第2話 俗説・七人ミサキ
「七人ミサキ」を知ってるかい、兄さん?
さすがに知ってるか。海や川の近くに現れる七人の集団霊。それを見たものは、高熱に倒れる。そうして死んだ奴は、七人ミサキの新しい一人となり、奴らのうちの一人が成仏する。だから、常に七人で徘徊しているってわけさ。
こいつに囚われちまうと、自分の力はおろか、いかなる力の持ち主でも救い出すことはできない。抜け出す方法はただ一つ。新しい仲間を引き入れることのみ。
――渋谷七人ミサキもありますよね?
ほう、最初に物書き名乗っただけあって、抜け目がないじゃないか。あれは赤ちゃんの声を聞いた女子高生七人が、突然死を遂げたってやつだったかな。
実はその七人。援助交際をしていて、子供を堕ろした経験がある。その子らの霊に祟り殺されたってわけだな。それから彼女らは七人ミサキとなって、援助交際をしている女子高生を、次々と取り殺していくんだと。
――知ったネタばかりで、拍子抜けした?
ふっ、それじゃ、この辺りに伝わる「七人ミサキ」の話をしてやるか。独自色が強いからな。書く時は「俗説」とでもしとけよ。じゃ、いくぜ。
時は戦国時代。
もののふたちが、富と栄誉と平和を目指して戦っていた時代。
とある殿様に仕えていた、七人の侍がいた。
――なに、映画のパクリじゃないか? そのツッコミも折り込み済みだぜ、兄さん。
あいにく、その侍たちが野武士を相手に大立ち回り、なんて展開はなしだ。奴らのいた城が囲まれそうになった時、七人は勝ち目なしと見て、逃げだした大勢の足軽のうちの一部に過ぎなかったのさ。
元より、彼らは村の口減らし。とっとと死んで来いとばかりに、戦場に送り出された連中だ。そんな連中が考えたことは、何だと思う?
故郷への復讐? 殿様への申し訳なさ? 武具の始末の方法?
どれも違う。「腹減ったァ」だ。
――おい、吹き出すな、兄さん。「腹が減っては戦ができぬ」と言うだろう! まあ、そいつらは、もう戦する気はないんだがな。
で、奴らは深い森の中で、腹いっぱいの飯にありつくための策を巡らせたのさ。
そんな七人の前方の細い道を、横切っていく女が二人。一人は米俵を二俵。一人は大きな樽を背負っていた。その匂いから、酒だと七人には分かった。
ここで七人はどうしたと思う?
――女を襲って、色々な欲望を発散させる?
なるほど、さすが物書きの発想だと言いたいが、甘いぞ、兄さん。
さっきも言った通り、七人の欲望は「腹減ったァ」だ。それ以外は考えなくていい。
彼らは森から出ると、女たちの後を追わずに、逆方向。彼女たちが来た方向へと駆け出して行ったんだ。
ところで、あの女たちの正体。あれは「礼の者」と呼ばれるものだ。
戦国時代は侵略の時代。自分の土地を治める奴が、目まぐるしく変わるなんて、当たり前の時代だった。前領主の覚えがよくっても、後からきた領主に気に入られなきゃ、はい、それまでよ、ってわけ。
そこで、「礼の者」だ。自分たちの蓄えの一部を差し出すから、生活を守ってくれという前払い。
早い話が袖の下。わいろって奴よ。侵略者にとっちゃ、自分の力を知る分かりやすいステータスの一つってことだな。
だが、あくまで差し出すのは、蓄えの「一部」。「残り」は村にあるってわけだ。
察したか、兄さん。一時の快楽に溺れてちゃ、大志は成せないってことよ。
あとは詳しく言う必要はないか。男たちが戦でいない隙を狙って、村を襲った七人はその蓄えを片っ端からいただいちまったのさ。
特に山育ちの奴らにとって珍味だったのは、昆布やわかめだった。どこかの家が物々交換で手に入れたものだったんだろう。だが、噛めば噛むほど、にじみ出るその味に七人は虜になっちまった。
彼らは海藻を求めて山を下り、海沿いで大きな戦があるたび、礼の者が来る道筋から判断して、村々を襲っていったんだ。
元々、口減らしの身。どの場所、どのタイミングなら強い者がいなくなるかを熟知していた。逆らう奴もいたが、腹いっぱいの七人は容赦しなかった。見せしめに一人、二人と斬り殺して大人しくさせると、食い物を、特に海藻を中心とした魚介類を漁っていった。
彼らが大漁をせしめて去った晩には、近くの岬から奴らの笑い声がずっと聞こえてきたという。
これが、ここいらでの「七人ミサキ」の伝説だ。今でもその影響が残っているんだぜ。
軒先に、昆布が吊るしてあったのをみただろう?
伝説にあやかって、どの家でも一カ月に一度は、海藻を玄関先に干すんだ。そんで実際にやってくるんだとよ。例の七人が。
姿を見た者はいない。だが、これをしている家と、していない家では、作物の出来に大きな違いが生まれる。肥えた土を持つ田んぼや畑も、日照りや冷害もなしに、ぱたっと物が採れなくなる。おかげでその田畑は使い物にならなくなり、新しく耕す必要が出てくるんだ。
今もなお、腹を減らした七人が、海藻なしでは物足りぬと、作物の生気を食い散らかしてしまうんだという、もっぱらの言い伝えさ。
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