第94話異界よりの来訪者を追う者達
「あのー、箸使うの上手ですねぇ。お兄ちゃんに習ったんですか?」
「いや、習ってはいないが…何かわかるか?」
妹が箸を器用に使い、焼き魚の身を切るジャックに声を掛ける。
このような食器は初めて見るが、ジャックを含めた異邦人全員が、戸惑う事なく扱って見せた。
「恐らく、佳大の影響でしょうね。記憶や人格を侵さない範囲で、技術が付与されたのではないでしょうか?」
「怖い話だね。僕ら皆、いずれ佳大になるってことかな」
「勘弁してくれ。ってかそうはならないって言ったじゃん」
「私が話したのはあくまで推測ですので。実際どうなるかはわかりません」
夕餉の席だが、和やかなばかりとはいかない。
ターニャの一部であるナイは含めないにせよ、他4名は食事もすれば、出すものも出す。
彼ら全員を養う事など出来ない。働いてもらわなければ、すぐに立ちゆかなくなるだろう。
「それなんだよなぁ。どっかから金パチってくるのも限界来るだろうし」
「何?アンタ盗んでくるの…バレないよーにやりなよ」
「それは勿論。皆には迷惑かけない。けどなー、身分証とか求められたらアウトじゃん?」
「うーん、身分偽造……とか?」
この中に戸籍を用意できる人間はいない。
身分証の提示を求められない職場……日雇いなら働けるかもしれないが、それでも身の上を正直に話せない。
「あー、もう!この話は今日はヤメ!どうせ今日明日じゃ無理だし」
「そういや、明日バイトだけど、行くの?」
「休むよ!こっちは大冒険して帰ってきたんだよ、バイトとか馬鹿馬鹿しい!」
翌日、佳大は宣言通りバイト先に欠勤の連絡を入れた。
それから数日後、オフの日の正午に杉村家を訪問者が訪れた。スーツ姿の2人組だ。
インターホンで確認するといずれも女性。30代前半と思しきポニーテールが鶴田、まだ学校を出たばかりと言わんばかりの若年のショートヘアが磯貝と名乗った。
配達人以外に対して、佳大は居留守しか使わない。
居間でTVゲームに興じていたターニャが心配そうに声を掛けてくるが、放っておくように言った。
ジャックが注意しても、彼は聞く耳もたない。
「ヨシヒロ、こっそり出て行って、奴らの身分を探って来い」
「え。あぁ、わかった」
佳大は透明化し、窓から表に回る。
家の前には、銀色のトミタ・クラウン。2人の動きに注意しつつ、窓に顔をくっつけるように車内を探る。
佳大はレバーの隣で固定されている、黒いグリップのような物体を目にとめた。その下端から黒いチューブが伸びている。
(無線……)
佳大はこの時、彼女達が発する力の波長に気づいた。
人間――家族とは違う、一番近いのは名前を忘れた剣士、クリスに襲わせた騎士…。
ただならぬ事態を悟った佳大はルートを引き返し、何食わぬ顔で玄関に顔を出した。
「恐れ入ります。愛知県警の者ですが…」
(え、警察?)
佳大は思わず薄ら笑いを浮かべてしまった。
身に覚えがない。ジャックは彼女達が漂わせている気配を察して、あれほどうるさかったのか?
佳大が黙っていると、2人組が口を開いた。
「お尋ねしてもよろしいですか?」
「すいません。なんでしょう」
2人は久屋大通公園上空に出現した飛行物体について調査しているらしい。
佳大はこの時点で、2人の身元に不審に思った。SNSで画像や映像が出回り、キー局が映像を流していたが、警察の調べる事とは思えない。
しかし、彼らが追っているのは自分達だ。佳大は相手がどのような手に出るのか、興味を抱いた。
リスクは高いが、この出会いは自分に変化をもたらすものになると感じる。
「僕もこの船、見ました。すぐ真上を通って行ったんですよ」
「そう…なんですか?途中で消えたと聞いていましたが」
「うん、そう。よかったら上がっていきますか?」
2人組は慇懃な態度で断り、家の前から姿を消した。
面白くなりそうな予感がしたのだが、無理に引き込んで敵視されたら厄介だ。見送るしかない。
扉を閉めてすぐ、階上からジャックの声が掛かった。
「不用心じゃないか?」
「けど、興味あるだろ?あいつら何者だろ」
「警察…じゃないのか」
「いつのまに日本の警察は、レベルを上げたんだ」
ジャックに続いて、クリスも顔を覗かせた。
「ねぇねぇ、ヨシヒロ!僕とどっちが強い?」
「いや、お前の方が強い。けど、何人くらいいるんだろう」
佳大は2階に上がり、クリスの相手をした。
彼についても考えねばならない。佳大が見た限りでは、いつまでも家で大人しくしていてくれるとは思えない。
クリスが殺戮できる場所を、彼が爆発する前に用意しなくては…。
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