幕間Ⅱ 再燃する復讐の炎

 一度撤退した過激派一行は北西――テルミヌス山脈の麓で自然に生成された岩穴へと逃げ隠れていた。


 しかしその姿に、つい数時間前まで暴れ散らしていた面影などはなく、皆一様に呻き声を上げ、全身を巡る痛みに耐えていた。


 ある者は皮膚が裂け、またある者は骨が砕けその部位が腫れている。

 歯を食いしばり、その隙間からは涎が滴り落ちた。痛みを別の痛みで胡麻化そうと、壁に頭を打ち付ける者もいる。


 それでも、大した気休めにもならず、苦しみの声は止まらない。


 そして、そんな様子を外から窺う者らがいた。


「……ここが奴らの隠れ家、だよな?」


「あぁ、そのはずだが……」


「中で一体何が起きているんだ?」


 それは、革命派所属の三人の獣人。

 彼らは主に諜報を担当し、今回は逃げ去った猿たちの居場所を突き止めるべく尾行をしていた。


 苦もなく居所を突き止めることができ、あわよくば情報の一つでも持ち帰ろうと状況を窺ってみればこの様だ。


「……どうする? 中に侵入して確かめるか?」


「いや、それは早計だ。罠の可能性も捨てきれない」


「だからといって、いつまでもこうしているわけにはいかないぞ」


 三人で意見を出し合ってはみるが、当然のように文殊の知恵など出るはずもない。

 結局出た結論は、とりあえず一人が現状を報告しに戻る、という当たり前のものだった。


「よし。なら、一番足の速い俺が戻ろう」


 一人の獣人が立ち上がり、戻る道を見据え――そして、気が付いた。

 そのまま動かない仲間を怪訝に思った二人も、そいつに倣って同じ方向を向く。


「いやぁ、そういうことをされると困るんだよ」


 そこには、人一人分の大きさもある袋を抱えた獣人が立っていた。

 言葉とは裏腹に困ったような素振りも見せず、ニマニマと気味の悪い笑みを浮かべている。


「せっかく来たのだ。どうぞ、私の最高のおもてなしを味わってみては?」


 内容だけは敵意のない歓迎ムードを示しているが、その溢れる邪悪なオーラまでは隠しきれていない。

 三人はすぐに構えると、ここに残るはずの二人が揃って同じ事を残りの一人へ提案する。


『ここは俺たちが時間を稼ぐ。お前だけでも報告に行ってくれ』


「……けど、それじゃお前たちが……」


 この任を受けた彼らはあくまでも諜報役だ。

 決して戦闘ができるというわけではなく、ここで戦えば間違いなく命を落とすだろう。


 そう予期し、連絡役を任された獣人の足は動かない。


「何してんだよ、早く行け。なに、俺たちも死ぬつもりでここに残るわけじゃない」


「そうだぜ、見ろよ。奴の持ってる薬も調査対象だ。俺たちで奪って、ちゃんと持ち帰ってやるさ」


 だが、そんな躊躇を振り切らせるかのように二人の暖かな言葉が彼の耳をついた。

 また、その言葉を肯定するかのように敵は袋の中から白い錠剤を取り出すだけで、特に構える様子もない。


「……すまない」


 一言呟き、連絡役は前へと走る。

 居残り組は武器を構え、ガリガリと薬を口に放り始める相手に向かって跳びかかった。



 ♦ ♦ ♦



「ボス、お待たせしました」


 止むことのない苦痛の声。

 その狂歌に酔いしれるような表情とともに、男は頼まれた袋をその場に置き捨てる。


 その瞬間、獣のように群がる猿たち。

 我先にと袋へ手を伸ばし、邪魔者には容赦なく危害を加え、量なんて考えずひたすらに貪り食う。


 そうして始まる自己再生。

 先ほどまでの苦しみが嘘のように姿を消し、傷は癒え、幸福感に包まれていた。


 復活した過激派の面々は、喜びに叫びをあげる。


 その様子に今度は少しつまらなそうな表情を向けたお使いの男。

 けれど、それも一瞬のことで、楽し気に先程手に入れたばかりのおもちゃを左手でもてあそぶ。


 ――ポタポタ。


 それで遊ぶたびに、液体の滴り落ちる音がした。

 また、むせ返るような血の匂いが辺りには充満している。


「なんだ、その首は?」


 調子の戻ったボスのゴリラ男は、おやつ感覚で薬を摘み、怪訝な表情で尋ねた。


「この辺りを徘徊していた虫です。残らず叩き潰したので、ご心配なく」


「そうか」


 質問した割には特に興味を持った様子もなく、そんな返事だけがなされる。

 彼が立ち上がれば、他の猿たちも追随し、場は異様な高揚感とテンションに包まれた。


「……お前ら、準備はいいか?」


 静かに紡がれる問いに、雄叫びという回答をしない者はいない。


「奴らは人間を助けた。奴らは同じ種族である俺たちに手をかけた」


 声は壁に反響し、脳に直接響くようだ。


「そんな奴らは獣人ではない、人間だ! 潰せ! 潰せ潰せ潰せ! 潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ潰せ! 徹底的に、残虐に、壊滅的に、無情に!」


 掲げた腕に力が込められる。

 それを合図に、過激派は獣人族の集落への侵攻は始まった。


「……思い知るがいい」


 ――怨嗟の声を響かせながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます