランの店へとやって来た。


 サフランの店へと続く路地を歩きながら詩織が言う。


「本当にこんな不気味なところにあるの?」

「確かこの辺だったはずだけどな……おっ、あったった」


 到着し扉を開けると、全体的にピンクな内装が目に飛び込んでくる。

 久々に来たけどこりゃ誤解されてもしょうがないかなと思ったりした。


「いらっしゃいませ~!二名様ですか?すぐにご案内いたしま……」


 近くいたサキュバスの店員さんが駆け寄って来たので、ローブのフードを外す。

 すると店員さんは驚いた様な顔になった。


「貴方は確か……魔王サマでしたよね?すぐに気づかず申し訳ありません」

「いやいいんだ……忙しいところ悪いんだけど、サフランはいるか?」

「はい!こちらへどうぞ」


 お姉さんに案内されて奥の店長室へ。

 中に入ると、机で何やら事務作業をしているサフランがいた。


 ここでようやくソフィアがポケットから出て来る。


「店長、魔王サマとお連れの方がお見えになりました」


 言葉を受けてすぐにくるりとこちらを振り返るサフラン。

 忙しいのか、お姉さんは案内を済ませるとすぐに店に戻って行った。


「あらぁ、こんなところまでどうしたの?シオリちゃんまで……何か用ならさっき伝えてくれれば良かったのに……それとも、ウチに遊びに来てくれたのかしら?」

「それなんだけどさ……サキュバスの皆にも協力をお願い出来ないかと思ってさ。ほら、この店って人間もたくさん出入りするだろ?特にチート系主人公で、花火の事を詳しく知ってそうなやつに色々聞いて欲しいんだ」

「そういう事ね……確かにウチなら話上手な子も多いし、向いてると思うわ」


 それからサフランは、顎に指を当てて少し何事かを考えてから口を開いた。


「それじゃあヒデオサマ、今からお店に行って好きな子を一人連れて来て頂戴」

「えっ……」

「なっ……」


 驚く俺と詩織をよそに、何故かソフィアが目を輝かせている。


「わあ~!すごくいいお話じゃないですか英雄さん!私が女の子を選んでもいいですか!?」

「何でそうなるんだよ……ていうかサフラン、そりゃどういうことなんだ?」

「お店は今営業中だからね……協力はするけれど、お店の子全員にあれこれと教えて理解してもらうのには無理があるわ」

「それもそうだな」

「それに何人も女の子を席から立たせるのもお客さんからすればイメージが悪いからね……一人だけ連れて来て協力してもらうってわけ、まあどうしても嫌なら日を改めてもらえば朝礼の時にでも通達しておくけど……どうかしら?」

「嫌とかそんな事はないけど……」


 一人うるさそうなのがいるんだよなあ……。

 詩織は何も言わずにこちらを睨みつけている。


「…………何よ」

「いや、仕方ないだろ。これも情報収集のためだから」

「まだ何も言ってないでしょ。好きにすればいいじゃない」


 少しだけ機嫌がいいのかも知れない……。

 機嫌が悪い時なら「やっぱりそういう事をしに来たんじゃない!変態!」とか言いそうなもんだけどな。


「そうか。それじゃあ……あれっ、女の子はどうやって選んだらいいんだ?」


 日本のキャバクラみたいに写真があるわけでもないだろうし。

 俺の言葉を聞いたサフランは妖しく微笑み、


「ふふ……シオリちゃん、こっちにいらっしゃい」


 そう言って詩織を手招きした。

 それから何やら話した後、二人して奥の部屋に消えて行ったんだけど。


 数分後。


「なっ、何よこれ!」


 詩織がサキュバスの子たちと同じ格好をして戻って来た。

 中々に露出度が高く、正直に言って目のやり場に困る。


「やっぱり私に変な事する気だったんじゃない!兄さん!」

「待て待て俺も何が何だかわかってないから!」

「うひひ……詩織ちゃん、お似合いですよ~!」


 オッサンくさい喜び方をするソフィア。

 サフランが説明してくれた。


「これからヒデオサマにはお客としてお店に入ってもらうわ。そこで直接女の子を見て選んでもらうってわけ。その時に私とシオリちゃんも付き添うわ」

「なっ……ななっ……何をさせる気よ!」

「普通にお酒を注いだりお話をしたりするだけよ?そんなに興奮することないわ」

「興奮なんてしてないわよ!」

「ふふっ……可愛いのね。それじゃあ行きましょ」

「楽しみですね!英雄さん!」

「…………」


 確かに男子高校生としては楽しみでもあるけど……嫌な予感しかしない。

 ため息を吐いてから、サフランと詩織に続いて店に入った。


 案内されたのは奥の方にある席。

 店は盛況でほとんど埋まっていたものの、残った中で一番店内を見渡せる席をサフランが用意してくれた形だ。


 豪華で大きいソファーにどかっと座る。

 詩織とサフランが俺の両サイドに続き、両手に花状態。

 気分は悪くない。確かに男が一度は夢見る花園かもな……。


 ちなみに、ローブはもう外している。

 ここで探索スキルを使うやつはいないだろうし、仮にいて俺たちが魔王だとバレてもここで戦闘にはならない。


 サフランの店は戦国の世でいう茶室の様な場所。

 誰も彼もが武器を捨て、あらゆる諍いや身分をも忘れ……皆平等に。

 そういう紳士たちの楽園なのだ。 


 サフランはあらかじめテーブルに用意してくれたお酒を手に取り、詩織に渡す。


「さてシオリちゃん。早速だけど、これをヒデオサマに注いであげて」

「なっ、何で私が!?」

「残念だけど、それしか出来ることがないから。一応店員のフリをしているわけだし……他のお仕事を教えてる暇はないでしょ」

「…………わかったわよ」


 さすがに店内で言い争いをするのは気が進まないのか、詩織は珍しく素直だ。

 全然納得していない表情ではあったけど。


 用意されていたのはワインだ。

 使い方を知っていたのか、コルクスクリューを使ってスムーズに栓を外す詩織。


 しかし今更ではあるが、ワインなんて飲んでもいいのだろうか。

 もちろんここでは法律で禁止されているなんてことはないけど……。


 まあだからこそお酒飲めませんなんて言うのも変だし、しょうがない。

 気付けば、詩織はグラスにワインを注ぎ終わっていた。


「ほら、注いであげたわよ!お客様。さっさと飲みなさい」

「どんな店員だよ……」


 恐る恐る初めてのワインを口に含む。

 うっ……さすがにジュースとは全然違うな……正直あまりおいしくない。


「あらヒデオサマ。お酒はあまりお好きじゃなかったかしら?」

「いや、ただ単に飲みなれてないだけだよ。自分のペースで飲ませてもらうさ」

「それがいいと思うわ」

「何よ……せっかく私が注いであげたのに……」


 詩織の不満そうな呟きが聞こえて来た。

 また少しワインを口に含みながら店内を見渡す。

 

 知ってはいたけどサキュバスってのは美人揃いだ。

 別に誰を連れて行っても良さそうな気はするけどな……。


 店員のお姉さんを見ていると、詩織が声をかけて来た。


「女の子ばっかりジロジロ見て……目潰しのサービスをお望みかしら?お客様」

「そんなおぞましいサービスがあんのかこの店は……ていうかそれが今回の仕事なんだからしょうがないだろうが」

「どうヒデオサマ?お気に入りの子はいたかしら?」

「う~ん……」


 引き続き店内を見渡すも、どの子を連れて行ってもあまり変わらない。

 皆美人だったり可愛かったりするからだ。スタイルもいい。


 でもその時、ふとある女の子に惹きつけられて目線を止めてしまった。


「あら、あの子がお好みかしら?」

「いやそうなんだけど……ちょっと待っ」

「ふふ……面白いじゃない。すぐに呼んで来るから、店長室に向かって頂戴」

「おい、ちょっと……」


 俺の声を無視してサフランは行ってしまう。


「ふ~んそういう事ね……ふ~ん」

「ふふふ、英雄さん……ふふふ」


 詩織もソフィアも何だかニヤけている。

 そう、俺が目線を止めてしまった女の子というのは……。


「あ、あの……お呼びでしょうか……魔王様……」


 エレナにそっくりだった。

 何これ……喋り方まで似てるじゃねえか……。


 店長室に戻った俺たちは、サフランが呼んで来てくれた女の子と対面。

 容姿だけでなく、この通り喋り方も……スタイルの良さもエレナそっくり。

 違いがあるとすれば耳くらいのものだ。


 しかもサキュバスの服を着てるから露出が……。


「帰ったらエレナちゃんに言いつけるから」

「ふふふ、エレナちゃんがどんな反応をするか楽しみですね!」


 詩織とソフィアがからかって来るが、本当にやめて欲しい。

 しかし連れて来てしまったものはしょうがない。


 俺はこれまでの経緯と今日、協力して欲しい内容などを簡単に説明した。


「かしこまりました……お力になれるかどうかはわかりませんが……その、精一杯頑張ります……」

「ああ、急な話で悪いけど頼むよ」


 そしてサフランとエレナ……に似た子に協力してもらって情報収集をしたもののその日は有力な情報は得られなかった。

 当然と言えば当然だ……たかが数時間でそうそううまく行きはしない。


 明日からは店で働くすべてのサキュバスに協力してもらうということで、今日はお開きとなった。


 店から出るとすぐにテレポートをしてルーンガルドに帰還。

 何だかすごく疲れたので、自室に戻ると早々にベッドに倒れ込んだ。

 意識が消える感覚すらないまま、俺は泥の様に眠りについたのだった。

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