義兄をやるのも大変だ
「よし、それじゃあメンバーも揃ったみたいだし、ミーティングを始めるぞ」
夕食後、アリスも食堂に居るのを確認してから俺はそう言った。
いつもならミーティングというのは幹部だけで行う。
しかし今回は花火についての情報を得るため、アリスにも参加してもらっているというわけだ。
ゲンブの話によると、花火は人間の街から打ち上げられていたらしい。
だから製作者も人間……というより日本からの転生者と見てほぼ間違いない。
そして、花火はある日を境に全く打ちあがらなくなったそうだ。
状況から察するに、何らかの原因で花火が作られなくなってしまったらしい。
だからその原因を探るため、人間の街に長らく住んでいたアリスやゴンザレスが花火について何か知っているかどうかを聞いておきたいというわけだ。
まあ、まだ100%花火と決まったわけじゃないんだけど……そんなことを言ってちゃ話が始まらないからな。
ゲンブの見た物が花火だという前提で話を進めていく。
ミーティングの最初に、これまでにあった事を簡潔に説明した。
地震の原因が地の魔人ゲンブだったこと。
ゲンブが地震を起こしてしまう原因が「空に咲いた花」とチート系主人公にあること。
「そこでまず皆に聞いておきたい事があるんだけど……」
まず、転生者以外の皆が花火というものを知っているかどうかを聞いてみる。
反応は薄い。
どうやらこの世界に元々存在するものではないらしい。
当然と言えば当然だけど、これで花火はチート系主人公が作ったものということが改めて確認出来た。
「それでハナビというのはどの様なものなのでござるか?」
そう聞いて来たのはシャドウ。
「チート系主人公が生産した魔道具的なものだってリカから聞いてる。炎系の魔法で空に大きな花の模様を描く観賞用の魔道具らしい」
と言うことにしておいた。
本当の事を説明するのは大変だし、その必要もないと思う。
「あらぁ、何だか楽しそうね。うちの子たちに見せたら喜びそうだわ」
サフランが艶やかに喋る。
花火を打ち上げたらサキュバスの子たちに見てもらうのもいいかもな……。
いや、決してやましい事を考えてるわけじゃないけど。
「とにかく、ゲンブの怒りや悲しみの原因をどうにかしてやらないと、ルーンガルドもシオリンガルドも危険だ。だから俺たちでその花火をもう一度ゲンブに見せてやりたいと思ってる」
皆黙って話を聞いていて、反対意見は何かは無いようだ。
まあ反対意見がないと言うよりかはよくわからないと言うのが本音だろうけど。
俺はどんどん一人で話を進めて行く。
「そこでなんだけど……アリスにゴンザレス。アムスブルクで花火や、花火に関する噂を聞いたことはないか?」
アリスとゴンザレスは互いに顔を見合わせた。
そしてアリスが申し訳なさそうな顔で口を開く。
「私は……チート系主人公の人たちと話したことはありますけど……ハナビって言うものの話は聞いた事がないですね……ごめんなさい」
「いやいや、謝らなくていいよ……ゴンザレスはどうだ?」
「私が路上で暮らしていた頃の話なのですが……魔石が急に値上がりしたので一体何事かと思っていると、どうやらチート系主人公の一部が大量に魔石を使うということで買い占めていたようでした。それから少したった頃にそのハナビと思われるものを私も観たのですが……その一度きりでしたな」
ゴンザレスの話を聞いた限りだと、どうやらソフィアの「花火の材料に魔石が使われていた説」が有力かもしれない。
魔石や他の材料を買い集めて花火を作っては見たものの、コストパフォーマンスが悪いとかの理由で一度きりでやめてしまったというケースだ。
まあ、逆を言えばそれ以外に花火が作られなくなった理由なんて思い当たらないわけだけど。
こうなると人間の街で花火を見つけて来るなんて方法は期待出来そうにない。
とにかくこのままじゃ何も始まらないな……よし。
「とりあえず俺たちで花火を作るだけ作ってみよう。リカが花火についてある程度は知ってるみたいだし……もしかしたらチート系主人公たちよりもうまく材料とかをあまりかけずに作れるかもしれない。また何か皆の力を借りたい時は指示を出すから、それまで待機していてくれ」
そこでミーティングは終わった。
俺はすぐに自室でリカと花火作りに関する相談に入る。
一応詩織も呼んできた。
同じ日本からの転生者だし、花火について少しでも情報が欲しいからだ。
「リカは花火の作り方はどこまでわかるんだ?」
「材料が揃えば花火を組み上げられるって感じかしら。おじいちゃんがやってるのを近くで見てたからね……ただ、材料にどんなものが使われてるか詳しいところまではわからないわ」
「なるほどは。詩織は花火について詳しく知ってることはあるか?」
「…………」
「おい」
詩織は口をつぐんでそっぽを向いている。
「おい何で無視するんだよ、何か言えよ」
「うるさい変態。話しかけないで」
まだ怒ってんのかこいつ……。
ミーティング前に俺がサフランの店に行ったことがあるということを知ってから詩織は機嫌が悪い。
別にこいつが思ってるようなお店じゃないんだけどな……。
女性陣は行ったことがないから何やら誤解しているようだった。
確かにほぼ男性にしか需要はないけど、あそこはお酒を飲みながら楽しくおしゃべりするってだけのお店だ。
というかだな……そもそも仮にあそこがいかがわしいお店だったとしても、詩織にどうこう言われる筋合いはない。
と、あれこれと思ってはいるものの、それを直接詩織に言ってしまうと余計に面倒くさい事になるのでやめておこう。
仮とは言え、俺は兄なのだ。
優しく語りかける様な口調で詩織を諭しにかかる。
「詩織あのな?サフランの店はお前が思ってる様な店じゃないぞ?」
「…………どうだか」
「なんならお前も行ってみればいいじゃん。今度連れてってやるからさ」
「……は?連れてってどうするつもりよ」
「どうもしない。実際にあそこで楽しんで、どんなお店か知ってもらうだけだ」
「そんな事言って。サキュバスとかを使って私に変な事をするつもりなんでしょ」
どんだけ自意識過剰なんだこいつ……。
「わかったわかった。もう俺は変態ってことでいいからさ……話を聞いてくれよ」
「…………」
詩織はすねてそっぽを向いたままだ。
ソフィアが回り込んで顔色を窺ったものの、苦笑いをしている。
「詩織ちゃ~ん、英雄さんとお話をしてあげてくれませんか?」
「詩織、お前は花火について何か知ってることはあるか?」
「……ない」
「そうか、ありがとう」
そうなると、まず花火作りの最初の壁は材料が何かを調べることになるな。
「リカ、人間の街に行って花火に詳しい転生者を探して、材料として使われているものが何かを聞いて来てくれないか?こっちはこっちで動いてみるから」
「お安い御用よ!」
リカは相変わらずの足の速さで一瞬で消えた。
アムスブルクに向かってくれたんだろう。
「よし詩織、それじゃお前は俺について来い」
「どこに行く気よ」
「サフランの店。よくよく考えてみればあそこに出入りしているのは人間なわけだから、サキュバスたちに協力してもらって情報収集をすればいいんだ」
「結局連れてく気なんじゃない」
「そんなに嫌ならついて来なくてもいいぞ。どんなところかちゃんとわかってもらおうと思っただけだし」
「何よその言い方!行けばいいんでしょ!」
「…………」
俺はソフィアの方を向いて小声で言った。
「なあ……俺こいつの面倒を見るの、早くも心が折れそうなんだけど」
「どうして?可愛いじゃないですか!」
「どこがだよ……」
するとソフィアは、そこで詩織にも聞こえる程に声のボリュームを上げた。
「詩織ちゃんは英雄さんの事、と~っても慕ってますよ!ね、詩織ちゃん♪」
「はあ!?何言ってんの、バカじゃない!?わ、私先に行ってるから!」
詩織が部屋を出る際、かなり強く扉が閉まる。
俺はやれやれとため息を吐きながら、ゆっくりと詩織を追った。
もうサフランはサンハイム森本にいない。
ミーティングが終わったらすぐに店の方に行ってしまったみたいだ。
俺たちだけでルミナスに行くため、まずはギドの経営する服飾雑貨店に来た。
サフランの店があるルミナスは人間の街だ。
特に俺はある程度顔が割れているし、そうでなくても探索系スキルを使えば俺たちが魔王だとすぐにばれてしまう。
だからこうして『隠ぺい』効果付きのローブを買いに来たというわけだ。
「おお、これはこれはヒデオ様……シオリ様まで。本日はどういったご用件で?」
「これからルミナスに行く。全体を覆う大きさで、『隠ぺい』効果付きのローブを二着頼むよ」
「お安い御用で……お値段の方はどれくらいのものを?」
「その辺は適当でいい、任せるよ。それと…………」
「ふむふむ、かしこまりました……イッヒッヒ」
いつもの様に大人の汚い一面を見せながら、ギドは奥に消えて行く。
「私あの人苦手なんだけど」
「そういう事言うなよ。ギドは大人の汚い一面を持ってはいるけど、それは社会で生きていくために必要な一面だったりもする……かもしれないだろ」
「自信ないんじゃん。大体兄さん社会に出てないんでしょ」
「日本ではそうだけど、こっちでは立派な社会人だ。お前だってそうじゃねえか」
「こんなの社会人っていうのかしらね」
そんな話をしているとギドが戻って来た。
「こんな感じでどうですかね……それとこちらはシオリ様に」
「えっ……何これ」
「魔王っぽいマントだよ。俺がいつも纏ってるのと似たデザインにしてある。お前にはまだまだ魔王っぽい雰囲気が足りないからな」
「英雄さんにも魔王っぽい雰囲気は足りませんよ~?いい意味でですけど!」
「…………」
詩織は黙って魔王っぽいマントをじっと見つめている。
「どうした?気にくわないか?」
「べっ、別にそんな事言ってないじゃない……どうやって着るのよこれ」
「しょうがねえな……ほら、貸してみ」
詩織にマントを着せてやる。
ソフィアがそんな俺たちの様子をニコニコと眺めていて何だか恥ずかしい。
詩織も恥ずかしいのか、顔が赤くなっている様に見える。
「こんな感じだな」
「わあ~似合ってますよ、詩織ちゃん!」
パチパチと、ソフィアとギドから拍手が飛ぶ。
「にっ、兄さんは……?」
「ん?ああ、似合ってるよ」
「そ、そう……」
それから少し俯くと、詩織はぼそっと呟いた。
「あ、ありがと……」
「おっ何だ。ちゃんとお礼が言える子だったんだな……これからはもっとその言葉を聞かせてくれよな」
「うるさい!調子に乗らないでよもう!」
「詩織ちゃん可愛い~!もう私、我慢出来ません!」
詩織に抱き着くソフィア。
しかし詩織はソフィアをくっつけたまますごい勢いで走り去っていく。
「あっおい待てよ!だからいちいち走るなっつうの!」
そう言って俺は走り去る詩織を追いかけた。
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