さきゅばすのおしごと!

 次の日は毎朝の日課になっているチート系の襲撃がなかった。そろそろ真っ先に突っ込んでくるタイプが減ってきているのかもしれない。


 昼になると、迎撃用の拠点から城に戻って幹部たちと一緒に昼飯を食べる。

 

 ミーティングが終わった後、いつも通り散り散りになっていく幹部たちを眺めながら、そういえば普段こいつら何してるんだろう……と思ったりしたので、今日は誰かについて行ってみることにした。


 とはいっても……キングは何だかついて行ったらろくでもないことに巻き込まれそうだし、ホネゾウはくだらないことに巻き込まれそうだ。ライルやエレナは結構いつも近くに居てくれるし……。


 ここはやはり、魔王になってからあまりコミュニケーションの取れていない、サキュバスのサフランだろう。


「なあサフラン。お前って普段どういう生活してるんだ?」

「あらぁ魔王サマったら、アタシに興味があるの?」

「あ、いやぁまあそんな感じ?かな……」


 いつものように艶やかな声で、誘惑するような口ぶり。


 サフランのことは好き嫌い以前に、苦手だった。

 何故なら俺は数日前まで健全な男子高校生だったから。サフランは、見た目的にも俺には少し刺激が強すぎるというわけだ。


「お日様の出ているうちから欲望丸出しなんて、さすが英雄さんですね!」

「欲望丸出しとか言うな!誤解されるだろ!」

「ゲヒャヒャァ!それでこそ魔王様だぜぇ!」


 ソフィアがはやし立てると、会話が聞こえたらしいキングが茶化してくる。さすがにここで英雄プロージョンはぶっ放せないのが悔しい。


「フフ……いいわよ。アタシのこと知りたいなら、ついてくる?」

「つ、ついていきましゅ」


 思わず噛んでしまう。


「それならばヒデオ様、少々お待ちください」


 ライルはそう言って部屋を出ていくと、旅人が纏ってそうなローブを持って戻って来た。


「これをお使いください。精霊様も、目立たないようにヒデオ様のローブの中に隠れるのがよろしいかと存じます」

「わかりました!」


 良くわからないけど、とりあえず受け取って着てみる。ソフィアはローブについているポケットの中に入った。


 何だかキッチンの方からちらちらとこちらの様子を窺うエレナに見守られつつ、俺たちはサフランのテレポートで城を後にした。




 ルーンガルドの郊外にでも出るのかと思いきや、そこはどこか、少なくともルーンガルドには見えない街だ。活気に溢れ、道端に開かれた露店では盛んに客の呼び込みが行われていて、喧騒の中を忙しなく行き交う人々には笑顔が浮かんでいる。


「ここは……?」

「ルーンガルドから一番近い人間の街、アムスブルクから更に先に行ったところにあるルミナスという街よ」

「やっぱりそうなのか。このローブは変装用ってところだな」

「このローブ、探索系のスキルを妨害する魔法がかけられていますよ!」


 ソフィアがローブのポケットからちょこっとだけ顔を出しながら補足した。


「異種族間交流が盛んで、色んな人種が暮らしている街よ。私が率いるサキュバスの部下もこっそり暮らしていたりするわ」

「それって人間から攻撃を受けたりしないのか?」

「フフフ、アタシについてくればわかるわ」


 しばらく歩くと、次第に喧騒は遠ざかり、何やら静かというよりは不気味な雰囲気の漂う裏路地的なところを進んで行く。夜なんかは一人で来たくない場所だ。


 やがて、俺たちは何だか全体的にピンクで明るく怪しい雰囲気を持つお店の前にたどり着いた。


「ここがアタシのお店よ」

「店なんてやってたのか」

「ええ、まあ主に部下たちの生活費を稼ぐってのもあるけど、サキュバスって種族の性分みたいなものかしらね」


 扉を開けて中に入ると、まだ営業はしてないらしく客の姿はない。代わって、従業員らしき色っぽい女の子たちが忙しく走り回っていた。多分みんなサキュバスなんだろう。


 店の中の様子からして、いわゆるキャバクラというやつだなと思った。実際に行ったことはないけど、裏社会系の漫画でよく見るキャバクラの風景にそっくりだ。


 女の子たちは、店に入って来たサフランに気づいて一斉に挨拶をする。


「お疲れ様です!店長」

「お疲れ様です!」

「フフフ、お疲れ様」


 挨拶を返しながら奥に進むと、一人の女の子がこちらに歩み寄って来た。


「店長、お疲れ様です!」

「あらルーミン、お疲れ様。特に問題はないかしら?」

「大丈夫です!……ところで、そちらの方は?」

「今から紹介するから、ついていらっしゃい。他の子たちにも、手が空いたら控室に来るよう言っておいてくれるかしら?」

「わかりました!」


 そのままサフランは、俺たちを連れて控室らしきところに入る。ルーミンと呼ばれた女の子は、店の中にいる従業員たちにサフランの言葉を伝えてから俺たちのところに戻って来た。


「適当に座ってくださるかしら?後でこの子たちにたくさんおもてなしをさせるから、少しだけ待ってて頂戴。あ、もうローブは脱いで大丈夫だと思うわ」


 サフランにそう促されて俺は空いてる椅子に座る。それからローブを脱ぐと、ルーミンが興味深々な目でこちらを見始めた。


「人間の男の子……ですか?かわいいですね」

「あら英雄さん!かわいいなんて言われちゃいましたよ!どうします?」


 ポケットから飛び出しながらソフィアがそんなことを言ってくるんだけど、色っぽいお姉さんに挟まれてたじたじな俺はどうすることも出来ない。


「わ、こっちは精霊さん……ですか?初めて見ました」

「ソフィアと申します!」

「ルーミン、こちらの男の子はね、何と新しい魔王サマなのよ。たくさんおもてなしをして差し上げてね」

「ええっ!この子が!?……あっ、大変失礼をしました魔王様……数々の無礼をお許しください……!」

「あーいやいや!そういうのは気にしなくていい!その、サフランみたいに気軽に接してくれていいから!」

「ありがとうございます!」


 申し訳なさそうな表情から一転、明るい表情になるルーミン。


「いやいや~何言ってるんですか英雄さん!ここは魔王らしく身体を使ってお詫びしてもらわなくっちゃ!」

「余計なこと言ってんじゃねえよ!お前は黙ってろ!」


 ソフィアを殴ろうとするも、ひょいと避けられてしまう。


「あ、あの……もし魔王様がお望みでしたら、その、身体でお詫びします!」

「あらあら!良かったですね英雄さん!これで魔王でありながら『男』になることもできますよ!」

「うるせえ!えっとルーミン、そういうのは本当にいいから!」


 そこにサフランの横やりが入って来る。


「あらぁ本当にいいの?遠慮しなくていいのよ?魔王サマったらかわいくてあれだけ強いのに無欲なんだから……」

「そうですよ!英雄さんには『ガハハハ!ケツのぷりっとしたいいサキュバスじゃねえか!』的な成分が足りないんですよ!」

「黙れおっさん女神!そんな成分いらんわ!」


 もうやだこの人たち。

 そんなやり取りをしていると、部屋には少しずつサキュバスが増えて来ていた。ルーミンが部下たちに俺とソフィアを紹介する。


「魔王様!?このお方が?かわいい~!ねね魔王様、あっちで私といいことしませんか?」

「い、いいこと?」


 がっしり腕を組まれて逃げられなくなる。


「やだ私が先よ!」

「何言ってんの私よ!」


 次々に腕を組まれて引っ張られ、柔らかい感触といい匂いに包まれた俺は身動きすらろくに取れない状態になっていた。


 ある意味男が死ぬ前に一度は経験したい理想のシチュエーションの一つかもしれないけど、女の子慣れをしていない俺は顔を赤くしつつ「あ、その……ちょっと、やめ……」っていうので精一杯だ。


「フフ、この分ならおもてなしはわざわざ指示しなくても良さそうね」


 そんな俺の様子を眺めながら楽しそうにそう呟くサフランは、いつもの妖艶な笑みを浮かべている。いやいや止めてくれ。


 その後、今日は疲れているからと言ってどうにか軽く食べ物や飲み物を出してもらうだけにとどめた。それでもずっと横にお姉さんたちがいて終始緊張しっぱなしな俺。帰り道では、やっぱり「いいこと」ってのをしてもらえば良かったかな、あれは何だったのかな……とちょっぴり後悔をしていた。


 最後の最後に忘れていたかのように説明を受けたけど、サキュバスの経営するあのキャバクラのようなものは人間の、特に男性からかなりの需要があるから、あそこでひっそりやる分には「知る人ぞ知る男のための店」として重宝されていて、サキュバスはむしろありがたがられているらしい。


 テレポートで城に戻ると、もう夕食の時間。食堂には幹部たちが揃っている。


「お帰りなさいませ、ヒデオ様」

「ただいま」

「お帰りなさいでやんす~」


 どうでもいいけど、このホネゾウのやんす口調は何をイメージしているのだろうか。本人は狙ってやってないからイメージもくそもないか。


「お、お帰りなさいませ……」

「ただいま」


 一瞬エレナから「お帰りなさいませご主人様」と言ってもらえるかと思って期待した自分を殴りたいなって思った。


「お帰りなさいませご主人様って言って欲しかったですか?今度エレナさんにお願いしてみましょう!」

「俺の頭の中を読むのやめてもらえる?」


 女神にはそういう能力でもあるのだろうか。


 それから飯を食べ終わって自室でゴロゴロしていると、エレナが掃除をしに来てくれた。エレナの仕事は多岐に渡るみたいだから、身の回りのことくらい自分でやるよといっても受け入れてもらえない。


 そりゃあかわいい女の子が自分の部屋を掃除しに来てくれるのは嬉しいけど、さすがに申し訳ないってのが本音だ。


「いつも悪いな」

「いえ……私のお仕事ですので……」


 もしかしたら彼女は、今はもういないお父さんの分も働こうと躍起になっているのかもしれない。もしそうなら俺はこの子に……ほんまええ子やで……という言葉以外何も言えなくなってしまう。


 別に温かくなっていないこたつの上でみかんを食べている妖精ソフィアを眺めながら、「このみかんどこから持ってきたのかな……」と考えていると、不意にエレナが掃除の手を止めてこちらをじっと見ていることに気が付いた。


「どうした?」

「あ……いえ、その……」


 言いにくいことなのだろうか、急かすこともなくのんびりと答えを待ってみる。


「サフランさんのお店に、行って来たんですか……?」

「ああ、ちょっと俺には刺激が強かったけど」

「し、刺激が強いことを、したんですか……?」


 あれ……何だこれ……。

 エレナが少し俺を問い詰めるような口調になっている気がしないでもない。


「いやいや全然そんなことしてないよ。すごく歓迎ムードで危うく刺激の強いことをされそうだったけど、疲れてるからって言って断って軽く飲み食いするだけにしてもらったんだ」

「そうでしたか……変なことを聞いて、申し訳ございません」

「全然いいよ」


 そういえばエレナも、数日前のこととはいえ、出会ったばかりの頃よりは大分俺に慣れてくれたみたいだ。話していて言葉がつまることも少なくなっているし、気兼ねなく聞きたいことを聞いてくれるようになっていた。


 でもな……他の幹部と違って、エレナに「普段何してるんだ?」とか「エレナの部屋はどこにあるんだ?」とか聞くのって何だかセクハラの様な気がしてしまうんだよな。これは俺がエレナを意識しているということなんだろうか。


 考え事をしていると、掃除やらが一通り終わったらしく、エレナが道具をまとめ終わっていた。


「それでは失礼します……」

「ああ。いつもありがとな」


 扉のところで一礼するエレナに手を振って返す。彼女の姿が消えると、ソフィアがまた女神らしからぬ邪悪な笑みを浮かべて話しかけてきた。


「英雄さんも隅におけませんねえ~このこの~」

「何がだよ、肘をぐりぐりすんのやめろ」


 妖精の姿でそれやられると結構くすぐったいんだよな。


 う~む、しかしライルやエレナには特に世話になってるからな、何かお返しが出来ないだろうか……せっかく物を作れるスキルやらも習得したことだし、明日は二人に何か必要なものはないか聞いてみよう。

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