第二十七話 血の契約・後編

 明くる日。


「じゃあ、やるぞ…………ルゥ」


「うん、来て」


 意を決して話しかけてきたレスに対して、私は両手を広げた状態で目を閉じ、首筋を見せるようにして顔を傾けた。

 しかし、一向にレスがこちらに歩み寄ってくる気配はない。しびれを切らして薄く目を開けると、なんとも言い難い表情でこちらを見つめていた。


「おい、ルゥ。本当に首でするのか?」


「もう! レス、何回も言ってるでしょ。レスは私の血を飲まないといけない以上、血がたくさん出るところの方がいいって。それに私、毎回レスの首に噛み付いてるから、噛みつかれるのがどんな感じなのか知りたいの」


 このやりとりも、かれこれ何回目になるだろうか。レスにしては珍しく、決まったことに対してしつこく食い下がっている。


「……だがなぁ、それだったら腕でも良くないか? ほら、一度は腕から吸血したこともあるだろ」


 名案とばかりに意見するレスだが、その発言ももう幾度となく使われている。


「それ、もう何回も聞いた。それ以上往生際が悪くなるなら、ナディアお姉さんにレスはヘタレだ――って言いつけるよ」


 半眼で睨めつける私を見たレスは少したじろぐ。

 ナディアお姉さん、というワードはかなり効いたみたいで渋々ながらも了承の旨を示した。


「はぁ……ったく、我慢しろよ」


「ん……」


 そう言ってナイフを構えるレスに一度頷くと、再び目を閉じ、両手を広げて首を傾ける。


 冷たい感触が走ったかと思えば、次の瞬間には首筋が鋭い熱を帯びた。痛いよりも熱い。

 それを和らげるようにレスの腕はそれぞれ、私の頭と腰を包み込む。傷口には柔らかい感触が伝わった。レスが私の首筋に頭を埋めているのが分かる。


「――ん」


 先程と同じ音。しかし、その意味することは全く違う。


 唇の感触が直に伝わってくる。私の血を飲んでいると分かる。そういった事実の一つ一つが意識されて、変な気分だ。よく分からないけど、なんだか気持ちいい。

 無意識に漏れてしまう声を押し止めようとするも、端々が零れて響く。


「――い。おい、ルゥ。そろそろ離せ」


 一体どれだけの時間、こうしていただろうか。背中を叩かれた感覚に意識は戻ってくるが、まだ頭がポウっとしている。


「ほら、交代の時間だ。さっさと俺の血を飲んで、終わらせるぞ」


 レスの言葉が耳を打つ。


「…………いやぁ。まだ飲んで」


「アホか、付けた傷ももう治ってるっつーの」


 つい名残惜しくて駄々をこねるが、レスはそれを許してはくれなかった。


「いいから飲め。それで終わる」


 私の頭を自分の首筋へと近づけるレス。その動作がいつもに比べて少し強引で、私は大人しく噛み付いた。

 一口飲んだ瞬間に変化を感じる。


 味がいつもより濃い。体が魔力で満ち、力が漲るのが分かった。今までとは比べ物にならないほどの血の効果だ。


「――そう、それが吸血鬼族に代々伝わる『血の契約』よ」


「あっ、ナディアお姉さん」


 噛みついていた口を離す。

 声がした方を振り向けば、そこにはナディアお姉さんが腕を組んで立っていた。


「吸血鬼族は魔力のある血液を主食とするため、ある意味で雑食。しかし、その見境のなさに規律をかけ、ただ一人の血だけを飲み続けると契約した者には新たな力が生まれる。

 その方法こそが互いの血を交換すること。それをすれば、契約した吸血鬼はその者以外から吸血できなくなり、もししようものならたちまち消滅してしまう。

 だから、契約者は死んではならない。死なせてはならない。そのために、一説にはこの生まれる力のことを『契約者を護るための力』、なんて言われたりもしているわね」


 ――契約者レスを護るための力。


 心地よい響きだと感じる。

 今までの私はずっと彼に護られてばかりで、その度に危険に晒してしまった。殺しかけた。


 けれど、そんなレスを今度は私が護る。

 もう二度と、あんな思いはしない。


 まだ首筋に残る温かさを感じながら私がそう決意していると、ナディアお姉さんはニヤニヤとした妙な笑みを浮かべ出す。


「しかし……一部始終を見ていたけど、何とも刺激的な光景だったわね。焦りまくりで経験ないのが丸わかりだったわよ、ヘタレのレスコットくん?」


 その態度が気に食わなかったのか、レスも挑発的な笑みを浮かべて負けじと言い返した。


「はっ……さすがは年の功。何百年も経験のないお方の言うことには説得力があるな」


「なっ……! 私にだって、そんな経験の一つや二つ――」


「ほぉー……あると申しますか。俺がまだ小さい時には『相手がいない』と嘆いていたお師匠さまにも春が訪れた、と。それも、俺たち孤児の面倒を見ながら? さすがですわー」


 何故こうなっのか、と言わんばかりの口喧嘩。

 互いの顔には青筋が立ち、にこやかな表情とは裏腹に会話の節々に棘を感じる。


「…………上等よ。どう育て間違えたのかは分からないけれどその性根、もう一度鍛えなおしてあげるわ」


「…………きてみろよ。今日こそ勝って、引導を渡してやる」


 けれど、その様子には微笑ましさを感じるものがあり――。


「ずるい! 私も戦って、もっと強くなる……!」


 そう声を上げて、私は駆けて行くのであった。

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