第79話イースを目指して、妄想だけじゃ満足できないの

 佳大一行は門を創造し、ロウレイ北にある森林の前に出た。

この天然林において、人の手が入っているのはごく一部。20分も歩くと、ロウレイ人の寄り付かぬ原生林になる。

背の高い木々が好き勝手に枝を広げており、彼らは時に道を塞ぐ根の上を渡って進んだ。奥深くに分け入っていく彼らの前に、森の住人達は不思議と顔を出さない。

鳥や鹿、蛙が姿を隠す一方、統率された幾つかの集団が近づいてくるのが、ジャックを除く4人には分かった。


「囲まれてる…ジャック」

「なに?森を管理しているエルフか、やるか?」

「俺はちょっと…これだけ見事な森を壊すのはちょっと」


 佳大が躊躇する様子を見せたので、ジャック達は珍しく思った。


「いいじゃん、森くらい」

「いやいや、人間と一緒にすんなって。自然は大事なんだぞ…火はいれるなよ」

「じゃあ、凍らせるのはいいんだ」

「えー…タダで通してくれねーかな」

「間違いなく仕掛けてくるだろうな」


 さらに5m進んだ頃、木々の奥から矢が射掛けられた。

クリス、ターニャは難なく避けたが、ジャックと佳大、ナイには命中。

しかし、矢は脳天を抉ることなく、皮膚に弾かれてしまう。この程度の攻撃に意味はない。

厚い城壁を石礫で破壊しようとするような、無意味な試みだ。


「止まれ!これより先は我らエルフが管理する森、これ以上進むなら迎え撃つ!」

「どうぞ!矢でも魔法でも、僕らは止められないよ!」


 煽るクリスを嗜め、佳大は前に出る。


「俺達はこの先にあるって言う、イースに用があるだけだ!エルフに手は出さない!」

「古き神々を害さんとする異邦人とはお前か!痴れ者が!下がれ!」

「じゃあ、死ね」


 死刑を告げる裁判官のよりも冷ややかに告げ、佳大は弓を番えるエルフの背後をとった。

背中から胸に右拳を突き入れられ、唖然とした表情で振り返ったその顔は、美しい。

顎は小さく、瞳はぱっちりと大きく、筋の通った鼻梁はすっきりとしている。一族全員、顔は人間よりも小さく、手足の長いモデル体型。

そして佳大のイメージ通りの、先端の尖った長い耳。


 佳大が飛び出した時、戦端は開かれた。

エルフたちは弓を放ち、東大陸のそれよりも数段強力な魔術を撃つ。


「おい、森が…」

「殊勝な男だな。我らは森と共にある、我々の術で傷つくことは無――」


 言い切るより早く、クリスの爪で頭部の上半分が吹き飛ぶ。

音より早く動くクリスと、それに準じたスピードで跳ね回る佳大。他の3名は固まって、魔法や化身で身を守っている。

魔術に対する防御があるのは佳大達も同じ。異邦人の加護を受けている彼らは、エルフの魔術を気を張らずとも弾いてしまう。


 一つ目の巨人や山羊の下半身を持つ怪物が行く手を阻む。

巨人サイクロプスは爆風でターニャたちの乗るライオンを打ち上げ、獣人サテュロスは敵を魅了する調べを口ずさんだ。

異性であるターニャの心がぐらついた刹那、クリスがサテュロスの身体を四つに切り裂く。金髪の少年は佳大の左足を食べたので、最も強く加護を受けているのだ。


 前衛2名が動く度に、それを追って爆風が発生するが、枝が揺れるだけで折れることは無い。

直接触れない限りは、葉が落ちる事すらなかった。30秒かからずに周囲のエルフを始末し終えると、5名は森の奥に向かって直進。


 ターニャはナイ、ジャックと共に、巨大な獣に乗っていた。

頭布ネメスとあごの付け髭を備えた、スフィンクス像に似た黒い毛のライオンだ。

敏捷さにおいて、クリスと佳大には及ばないが、立ちふさがる木々を跳ね飛ばして進む小山のような巨体は、見ていて痛快ですらある。

まもなく開けた場所に出た。


 巨大な湖――いや、人工的な堀だろうか?

信じられない程大きな水たまりの上に木造の橋で繋がれた大小10個の浮島が配置され、それぞれが一個の集落を形成している。

とんがり帽子のようなドーム状屋根の棚屋の村――彼らはエルフの村に入り込んでしまった。

表には先ほど見た男達と同じような特徴の男女がいた。全体として女子供ばかりで男の数は少ないが、これは自分達を迎え撃ちに来たからだろう。

老人もいるが、2人しか見当たらなかった。


「どうする?思ったより張り合いが無いけど、彼ら見栄えはいいから、手慰みとして上等じゃないかなあ」

「馬鹿言え…いや」


 佳大が神妙な表情で駆け出し、クリスはそれを追う。

天真爛漫に笑っているが、その瞳は期待と殺意で茹っている。彼は目の前の男が何をしでかすか、楽しみにしているのだ。


「一番偉い奴、誰だ」


 目に映った中で、最も人の集まっていた一角に佳大は舞い降りた。

数㎞の距離を、風に乗ってやってきた侵入者に、一同は警戒を露にする。

ややあってから、一人の女が姿を現した。


 細面の麗しい顔をしており、唇は肉感たっぷりで佳大は今にも吸い付きたい衝動に駆られた。

いや、それ以上に魅惑的なのは首から下だ。露出の少ないドレスながら、身体の凹凸がはっきりとわかる。

乳牛に例えられるほどの立派な乳房と、丸みを帯びた腰回り。村長の妻である。佳大は三次元でこれ程美しい女を、初めて見た。


「…なにか?」

「イースへの入口があると聞いた。入る為に特別な手順がいるなら教えて欲しい」

「その質問には一切お答えできません。罪を重ねる前に疾く去りなさい」

「そうか。先に行こう」


 クリス、ターニャの乗るライオンに視線をやってから、佳大は走り出す。


「屍の山を踏みしめて歩く悪鬼ども――――呪われてあれ」

「フッフフ……ハハハハハハ!」


 村長夫人の呟きを耳聡く聞き取った佳大は、足を止めた。

表情を愉快そうに歪めて笑った直後、能面のような顔で口を開く。


「もしイースに入れなかったら、すぐに戻ってくるからな」


 佳大は駆け去りながら、ロムードとの再会を待ちわびて含み笑いをする。

目を細め、口を裂けそうなほど吊り上げて走る男を見て、正気であると断じる者はいないだろう。

ジャックですら不快になる笑顔だが、隣に来たクリスは、それを見て楽しそうだと感じた。

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