第30話謎のバナナ、エアレーバナナ
「クリスが言っていたがお前、気配を消して暗殺できるらしいな」
「盗んで来いって話ならお断りだぞ。そんなのより、在野の魔術師狙う方がいいだろ。国だの貴族だのに囲われてない奴だ」
「…確かにそっちのほうがいいか。調べてみる」
襲撃をかけるなら、人里離れた奥地に住む隠者のほうが襲うには都合がいい。
もっとも、佳大自身、この意見にあまり自信は無い。魔術師界隈について、何も情報を持っていないからだ。
「ところで、俺になにか用があるんじゃないか?」
「あぁ。あの鎧さ、魔術で変化させてみてくれよ。脛当と篭手は一応使うつもりだから、取っておいてね」
「成程。丁度披露する機会か。ただし、前もって言っておくが、どう変化するかは事前に把握できない。後で文句つけるなよ」
「わかってるよ。使いでのあるものになればいいな」
「全くだ」
ジャックは夕方には戻ると告げ、佳大と別れた。
呪文を籠めた杖や本――魔道具を物色するついでに、単独行動している魔術師の所在を調べに行ったのだ。
ジャックも魔物である為、ゴロツキ程度に負けたりはしないだろうが……街中で魔術を使ってもいいのだろうか。
佳大にはフィリア帝国内の法についての知識がない。ジャックはともかく、クリスも同様だろう。
(まぁ、目立たないように振舞えばいいよな)
そのように結論付けると、改めて神の使徒というのは面倒な肩書だと思う。
佳大は宿に足を向けつつ、これからどう過ごすか考える。依頼を受ける、情報収集する……娯楽が無い。
日本にいた頃は愛用のPCちゃんが有り、書籍が有り、暇潰しには不自由しなかった。
気が変わり、ギルドホールに足を伸ばす。
端末は空いていない。どれも3人以上並んでおり、時間がかかりそうだ。掲示板の類も見当たらない、市内の飲食店に巡るしかないらしい。
2軒目で端末を発見。飲食中の客に背を向け、端末を操作するのは、非常に居心地が悪かった。
その中で、気になる依頼を見つけた。
迷宮化した森林「赤き唇の森」でエアレーバナナという魔物から40房、摘んできてほしいとの事。
場所はキナバ島。依頼主はジュリアン農園。
エルフィ市の港から1時間30分。加工場に持ってきてくれれば、職員が引き取るそうだ。報酬は銀貨10枚とバナナブレッドの袋詰め。
(バナナ?)
依頼文を通読すると、疑問が湧いた。
バナナ、加工……食用にするのだろうか?いや、自分が知っているバナナとは限らない。
いやいや、ブレッドという事は、十中八九食用なのだろう。文章からこれ以上の情報は読み取れない。
(どうなってるんだ、これ?)
佳大がこれを受理すると、指定の時間に迎えをよこす旨が追記された。
驚愕覚めぬまま、店を出て2人を探す。無断で受けるのは、心証を悪くしそうだ。
常人離れした身体能力、と生命を感知する能力。2つを併用する事で、探索効率はぐっと上がる。
雑踏の間を駆けながら、引きを待つ釣り人の如く、意識を周囲に巡らせる。覚えのある信号を感じた瞬間、身を翻すとクリスがいた。
「あれ、こんなところでどうしたの?」
「どうしたって…」
露店が点在する広場で、クリスは猫と戯れていた。
近づくと血の匂いが鼻をくすぐるが、奇異とも思われなかったので、そこには触れなかった。
むしろ、衣装に痕跡を残していない繊細さにこそ、佳大は驚きの念を禁じ得ない。
「依頼を受けたんでな――」
「本当!どんな内容なの?」
「へぇ、食用の魔物?アハハハ…、いいねそれ!ジャックに聞かせてあげようよ。今日?」
依頼文にあった内容を聞き、クリスは天真爛漫に笑う。
「いや、明日だ」
「ふーん、フフフ…」
ジャックとは、エルフィ市南西で落ち合う事が出来た。
ムールナウト城の近くである。このあたりには闘技場や魔道具を売る雑貨屋、薬屋が軒を連ねており、冒険者街などと名前がつけられていた。
「あれー、何それ?本と杖なんか買って、何に使うの?」
「戦闘用だ」
「あー、訓練場ではきつく言いすぎたね。けど、そうやって自分なりに短所を克服しようとする姿勢は、評価しよう」
「偉そうに…。その減らず口、いずれ黙らせてやる」
「アハハハ…、ジャックは面白いな。いいよ、楽しみにしてる」
佳大は本の表紙に記された題名に目を留めた。雹嵐(ヘイルストーム)。
「冷気の魔術らしいけど、使えるのか?その本…」
「あぁ、内容を読解できれば、習得していない魔術でも問題ない」
「?…内容わかるなら、その本要らないじゃない」
内容だけ抜き取れば、本は要らない。
呪文を覚えていれば、徒手でも魔術は発動できるらしい、と理解している佳大が質問する。
「これに呪文は記されていない。こういった本は、呪文を知らなくても魔術を発動できるように作られているんだよ。じゃなきゃ売れないだろ?」
ジャックが開いて見せるが、ページ部分には何も書いていない。
表紙裏に隻眼の老婆のイラストが描かれている。尋ねると魔女ヤガーの図柄だと、ジャックは教えてくれた。
「こっちの杖もそう。ほら」
杖の先端近くに、治癒と記されている。
見たことの無い文字だが、佳大にはその意味を読み取れた。
ゲルマン人が使っていたルーン文字のような意味があるのだろう。断片的な知識しかないが、あれは文字そのものに、意味がもたされていると見た事がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます