章末 次なる指針

「レス、ちょっと来なさい」


 それは何てことの昼下がり。

 いつものように日がな一日を過ごしていれば、仕事場から戻ってきたらしいリズから呼び出しを受けた。


「何だよ、急に?」


 理由も目的も皆目見当つかず、この場でできる話ではないのかと尋ねてみるが、彼女はただひたすらにどこかへと歩いていく。

 しかし、そんな気ままな身勝手を受けるのも久々なためか、どうにも寛容になれてしまう。


 仕方なしに付いていくと、導かれた先は俺が寝泊まりとして利用している部屋だった。

 怪訝な俺をよそに、ベッドへと飛び込むほどの自由を見せた彼女は、うつ伏せに、シーツを握りしめながら横目でこちらを見つめて、ようやく本題を語ってくれる。


「……アンタさ、私に何か言うことないわけ?」


 ……何か? ……言うこと?


 正直に言ってしまえば何もない。

 知恵を絞って考えてみても、特にこれといった事柄は出てこない。


「……あぁ、髪切ったんだな。似合ってるぞ」


「そう、ありがとう。気付いてもらえて嬉しいわ。……切ったのは、アンタがここへとやって来る前の話だけどね」


 ……ちっ、違ったか。

 風のうわさで、困ったらとりあえず髪を褒めておけばいいと聞いたことがあったので実践してみたが……役に立たんな。


「もしかして、背が伸びたか?」


「あいにくと、二ミリ縮んだわ」


 これも違う、と。

 しかし、マズいな。徐々にだが、リズの怒りが募り始めてきた。


「結婚おめで――」


「婚約どころか、付き合ってるやつもいないわよ――この、アホ!」


 瞬間、額から駆け抜ける物理的な痛み。

 飛来してきた物体の勢いに、尻餅をつく形で体勢が崩れる。


 痛ぇ……砥石投げるなよ。


「……てか、ウィリーはどうした? いつもお前にベッタリで、こんな状況なら必ずどこかで聞き耳立ててるはずだろ?」


 だというのに、今は俺たち二人以外の気配を感じない。

 俺は人から漏れ出る魔力を気配として感じられるタイプなので、それでも隠密ができているというのならウィリーの技量はかなり上達したということになる。


 それともまさか、そういった性能の装備ができた……とか?


「何アンタ、分からないからって話をすり替えるの?」


「いや……まぁ、それもあるけど……。それ以上に、普通に気になったんだよ」


 あり得そうな話を前に気分が高まる。

 一方で仕方なさそうにため息をついたリズは、足をバタバタと上下に動かしながら答えを教えてくれた。


「仕事場よ、まだ営業時間だしね。私も少し抜け出してきただけで、この話が済んだら戻るつもり」


 ということは……俺の予想は外れか。つまんねーの。


「――お手上げだ。分からん。そっちも忙しいみたいだし、正解を教えてくれ」


 降参、といった具合に両手を投げ出す。

 すると、かなり不機嫌そうに、そして恨めしそうにリズはとある部分を指差した。


「それ、その刀。折れてるんでしょ? なのに、なんで直しにこないわけ?」


「あっ――」


 やっべ、忘れてた……。

 修行にかまけておざなりになっていた相棒のことを思い出し、思わず手を当てる。


「全く……いいから、まずは見せてみなさい」


 手でチョイチョイと招かれたため、観念して鞘ごと腰から抜いた。

 差し出し、手放した瞬間にリズは驚きの表情を浮かべる。


「――はぁ!? 何これ軽すぎ……ちょっと、まさか……!」


 向けられる睨み顔に俺は目を逸らすことしかできず、相棒は抜き身の姿で晒された。

 ものの見事に切断された、穂先のない刀として。


「折れた……?」


 一目見てそう予想を立てたリズであったが、切断面をそっと撫で、様々な角度から眺めることで自ら否定する。


「いや、違う。この鋭利で綺麗な断面は……もしかして、斬られたの?」


「あぁ、そうだ。しかも、俺ごとまとめてバッサリと、な」


 あれは凄まじい太刀筋だった。

 思い出してみても、現実感がないほどに浮世離れした光景。


 何やら思案している彼女に、俺は質問を投げかける。


「しかし、そんなことが可能なのか? 刀が斬られた――なんて、初めてなんだが」


「物理的には不可能ではない……と思う。けどその前に聞きたいのは、相手の武器って何だったの?」


「両刃の大剣」


 ただ武骨に、力だけを求めたような武器だった。


「なら、無理ね。大剣っていうのは、力任せに叩き切ることが本来の能力。折れることはあっても、こんな風に鮮やかに斬ることはできないわ」


「何らかの魔法を使った……ってことか?」


「おそらくね」


 武具の専門家から見ても、そういう結論に行き着くか。

 騎士団の副団長も妙な魔法を使っていたし、アイツら全員が何らかの魔法を使えると思っておいた方がいいな。


「それで、刀は直りそうか?」


 思考を一旦元に戻し、本筋に帰る。

 鍛冶に関して素人な俺からすれば分からないことが多すぎるため、素直に聞こう。


「多分ね。コレって、お師匠さまに描いてもらった魔法陣は消えてないのよね?」


「それは大丈夫。どちらも刃の付け根に刻んでるから、刀そのものが駄目にならない限り使える」


「そう……それなら、こっちも問題ないわ。短刀に打ち直せば、付与された魔法的に使えるでしょ」


「だな」


 短くなったところで支障はない。

 刃や剣先さえ復活すれば、どうにかなる。


 修復の目処が立ってくれたことは、非常に喜ばしいことだった。


「じゃあ、これは預かっておくわね」


 掲げて見せた俺の愛刀を前に、一つ頷く。

 だけども、まだ気になることがあるのか、リズは俺の腰あたりをチラチラと覗いていた。


「銃の方はどう? 一緒に整備しておく?」


「あー……じゃあ、頼むわ」


 同時に銃も預ければ、いよいよ俺は非武装状態。

 今襲われたなら、大抵の奴には負けてしまうかもな。


「それじゃ、私は戻るから。銃の方は明日には終わってると思うし、暇だったら取りに来なさい」


 小さな体で身長以上の刀を持つ、その姿はやけに不釣り合いだ。

 そんな背中に手を振って見送ると、一気に部屋には静けさが舞い戻ってくる。


「ドワーフ国、か……」


 小さな呟きは、しかしはっきりと響いていた。



 ♦ ♦ ♦



「……ドワーフ国?」


 同じ話をルゥにもしてみれば、興味深そうに復唱する。


「そうだ。そこにリズたちの店があるんだが、受け取りがてらルゥも一緒に付いてこないかと思ってな」


 とは言っても、かの国はルゥが奴隷として過ごしていた場所でもある。

 もし彼女が変に傷つくようなら、無理強いはしない。


「うん、私も行く」


「大丈夫そうか?」


 だというのに、思いのほか小気味の良い返事が来て、逆に俺が心配する運びとなった。


「……ん? 何が?」


 そう言いつつも、彼女は何を指しているのかが分かっているかのようにコロコロと笑う。

 心配されて嬉しいのだろうか?


「いや、知り合いに会っても大変だろ?」


 もちろん、その時はちゃんと守る――もとい、逃げる気ではいる。

 けれど、だからといって気にしないというわけにもいかないだろう。


 なのに、ルゥは同じように笑みをこぼすだけだ。


「大丈夫だよ。私は巫女様と違って人の前に出たことないし、他の人たちだって多分お城の中で忙しくしてると思う」


「まぁ……ルゥがそう言うならいいか」


 そもそも、誘ったのは俺だしな。

 付いてくる、というのなら拒みはしない。


「ドワーフ国……出歩いたことがなかったから、楽しみだなぁ」


 そんな楽しげな声音が耳朶を打つ。

 次なる指針は、決定した。

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