第二十五話 感想戦

 銃を掲げながら、俺は思う。

 完璧なタイミングと言う他ない。


 戦いという場に常に身を置いた戦士が隙を見せる、一番の状況は何だろう?


 食事をしている時か? 湯浴みをしている時か? はたまた、寝ている時か?


 ――答えは否。

 そういう在り来りな場面こそ、戦闘に長けた者は警戒する。


 ならば答えは?

 相手にとどめを刺す時だ。


 勝負が決まる瞬間というものは、誰しもが感じ取ることのできる。

 相手も自分も、殺る側も殺られる側も、みな等しく分かる。


 だからこそ、ついそこに意識を向けてしまう。

 周りが見えなくなり、隙となりえてしまう。


 それ故に、ルゥが奥の手を見せた時、俺は完璧だと思ってしまった。

 あまりにも完璧すぎる、と。


 だから読めた。読めてしまった。

 こうして、背後に銃を向けることができてしまったのだ。


 目線は別の方向を向いているため、彼女の様子は計り知れない。

 けれどきっと驚いていることだろう。


 魔力を込めれば、何の不自由もなく魔導具が発動する。

 放たれた弾丸は性格無比にルゥの額を捉え、そして――。


「はい、そこまで」


 ――呆気なく、第三者に摘まれた。


「色々と言いたいことはあるけど、まずは二人ともお疲れ様。結果は予想通りだったけど、経過は上々よ」


 そう先程の模擬戦の総評を告げるのは、我らが師匠であるナディア=ノーノだ。

 存分に戦ってよい、という言葉の通りに最後の最後まで見守り、そして決着の一撃だけを止めてくれた。


 相変わらず、勝てる気がしないな……全く。


「ということで、まずはレス」


 個別評に入るのか、俺は話しかけられる。


「何だ?」


「高山での修行が活かされているようで何よりだわ。刀が生きていれば、もっと早くに決着はついていたでしょうね」


「ないものねだりをしても意味がないよ。それに一応、この刀は折れてても使える。それくらい、お師匠さまも知ってるだろ?」


 ポンと腰に掛けたままの柄を叩けば、ニンマリと微笑まれるだけだった。


「次にルゥちゃんだけど……」


「はい!」


 なんとも小気味の良い返事。

 だがしかし、与えられた言葉は少し毛色の違うものである。


「戦った本人に聞きなさい」


「レスに……?」


 言われた言葉の意味が上手く汲み取れないのか、首を捻るルゥ。

 俺と同様に、何かしらのアドバイスがもらえると思ったのだろう。


「そう、あの子に。感想戦って言って、なんで負けたのか、どうして相手はあのように動けたのか、こうしていたらどうなっていたのか。実戦には存在しないたらればを議論し、戦略を深めることよ」


「分かりました……!」


 ビシッと手を挙げると、今度は一直線にこちらへ向かって走ってくる。

 当然のようにそれを受け止めてあげれば、先のような戦闘に則したピリピリとした緊張感はどこかに霧散し、和やかで穏やかな空気が流れ始めた。


 手の甲に触れる金色の髪はサラサラとしていてこそばゆく、それでいて気持ちが良い。


「というわけだ。なんでも聞いてくれ」


 ずっと遊んでいるわけにもいかず、抱いた身体を離して互いに向き直ると俺は話を切り出す。


「じゃあ……何で最後の攻撃が分かったの? 身振りがないと魔法が使えない――って上手く隠せてたと思うし、使う場面も正しかったと思ったんだけど……」


「簡単な話だ。単純に隠せていなかったから、それに尽きる」


 そう告げれば、人差し指、中指、薬指の三本を立てて見せた。


「三回、ルゥはミスした。一回目は初撃の銃を防いだ時――庇う動きをした手は明らかに銃弾が魔法と衝突した後だ。咄嗟に守ったのは褒められるが、それだけだったな」


 薬指を下ろし、次。


「二回目は接近戦で組み合った時――退くことに徹して空中へ逃げたのは良いけど、少し自由に飛びすぎだ。露骨すぎるぞ」


 そうして人差し指のみを掲げる。


「最後は空中戦での蹴りのガード。完全に裏を取って隙をついたのに、ルゥは防御魔法を張ったな。……まぁ、その頃には俺の方でもある程度予想がついてたから、未然に防がせてもらったけど」


 それだけ話せば、俺は一度息をついた。

 一気に喋りすぎた気がする。おかげで、ルゥもぽかんと口を開けて聞いているし。


「……………………すごい」


 と、思ったが違うらしい。

 何はともあれ、お褒めに預かり光栄だな。


「それに、片手につき一つの魔法が使用できる――っていう設定で戦っていたんだろうが、後半はグダクダだったぞ? 飛行、閃光、氷槍……三つも使っていた」


「…………あっ、本当だ」


 気を良くした俺が次々に感じたことを挙げていくと、それをルゥは真剣に受け取っていく。

 自分の欠点を指摘され、それを素直に認めることは成長において大切な点の一つだ。なればこそ、彼女はもっと強くなるに違いない。


 感想戦っていうと、大体が自分の敗北を認められずにたらればの話ばかりを振ってくるからな。

 別にそれが悪いというわけでもないけど、足りないものの方が目立つ。


「じゃあ、私の魔法を察知したのはどうやったの? 発動のタイミングは腕の振りに合わせたとしても、狙い位置は分からないよね?」


「一つは視線だな。単純に、攻撃箇所を見すぎ」


 まぁでも、それに関してはしょうがない側面もあるので何とも言えない。


 何故なら、魔法において一番重要なのは想像力だから。

 どこに、どんなものが、どのように生み出されるかを導く以上は発現場所を見るのも仕方がないと言えよう。


「それでも、氷の雨はどうやって躱したの? 光が眩しくて、見えなかったはずでしょ?」


「そっちに関してはちょっとしたカラクリがあってな……」


 そこで一度言葉を切る。

 かなり特殊な技術だから、という理由で少し渋るものの結局は話すことに決めた。


「少し話は変わるが、魔力っていうのはどこにでもあるよな。人の身体にも流れているし、この大気中にも含まれている」


「…………? ……うん、そうだね」


「さて、そんな中で遠距離魔法を使うとどうなるか。これは原理も分かっていないんだが、自分の魔力と同時に発現場所付近に存在する魔力も一緒に消費してしまうんだ」


「……………………うん」


 僅かな間をおいての肯定。しかしその表情は未だにハテナ顔のままだ。

 さしずめ、それが質問の回答とどんな関係をしているのか分かっていないのだろう。


 前置きは終わったし、もう答えを出す。


「というわけで、簡単に説明すると俺は不自然に消費された大気中の魔力を感知して攻撃箇所を割り出し、回避する寸法ってことだ」


 聞けば、単純極まりない仕掛け。

 だが、そこにもルゥは疑問を持ったようである。


「そんなこと、できるの?」


「――普通はできないわよ、そんな芸当」


 答えたのは俺ではない。

 声のした方を俺たち二人が向けば、傍から黙って話を聞いていたお師匠さまが口を出してきた。


「大気中の魔力なんて微量すぎるし、そんなものを一々感知していたら普通は人の持つ魔力との区別ができなくなるわ。耳の良すぎる人が通常の生活音や、人々の会話で苦しむ原理と同じ。そうならないこの子が規格外なのよ」


「そう、だよね……」


 何やら、化け物扱いをされている気がする……。


「まぁ、そんなわけだ。発現場所さえ分かれば避けることも簡単だしな。他にも、あの氷の雨だってあれだけの量を一気に打ち出せば、曲げたり追尾したりといった小細工もないだろうし、感知位置の直線上に銃を撃てば防ぐこともできる」


「…………凄い、そこまで考えていたんだ」


 感嘆をありがとう。


 だが、全ては持ち合わせた経験と技術による賜物だ。

 常に考え、あらゆる手を想定していれば難しいことは何もない。


「――ってな感じが、俺の感想かな。正直に言えば、数ヶ月であれだけ戦えたら十二分に凄いんだけど……ルゥがそれ以上の高みを目指したいって言うんなら、後は経験しかない。頑張れ」


「うん、頑張る!」


 ムンとやる気のあるように拳をギュッと構えると、ルーカスらの元へと駆けて行った。

 遠目からでも「レス兄にあそこまで戦えるなんて凄い」などといった称賛の声は耳に届く。


 その光景に目を細めていると、後ろからお師匠さまが一言。


「良かったの? 誤解をとかなくて」


「……あぁ、万が一にもないとは思うが、それで慢心されても困るしな」


 大きく息を吸う。

 埃っぽい空気が少し不快だった。


「それに、男は格好つけたいものだろ。それだけ必死に考えて裏を読み、行動しないと勝てない――なんて言えないさ」


「そうね……。それだけ魔法というものは強い。強すぎる」


 いつかルゥも気付くのだろう。

 俺のやっていることは、所詮が弱者の悪あがきなのだということを。


「あっ、そうそう。ルゥちゃんだけど、もっと手っ取り早く強くなる方法があるわよ? というか、見つけたわ」


「…………唐突だな」


「今朝、古い文献を漁ってて見つけたものだもの」


 懐から取り出されたのは一冊の本だ。

 表紙もボロボロで、頁も所々が朽ちている。


「――『血の契約』?」


 その前書きで、著者はある単語を挙げていた。


「そう、あの子の――吸血鬼族の持つもう一つの可能性よ」

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