第六話 空白の三ヶ月③

 ……そのはずなのに、微笑みを浮かべるだけでナディアお姉さんは一向に動かない。


 何で来ないのだろう?

 私の集中を切らせるため?


 頭の中で疑問が渦巻く――その瞬間を狙ってか、一歩踏み出してきた。


 一陣の風が頬を撫でる。

 いつの間にかその姿は視界から消え、背後に気配を感じた。


 トントン、と肩を二回叩かれて初めて、その事態に気が付く。


「――――えっ?」


 反応できなかった。

 それどころか、いなくなったことに対する認識さえ遅れた。


 コレで、魔法を使ってないの……?


「はい、もう一回」


 そんな言葉と同時にトンと背中を押され、私は前につんのめる。


「さ、好きなだけ距離をとりなさい。そしたら、また始めましょ」


 一体何が原因だったのか?

 取り敢えず、今度はもっと遠くから挑んでみよう。



 ♦ ♦ ♦



「…………はぁはぁ……はぁ……」


 それから十数度の挑戦。

 成功しないどころか、何一つ良いところもないままに私は膝を折って息を乱していた。


 太陽は真上よりも少し先に傾いたくらい。

 そんなに時間は経っていないはずだけど、型の維持、相手に向ける集中力と精神的な疲労でかなり辛いと感じている。


「ちょっと休憩しましょうか。丁度よく、お茶も入ったみたいだしね」


 息一つ乱すことなく、普段通りに佇んでいたナディアお姉さんは腕組みをしながらとある方向を見やった。


 そこには、お盆に先程のお菓子と冷たい飲み物を乗せて歩く少女の姿がある。

 しかも、始めに食べ物を出してくれたあの小さな女の子だ。


「あ、あの……良ければどうぞ……」


「あっ、ありがとう……ございます」


 互いにペコリ。頭を下げる。


 持ってきてくれたものは甘い香りを周囲に広げ、美味しそうだ。

 それと同時に、特訓前のナディアお姉さんの言葉を思い出して私は逡巡する。


 食べるべき……なんだと思う。

 けれど、私の手は中々動かない。


 置く場所もないため、女の子にはお盆を持たせたままにしてしまっていた。

 ナディアお姉さんは――と見てみれば、若干の威圧感を含ませた笑みをこちら向けている。


 私は覚悟を決めた。

 拳を握り、この人たちは大丈夫だと自身に刷り込む。


 クッキーと呼ばれているらしい、きつね色のお菓子を一つ手に取った私は、ギュッと目を瞑り一思いに頬張った。


 瞬間――サクッと心地よい歯触りが響き、香ばしくも甘い香りが口いっぱいに広がる。

 美味しい。ただ、ひたすらに。


 気付けば、もう一枚とばかりにクッキーを掴んでいた。


 一度触ったものを戻すのは、失礼だよね……?

 そう思い、私は再びソレを口に含む。


 やっぱり、美味しい。

 一個難点をあげるなら、食べれば食べるほど口の中がパサパサするところかな……。


「あの、良かったらコッチも……!」


 私の食べっぷりが嬉しかったのか、今度は積極的に飲み物の方を勧めてくる。

 もう食べてしまったんだし、ちょうど喉も乾いているし、言われた通りに飲んでみよう。


「……………………あっ」


 思わず声が出た。

 スッキリとした味わい、鼻を抜けるような清々しい香り。私はこの飲み物を知っている。


 紅茶――と呼ばれるもので、葉っぱを煮出して作る飲み物だ。

 一部の地域では栽培が盛んで当たり前に飲まれているようだけど、荒地や砂漠が続くドワーフ国近辺ではそれが難しく、高価なものとして扱われている。


 私も、まだ奴隷だった時に巫女様から一度だけ飲ませてもらった。

 その時は、ただ香りがするだけの飲み物で高い割にあまり美味しくないものだと思っていたけれど、こうしてクッキーと一緒に食べるとその考えが違うことに気が付く。


 口の中を潤してくれることはもちろん、紅茶そのものがスッキリとしているためクッキーの甘さがより引き立っていた。

 それに、サクサクとしていた食感がホロリと崩れるようなものに変化するから、食べていて楽しい。


 お腹が空いていたこともあったのだと思うけど、知らず知らずのうちに全部食べてしまった。


 その事に少しバツの悪さを覚え、そしてちょっと恥ずかしい。


「あ、ありがと…………」


 小さくお礼を言うと、先程の緊張した様子はどこへ行ったのか、女の子は前のめりで話しかけてきた。


「あ……あのね、あのね! まだおかわりがあるんだけど、持ってくる? 美味しかった?」


「う、うん…………じゃあ、お願い……します」


 急な変わり身に驚いた私は、言われるがままにお願いをしてしまう。

 まだ食べられるし、別にいいんだけど……。


 数分後。

 再びお盆を持ってきた女の子だったが、今度は折りたたみ式の机も一緒に持参し、コップもいつの間にか二人分に増えていた。


「私も一緒にいいかな?」


 そこまでされては、断ることも出来ない。

 曖昧に頷けば、ホッとしたような笑みを浮かべられた。


「よかった……。あっ、私の名前はソニア。ソニア=ノーノ。貴方は?」


「ルゥ…………ルゥナー=ノーノ」


 やっぱり、みんな同じ『ノーノ』の苗字を持っているんだ……。

 そのことが、自分が受け入れられているという嬉しさでもあり、名乗ってしまっていいのかという不安にも繋がる。


 だけど、女の子――ソニアは少しも気にしていなかった。


「ルゥちゃん、ね。でも、良かった! このクッキーも紅茶も、全部レスくんが教えてくれたの」


 私の食べっぷりに満足しているらしく、そんなことを漏らす。


「レスが…………?」


「そう、レスくんが! 一、二年に一回くらいの頻度で帰ってくるんだけど、その時に教わっているの。そのおかげで、お茶とお菓子に関しては皆の中で一番上手に作れるから、お客さんを迎える役割もしてるんだ!」


そうなんだ…………ちょっと、羨ましい。


「ルゥちゃんは? ルゥちゃんの事も教えて欲しいな!」


 無垢な笑顔。

 悪意も何もない微笑みに、私もちょっとだけ自分のことを話してみる。


 色んな場所に行ったことやレスに魔法を少しだけ教わったこと、お菓子繋がりでプリンを食べたことも言った。


「プリン! あれ、美味しいよね! しかも、レスくん独自のお菓子だから凄いよ!」


「うん、レスも自信ありげに言ってた。あっ、そういえば……レスのリュックの中にまだ作り置きの分が残ってたような…………」


「えっ、それは大変だよ! バレないように、後で私たちだけで食べちゃおう……!」


 そうすれば、いつの間にか私たちの口調は砕けていく。

 お互いに尋ね、語り、徐々に私たちを分かつ溝は狭く浅くなっていっているように感じた。


「えっ!? ルゥちゃんって十四歳なの?」


「うん……巫女様がそう言ってたから、多分…………」


 私の身体は平均よりも小さいようで、まだ十一歳だというソニアと背丈が同じだったことや――


「そういえば、ソニアってナディアお姉さんと似たような真っ黒な角があるよね? 羊みたいだけど、もしかして獣人族?」


「うぅん、違うよ。これは魔族の角。私もししょーも魔族だから。確かに似てるけど、羊の獣人族はフワフワした毛が体に生えているんだって」


 ――などと、魔族の特徴を知ったりもした。

 そして、それらを色々と話し終えてみれば、いつの間にか手元のコップは空になっている。


「さ、そろそろ続きでもやりましょうか」


 タイミングを見計らってくれたようで、丁度よくナディアお姉さんは声をかけてくれた。


「はーい。じゃあ頑張ってね、ルゥちゃん」


 両拳を握り、励ましを送ってくれたソニア。

 そのままお盆を持ち建物に戻ろうかというところで、何かを思い出したかのように立ち止まる。


 小走りでタタッと寄ってくると、耳打ちでこんなことを聞いてきた。


「見てて思ったんだけど、ルゥちゃんって目が乾きやすい?」


 なんで、急にそんなことを聞いたのだろうか。

 意識していないから、答えようもないし……。


「話してる時もね、いっぱい瞬きしてたよ。特に風が吹いているときに」


 「もし酷かったら、目薬持ってきてあげるね」と続けると、あっという間に戻って行ってしまった。

 ……一体、何だったのだろう。


「良かったわね、友達ができて」


 気付けば、隣にはナディアお姉さんが立っている。


「友達……でいいのかな?」


 仲良く話はできた……と思う。

 クッキーも紅茶も美味しくて、そして楽しかった。


 けれど、それだけで友達と呼べるのだろうか?


「友達よ。そして、その前に私達は家族でもある」


 その言葉に目を向ければ、ナディアお姉さんは背中を向けてスタスタと歩いていく。


「じゃあ、続きを始めましょうか」


「…………はい!」


 改めて、頑張ろうと思った。

 レスと――それから、初めての友達の応援のために。

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