萌え萌え大運動会

 遂にやってきた『萌え萌え大運動会』当日。


 何とか準備を済ませて当日に間に合わせた、ダークエルフ村の面々とルーンガルドからのお手伝い組はもう打ち上げをやって帰りたい気分だった。


 でも普段からの活動や宣伝の甲斐あってか、エルフをはじめとしてルーンガルドや普段はルーンガルドの外を主な活動範囲としているモンスターたちも集まり、会場はかなりの賑わいを見せている。


 ちなみに俺も最近知ったんだけど、この世界でのエルフとダークエルフの違いというのは日本でいうところの関東人と関西人の違いのようなもの。根本的な違いはなく、住む場所や人間かモンスターどちらと仲良くするかと言った要素を含めて判断されているらしい。


 会場では間もなく開会式が行われようとしている。

 まずは選手の入場だ。


 村長の合図と共に楽器での演奏が始まり、それに合わせてメイド服を着た美人揃いのダークエルフ娘たちが次々に会場に入ってくる。


 まず最初は選手宣誓。

 宣誓をするのはもちろん、現在首領としてサンハイム森本に住むエレナだ。


「宣誓!私たちは……魔王ヒデオ様の名のもとに……正々堂々と頑張ることを誓います……エレナ」


 何か俺の名前出ちゃってる。

 会場からは何故かヒデオコールが。


 お次は村長の挨拶。


「え~皆、よくぞこの老いぼれのために目の保養イベントを開いてくれたの……死ぬ前にこの目に君たちのメイド服姿をしかと焼き付け……こらブーイングはやめんか。物も投げるでない!」


 会場では「スケベジジイ!」「消えろ!」等と言った罵声が飛び交っている。

 人気ねえなあのじいさん……何で村長やってんだ。


 そして俺の挨拶。

 エレナから頼まれて最初は断ったんだけど、ダークエルフ村の人たちからだけでなく、ルーンガルドのモンスターたちからもやってくれと言われてしまったのでやらざるを得なくなってしまった。


 こういうのは日本でもやったことがないぞ……。

 一応何を言うかは考えてきたけど、不安だ……緊張する。


 ステージに上がり、周りを見渡すとヒデオコールが起きていた。

 立ち尽くしていると次第にその声は小さくなり、やがて止んだ。


 この時を待っていた。


「はい、みなさんが静かになるまで2分かかりました」


 …………。

 あれっ、これって定番じゃないのか……?


 会場は一旦波を打ったように静まり返った後、徐々にざわめき出す。


「わざわざ時間を測っていらっしゃった……?時計は近くにないはずなのに一体どうやって……?」

「きっと何か不思議な力を持っていらっしゃるのよ!」

「さすがはヒデオ様ね!」


 …………。


 うわー!やめてくれ!

 完全にやってしまった。これしばらくたまに思い出して身悶えするやつだ!


 俺は自分の顔が赤くなるのを感じながら、一つ咳ばらいをした。


「えー、選手のみなさん。どんな状況でも最後まで諦めることなく全力で頑張ってください、ありがとうございました」


 それだけ言うと拍手が沸き起こった。


 早く、早くステージから降りなければ……。

 ステージから降りると袖で待機していたソフィアがすかさず声を掛けて来た。


「英雄さん英雄さん、とっても素敵でしたよ!」

「何がだよ!」


 それからプログラムを消化すると開会式は終了し、早速最初の競技が始まる。

 会場は言ってしまえば日本の小学校が運動会をするときのようなイメージで、会場の外側が父兄席になっていた。


 俺たちも外周にシートをしいて、そこで皆で競技を見守ることにする。

 ちなみに今日はリカにライル、他に何人かがルーンガルドから観に来ていた。


 そういえばざっと目を通しただけで、どんなプログラムがあるのかちゃんと覚えてるわけじゃないんだよな。最初の競技はっと……。


 プログラムを開くと「短距離走(2360m)」になっている。

 2360mは短距離じゃねえだろ……しかも何でそんな半端なんだ。


 陸上競技用トラック的なトラックのスタート地点に選手たちが並ぶ。

 その中にはエレナの姿もあった。


「エレナちゃ~ん!!可愛い~!!頑張ってくださ~い!!」


 ソフィアが飛ばす声援に、小さく手を振って応えるエレナ。


 審判員の中年エルフがスタートの合図を鳴らす魔法を撃つために手を空に向かってかざした。


「よーーーい…………………」


 今回の萌え萌え大運動会の競技では、この審判員がいつ「ドン!」と言うかの読み合いも重要な要素の一つとなっているらしい。


 最初は何の意味があるのかとも思ったけど、考えても無駄なのでやめた。


「………………ンハァァアアアアアアッ!!!!」


 別に「ドン」でなくてもいいらしい。


 メイド姿のダークエルフ娘たちが一斉に走り出す。

 はっや。わかっているつもりだったけど、予想よりもまだ速い。


 なるほど、この速さなら2360mが短距離と言われるのもわかる。

 競技を観ていると、いつの間にかリカが横に座っていた。


「なかなか速いわね!私といい勝負よ!これ、私は参加出来ないのかしら!」

「出来るわけねえだろ……お前今日は余計な事すんなよ、本当にまじで」

「私の信頼ゼロね!」


 そして最初の組が終了。


 一位は黒髪でボブカットの女の子だった。エレナは二位。

 この世界に転生者以外で黒髪の人っているんだな。


 それから長距離走やらの徒競走が続き、何種目かが終わったところで昼休憩になった。


 昼休憩はエレナ、ルネとルーンガルド組とでサフランが持ってきてくれた弁当を食べる。さすがに今回はエレナもイベントの準備に追われていたので、サフランがサキュバスの部下たちに頼んで作ってくれたのだ。


 サフランは、弁当だけ届けて少し雑談をしてから帰って行った。


「ルネの出番はいつなんだ?」

「次の障害物競走だよ!観ててねひでおにいちゃん!」

「おう」


 そして昼休憩が終わり、障害物競争が始まったんだけど。


「何じゃこりゃあ……」


 障害の質が半端ない。

 スタートするとまず最初にイベント会場の外にある森に入り、その近くにある丘を越えて会場に戻って来たと思えば、地面一帯を炎魔法で熱し続けた『炎の沼』、攻撃的な植物を植え付けまくった『試練の林』と呼ばれるものが続いている。


 そして極めつけはゴール手前に置いてある作文用紙。

 プログラムにある説明書きによると、そこで「自分のこれまでの人生を振り返って」というお題で作文を書かなければいけないらしい。


 最大の障害は自分自身ということか。別にうまくないから。

 休暇を明けて久々に側にいるライルに聞いてみた。


「何で障害があんな大変なことになってるんだ?」

「森や丘に関しては、単純に足の速いエルフにイベント会場だけでは狭すぎるということだと思われます。ただ走るだけの徒競走とは違いますから」

「『炎の沼』とか『試練の林』は?あれってルネとか小さい子は大丈夫なのか?」

「これは憶測になるのですが……エルフ系の種族は古来より魔法が得意ですので……攻撃系の魔法を使って難なく乗り越えられるということではないかと」

「なるほどな」


 そうやって話していると、いつの間にかまた俺の横に来ていたリカが会話に割り込んでくる。


「あの『炎の沼』に『試練の林』……ルネちゃんには危ないわ!私の出番ね!」

「いやいや全然違うから……頼むから大人しくしててくれよ」


 リカが何かしないか割と本気でハラハラしていると、障害物競争がスタート。


「わあ~!メイド服姿のルネちゃんも可愛いですね~!」


 ソフィアの言う通り確かに可愛いんだけど、足が速すぎてゆっくり眺めている暇はない。というかもう競技者は全員会場から消えてしまっている。


 …………。


 俺は隣にいるリカに小声で話しかけた。


「なあリカ……これ、見せ物としては完全に失敗してないか……?ほら、日本とかだったら視聴者やスタジオの芸能人たちがテレビのライブ中継で楽しめるタイプのやつだろ、これって……」

「ええ、確かにテレビもないのに会場から競技者が全員消えるなんて斬新だわ!」


 一応競技だから審判は数名が娘っ子たちと並走する形で行っていたけど、観客へのフォローが全くない。みんな空や自然を眺めて暇を潰している。


 次に開催するならこの辺を問題点としてちゃんとエレナに教えてやろう。


 あまりに暇すぎてルーンガルドから来ている部下たちが地面の石の数を数え始めた頃、ようやく競技者たちが会場に戻って来た。


 会場から歓声があがる。


 先頭は何とルネで、そのまま問題の『炎の沼』に差し掛かる。

 どうするのかと見ていると、水系統の魔法で自分が通りたい場所の炎を消化し、炎が当たらないように通り道を風の壁で補強したらしい。


 ルネは目には見えない自分だけの通り道をすいすいと進む。


「わあ~、ルネちゃん小っちゃいのにすごいですね!」


 そんなソフィアの声に、ライルが反応した。


「私も初めて見ますが、鮮やかですね。これがエルフの魔法……」

「確かにすごいけど、『試練の林』はどう抜けるつもりかしら!」


 たしかにリカの言う通りすこし気にはなる。

 一応あいつら植物だけど普通に生きてるし、まさか燃やしたりしないよな……。


 そしてルネが『試練の林』エリアに差し掛かると。


「あっ!」


 俺は思わず声をあげてしまった。

 何と、土系統の魔法で地面を軽く陥没させたのだ。


 足場を破壊された植物がばたばたと倒れて行く。

 それからルネは、もう一度土系統の魔法を使って自分が通りたいところを盛り上げ、植物の攻撃が届かない位置をスイスイと通って行った。


「ルネちゃん、上手ですね~!」

「素晴らしい発想よね!」


 ソフィアとリカに続いて、ライルもうんうんと頷いていた。


 もちろん、ルネは文句なしの一位。

 後に続いた他のダークエルフ娘たちも難なく障害を抜けてゴール。


 魔法を得意とする種族の華麗な競技の様子に、盛大な拍手が沸き起こった。

 そして、競技を終えたルネが俺たちのところに戻ってくる。


「観ててくれた!?おにいちゃん!」

「おう、すごかったな。みんなびっくりしてたよ」


 頭を撫でてやると嬉しそうにするルネ。


「本当にすごかったわよ!」

「私も感動いたしました」


 リカとライルからも賛辞が送られて、ルネは少し照れ始めた。

 ライルとは今日が初対面なので対応に困っているようだ。


「服も汚れちゃってるし、着替えて来いよ。待ってるから」

「うん!」


 そう言ってルネは元気に走り去って行く。


「え~可愛かったのに着替えさせちゃうんですか~?」

「ソフィア……何でお前が残念がってんだよ」


 ちなみに、メイド服は選手用に各サイズを大量に用意してあるので、他よりもサイズの小さいルネなら競技ごとに着替えることが出来る程余裕があるらしい。


 それからも順調にプログラムは消化され、大盛況のままに無事閉会式を迎えた。


 今回もまた俺は挨拶をしたんだけど、終始無難な言葉だけで終えておく。

 これ以上黒歴史を作るのはごめんだ。


 全プログラム終了後、準備時間の後に村長からのアナウンスでダークエルフ村の娘たちによるメイド喫茶が開かれた。


 これ目当てにやって来たエルフやモンスターもかなり多かったらしく、男性もしくはオスを中心に喫茶店はかなりの盛り上がりを見せている。


 そしてその傍らではルネがジェンガ大会を主催していたので、その補佐がてら俺も参加しておいたんだけど、成績はあまり良くなかったのでリカとソフィアに笑われてしまう。


 そんな感じで無事イベントも終わろうかという時に、事件は起きた。

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