第十二話 ルゥの経緯報告

 そうして俺が連れてこられたのは、どこかの隠れ家的な場所。

 周辺では先の戦いで怪我を負った獣人たちが多数横たわっており、斯く言う俺も手足の指先をガーゼで保護し、安静にしていた。


 けれど、俺は拷問を受けてから丸一日放置されていたらしいのだ。そんな処置も気休めにしかならず、ため息が出る。化膿しないことを祈ろう。


「それで? 何があって、あんなことになったんだ?」


 忙しなく色んな場所を駆け巡る救護係を目で追いながら、俺は傍らで座っているルゥに話しかけた。


 なぜ、尋ねる相手がルゥなのか?

 それは当事者であり、説明をすると豪語していたドウランとその妹らが呼び出しを受け、すぐさまどこかへ行ってしまったためだ。


「……えっと…………」


 そして、尋ねられた当人は困ったような声を上げる。

 教えられていないのか、理解出来ていないのか。どちらにせよ、ルゥは悪くない。


「じゃ、質問を変えようか。俺がやられてから、ルゥの身に起きた出来事を教えてくれ」


 そう聞き直してみると、今度は顔が明るく変化した。

 「あのね……」という前置きで始まる語り。その内容を俺はつぶさに聞いていく。



 ♦ ♦ ♦



 鈍い音が辺りに響き、レスが倒れた。

 私は何が起きたのかも分からず叫んでみるが、一向に起き上がる気配はなく、たまらず走り寄ろうとすれば、誰かに組み伏せられる。


 見ると、それは狐の人の一人。習いたてだから分かるけど、綺麗に関節をキメられていて身動きがとれなかった。


 それでも私は諦めない。

 腕が折れてもいい、そんな覚悟で必死に抵抗をする。


 ……だって、そうしなければレスは酷い目に遭うから。


 けれど、どれだけ暴れようとも拘束はビクともしない。まるで私の力が受け流されているみたいだった。


「……ほぉ、そのガキが例の人間か」


 そんな折、ひときわ低く威圧的な声が耳に届く。

 顔を上げてみれば、一番偉そうな雰囲気の全身真っ黒な男が立っていた。


「よくやった、ドウラン。貴様ら! ……このガキを連れてけ」


 武器を外され、何やら紫色の鉱石で作られた腕輪を嵌められたレスは、大雑把な扱いとともにどこかへ連れ去られていく。


「……で、そっちが話にあった吸血鬼の娘か」


「そうです、ボス。報告した通り、先の人間にいいように飼われていた可哀想な奴隷です。妹たちも気に入ったようですし、俺らが保護してもいいですかね?」


 事実無根な狼の人の発言に私は目を丸くする。

 私たちの関係性をこの人たちが知っているかは分からないが、少なくとも丸一日過ごしていればそんな発想には至らない。


 ……なんで嘘をつくんだろう?


「……好きにしろ。ガキを愛でる趣味はないし、吸血鬼も要してはいない」


 チラとこちらを一瞥した黒い人は鼻を鳴らすと、先の集団を追って山を下っていく。


「それじゃ、あとは任せた」


 手刀を切ってそれだけを言うと、狼の人もその後を付いて行ってしまった。


 ポツンと残された私と狐の人。そして、レスの武器を含めた手荷物の数々。


「……行ったよな?」

「えぇ……少なくとも気配は感じないわ」


 互いにアイコンタクトをとるようにして何かを確認すると、私の腕に開放感が与えられた。


「はぁー、さすがに疲れたぜ」

「ルゥさん、ごめんなさいね。不便な目に遭わせてしまったわ」


 一人は大の字に寝そべり、もう片方は何故か私の頭を執拗に撫でてくる。

 その異様な態度の違いに私は困惑するばかりだ。


 もう私には、この人らの立場が分からない。

 敵なのか? 味方なのか? そもそも、何をしたいのか?


「申し訳ないけど、話は後よ」

「取り敢えず、今は荷物を纏めて下山することだけを考えてくれ」


 思い切って尋ねてみれば、帰ってきたのはそんな答え。

 腑に落ちないけど、仕方がない。私にはそうすること以外の選択肢がないのだから。


 手早く片付けた私たちは片方の狐の人が荷物を、もう片方の狐の人が私を担ぎ、猛スピードで山を駆け下りていく。


 そうして着いた場所は獣人族の住む集落だった。

 大小と大きさに違いはあれど、棒を骨組みとして壁と屋根部を形成しその上から布を被せた、テントよりは少し丈夫そうな住居が立ち並んでいる。


 その端にポツンと置かれた、もう古びて使われていない井戸――その中へと降りていけば、小綺麗で広い空間に繋がっていた。

 また、そこには多くの獣人が右往左往と働いている。


「ここはどこ……? 貴方たちはなんなの?」


 ようやく背中から下ろされた私は、辺りを見渡しながらそう問いかけた。

 その質問に、彼女らは誇らしげに答える。


『獣人族革命派――その本拠地へようこそ』


「……革命派?」


 聞きなれない言葉、そして、どんな意味を指しているのかが分からず私は首を捻る。

 すると、親切にも事細かな説明をし始めてくれた。


「まず前提として――ウチら獣人族には二つの大きな派閥が存在する。それぞれが穏健派と過激派だ。前者は特に何かしようとはせず今の状況を見守るのに対して、後者は人間族を滅ぼそうと考えている」

「けれど、どちらの行いも一長一短。そこで、水面下でひっそりと生まれたのが私たち革命派よ。私たちは人間との和解を目的として、邪魔な過激派を潰そうとしているの。ここはその本部」


「……えっと、レスの味方ってこと…………?」


 私にとって重要そうな部分だけを聞き、要約してみる。

 その問いに、苦笑が混じりながらも二人は頷き返してくれた。


「えぇ……まぁ、端的にはそういうことになるわね」

「ちなみに、ルゥちゃんをここに連れてきたのは人質にされないよう保護するためだぜ」


 ……なるほど。随分と丁度よく、都合のいい話だと私は思う。


 突然レスが襲われ、かと思えば最初に知り合った人たちは人間の味方でレスを助けてくれると言った。

 まるで絵本でも読んでいるみたいな流れで。


 正直に言うと、信用できない。何を考えているのかも分からないから、そもそも信じたくないというのもあるけど……。


 そして、それと同時にそこまで疑っている訳でもない。少なくとも、今の私と荷物は無事だし、あの修行も個人的には楽しかったから。


 そうなると、結局のところ私にはどうしようもなくなるのだ。

 けれど、レスと離れ離れになってしまった時点で頼れるものは何もない。


 人間の国で彼と初めて会話した時のことを思い出す。

 あの時もこれくらい何も出来なくて、どうせならと投げやりに頼んだっけ……。


「なら、レスを助けて……」


 どっちもどっちなら、良くなりそうな方を選んでみよう。そう思って懇願すれば、彼女らは互いに顔を見合わせ笑顔になる。


「任せろ!」

「任せなさい!」


「――どうやら、無事に話は終わったみたいだな」


 突然背後から耳に届く男性の声に、ビクリと身体が反応した。

 振り向けば、一度別れたはずの狼の人がそこに立っている。


「おにぃ、もういいの?」


 姉妹の一人がそう尋ねれば、小気味のいい返事がなされた。


「おう、一先ずはな。ただ、すぐに戻らなきゃならん」


「レスくんの方は?」


「ん? ……あー、命に別状はない」


 何とも歯切れの悪い言い方に、私は違和感を覚える。けれど、それが何なのかまでは察せない。


 また、狼の人はバツの悪そうにこちらを一瞥した。


「それと、明日の午前中にレスコットは処刑される。それと同時に人間国に戦争を仕掛けるつもりらしい」


 その発言に私の顔が曇る。

 そして、それとは別に話を聞いていた周囲の獣人の目の色も変わった。


「時間はないが一網打尽のチャンスだ。なるべく詳しい情報を拾ってくるから、お前たちは皆と準備を」


 大多数の獣人の間で頷きが交わされると、先程以上に忙しなく動き出す。

 そんな中で、私は独りポツンと取り残されてしまった。


 振り返れば、いつの間にか狼の人の姿は消え、狐の人らも見当たらない。

 何もすることがなく、何も出来ない私はその場に座り込むと、ジッと膝を抱え込んだ。回収したレスの荷物と武器のみを心の拠り所として、ずっと、いつまでも――。



 ♦ ♦ ♦



「――そうしたら、そのまま朝が来て獣人の人達が行くって言うから……」


「一緒に連れてきてもらったわけ、か。……なるほどな」


 大体の事情は察した。

 にしても、面倒というか、厄介事に巻き込まれた感じが強いな。


 そんな迷惑そうな思いが表情にまで出ていたのか――。


「悪かったよ。あとは俺たち獣人族の問題だから、お前は安静にしてくれ」


 ――横から申し訳なさそうな声で話しかけられる。

 そちらへ顔を向ければ、そこには例の三人兄妹の姿が見て取れた。


「もう用は済んだのか?」


「まぁな。そっちも大まかな話は聞いたみたいだな」


 そう語るドウランの言葉に、俺は頷いて返事をする。


「……だが、大丈夫なのか?」


 それは先の戦いで登場した謎の薬のこと。

 詳しい効能は分からないが、それによって生じた状態と結果を目の当たりにすれば、誰もが危惧する案件だった。


「分からん、としか。なにせ、俺も初めて見るシロモノだ。けど、仲間に尾行させているし、居所さえ突き止められれば物量と地形差で圧せるはずだ」


 そう自信ありげに告げると、ドウランは手のひらに拳を打ち付ける。


 そんな折だった――。


 不意に響く地鳴り。

 ここが地下ということもあり空間全体が震え、パラパラと破片が零れ落ちる。


 体勢が崩れない程度の微震ではあるけれど、地上で何かがあったのは確かだろう。


「大変だ! 過激派の奴ら、とうとう集落を襲ってきやがった!」


 そして、意図せずして戦いを告げる鐘は再び鳴る。

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