第42話パーシバルの金山

 金山の麓に作られた街、パーシバルは意外なほど盛況だった。

魔物出没の情報は広まっているだろうが、鉱山夫や彼ら目当ての商売人が、通りにひしめいている。

甲冑姿の男が門番をしている小屋は、街の集会所らしい。

1週間かけて到着した佳大は驚きをもって見つめ、クリスですら興味深げに鉱山町を眺めていた。ジャックだけは予想通りといった表情をしている。


「みんな勇敢だねー、魔物は怖くないのかな」

「鉱山はそもそも危険が多い。毒の混じった空気を吸って死ぬ奴もいれば、落盤で手足を無くす奴、竪坑で落下死する奴もいる。命が惜しい奴らは、とっくに逃げただろうよ」

「ふーん、残ったのは金の亡者だけって事か」

「命の使い処なんぞ人それぞれ、こいつらの事は気にするだけ無駄だ」


 鼻を鳴らすジャックは、口元を緩ませている。

彼らはギルド・ホールに出向くと、冒険者に開放された宿泊施設に入る。

エルフィの宿屋より安いが、施設は貧弱で、独り一部屋などという要望は通らない。

毛布にくるまって雑魚寝しろと言わんばかりの、殺風景な部屋だった。


「柔らかいベッドに慣れた身には辛いね。僕はこういうののほうが懐かしいけど」

「どうでもいい。依頼が済んだらどうせすぐに発つんだ、行くぞ」

「その前にあいつら何してんの?加勢してくれって話なのに」


 佳大は彼らの様子を怪訝に思った。


「攻勢が激しくて引いたのかも知れん。顔を出すついでに、話を聞きに行くか」


 3人は用向きを伝え、中に入る。

金山を取り戻しに向かった部隊は、奥から現れた巨人により半壊。

命からがら逃げ伸びた者達が、施療院で入った同胞の回復を待つ間、街の警備についているそうだ。


「既に3名のパーティーが向かった、彼らと――」

「人相は!?」

「軽装の槍兵、重装の剣士、鎚矛を持った魔術師だ」

「行くぞ!ボサッとするな!」


 山に入り、峠を越えて鉱山の出入口に入る。

垂直に打ち込まれた杭の間に丸太を渡し、階段が作られているが、アップダウンがかなり激しい。

とはいえ、それで音を上げる者はいない。佳大とクリスは言うに及ばず、ジャックにとっても、この程度は障害にならないらしい。

背の高い林の間、斜面を登っていく。坑道前のスペースから、中を覗き込むが明りは見えない。目に見える範囲に、人の姿は無かった。


 坑道は入ってすぐ、二又に別れている。

分岐の手前で、クリスは佳大の耳元に飛びつき、顔を寄せて何事か囁く。

佳大は入口にちらりと目を向けると、自分の姿を変化させる。瞬く間に周囲の風景に同化し、ジャックが手を伸ばす事には、影すら見えなくなっている。


「おい、クリス!?」

「まぁまぁ、すぐ終わるからさ。ちょっと待ってようよ」


 入口が見える林の中で、ターニャは身を潜めていた。

彼女はエルフィまで3人をつけてきたが、声を掛けかねていたのだ。その間に3人は宿を後にし、1週間の旅に出発。


(どうしよう、広告を見たんですけど……っていう?今更?)


 ならどうして、街を出てすぐ声を掛けなかったのか?

いやいや、募集を掛けたその日のうちに仲間になる物だろうか。迷宮攻略や依頼達成の為に一時組むならまだしも、永久的に組む相手だ、簡単に加入は出来ないだろう。


(けど人間は怖い。冒険者は特に…)


 絆で結ばれた仲間でも、助からないと見るや身ぐるみ剥がされてしまう。

彼女自身、死んだと思っていた傭兵にトドメを刺し、奪い取る事が何度もあった。

気が小さいことに加え、長い放浪生活により、背中を晒すような振る舞いに拒否感が湧く。食事も睡眠も、人の寄り付かない場所で。

ネズミの性質を持っているからか、ターニャは悪環境を物ともしない。死体や糞尿の臭いも嫌悪するとはいえ、慣れればどうというものでもない。


(でもネズミの獣人はなぁ、煙たがれるからなぁ)


 彼らは毒や病気に恐ろしく強い。同時に病原のキャリアーになりうる。


(あの3人がその辺を了解しているかどうかで、難易度は変わる。もっと近くで……)


 その時、何かがターニャの口を塞いだ。

目を動かすが、何も見えない。見えないものを振りほどこうとするが、山肌を押しているように動かない。

ターニャは絶望と恐怖の中、持ち上げられて坑道の中に運ばれていった。


 坑道の入口付近で待っていたジャックは、浮遊する小柄な女を認めた。

ガラスのような透明な何かに口を圧迫されており、その姿勢は飛んできたというより、運ばれてきたと表現するのが相応しい。

手入れのされていない長髪で、見開いた眼は血走っている。状況を必死で把握しようとしているのだろう、目が忙しなく動いている。

手足をばたつかせているが、女を抱えているもの――ヨシヒロは意にも介していないようだ。


(これがこいつの姿隠し)


 息を呑んでいるジャックの前で、女が降ろされた。

その傍らに上背のある黒髪の青年の姿が現れる。女は3人の顔を交互に眺めると、右手の壁際に寄った。

怪訝に思っている彼らの耳に、産気づいた様な叫びが飛び込む。身を屈めた女の足元に、不愉快な黄色が広がっていく。

胃の中の物を吐いているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る