第七話 吸血少女の一日生徒
私がお願いごとを発して、そこそこの時間が過ぎた。
狐さん達からの返事は未だになく、何やら難しい顔で考えている。
「えっと……ダメ、かな?」
一向に返事を示してくれない二人に痺れを切らして、私はもう一度声をかけた。
「いや、別にダメってわけではないんだぜ? ……なぁ、シスター」
「えぇ、そうねシスター。……ルゥさん、ただそれには問題があるのよ」
「……問題?」
何の事か分からず、私は首を傾げる。
なんだろう……私には戦闘の才能がないから止めた方がいい、とかかな?
自分で想像して勝手に意気消沈していると、答えが返ってくる。私にとってはとても意外な答えが。
「端的に言うと、時間がないんだよ。筋力なんかも必要になるし、普通は年単位で強くなっていくもんなんだ」
「それに、中途半端に特訓すると、強くなったと勘違いして余計に危ないんですのよ」
そっか……でも確かにそうだ。
そんなに早く強くなれるのなら皆苦労はしないし、そもそも都合が良すぎた。
「魔法だったら話は変わるんですけどね……」
「だな、シスター。けど、ウチら――というよりも、獣人族は魔法が使えないしな……どうしたものか」
そんな折、気になる会話が耳に届く。
「なんで、魔法だったら違うの?」
目敏く聞きつけ尋ねてみると、すんなりと教えてくれた。
「魔法は、生まれ持った魔力と想像力でその強さが決まるからよ。魔力が多ければそれだけ魔法を使うことができ、想像力があれば高難易度の魔法を実現できるわ」
「吸血鬼族は素で魔力が多いし、血を飲めば魔力の回復もできるからな。どちらかと言えば魔法タイプだよ。ウチらよりもレスくんに話を聞いた方がいいかもしれないぜ?」
またしても知らなかった事実に私は感嘆する。
「あっ、でも――」
レスは魔法が使えない――そう言おうとして口が止まった。
まだ立場がはっきりとしていない彼女らにレスの弱点を教えるのは憚られたのだ。
「――うん、そうだね」
『……………………?』
歯切れの悪い私の言い方に二人は頭を傾ける。
「でもまぁ、護身術程度は教えるのもありかもな」
「そうね。人攫いなんかに
そう言って岩から飛び降りた狐さんらは、私に手を差し伸べた。
♦ ♦ ♦
「さて、というわけで護身術を教えるわけだけど……まず初めに覚えておいて欲しいのは、何よりも逃げなさいということよ」
レスたちとは岩場を挟んだ反対側で私達は互いに向き合うと、そんなことを言われた。
あまりに意外なことで、つい疑問が口をつく。
「……逃げていいの?」
なんか、今日の私は聞いてばっかりだな。
「えぇ、もちろん。これはあくまで護身術。戦う方法ではなく、身を護る方法よ」
「レスくんを呼ぶっていう手もありだな。何にせよ、自ら戦いに行くのをウチらはオススメしない」
なるほど……でも理屈は分かる。
下手に戦ってレスの足を引っ張るのは、確かに嫌だ。それなら、最初から助けを求めた方が良いのかもしれない。
「それを踏まえた上で、逃げられないこともあると思う。そんな時、最終手段として使うのがこれから教える護身術ってわけだ」
「その中でも合気――相手の力を利用して制する方法を学びましょう。私の得意とする戦い方でもあるわ」
そう言うと狐さんの一人が構えてみせる。
「合気において重要なのは構えと足捌き、そして体捌きよ。まずは構えから、私の真似をしなさい」
さっきまでとは違う少し厳しめの雰囲気に、 私は言われた通りポーズを真似した。
二人して私の姿をグルグルと見て回ると、おかしな点について指摘をしてくれる。
「ルゥさん、もっと顎を引いて……そう。あと足を広げすぎね、それでは余計な力が入りすぎよ」
「フラフラせず重心は安定させといた方がいいぜ。いざと言う時に動けなくなるからな」
普段は経験しない立ち姿に四苦八苦する。けれど、根気強く指導してくれたおかげで何とか様になった……と思う。
「次は足捌きと体捌きだが……これは一緒にやった方がいいかもな」
「そうね、私が隣で手本を見せるわ。シスターを敵だと思って、その通りに動いてみましょう」
よく分からない名称とともに色々な動き方を見せられ、私は一生懸命に真似をした。
自分では正しいと思っている動きでも、戦い慣れた人から見ればそうでもないらしく、細やかな注意が飛ぶ。
それらが収まり、動き方に違和感がなくなるほどに反復してみれば、護身術を習ってから数時間が経過していたらしい。
激しい動きなどもなく、ゆっくりと体を動かしていただけだというのに、休憩する頃には私は何度も肺に空気を取り込む。
同じく休憩をとっていたレスから水を貰いうけ、仰向けに寝転びながら火照った体を休めた。
……かと思えば、数分もしないうちに狐さん――狐師匠たちから声がかかる。
「そろそろ次のステップに移りましょうか。構え、足捌き、体捌きさえ覚えれば、後は相手の出方に応じて技をかけるだけよ。最初に手本を見せるから、後はシスターを相手に動きを覚えなさい」
「最初はウチがゆっくりと攻撃するから、落ち着いてシスターの動きを真似てくれ。慣れてきたら、徐々に早くしていくぜ」
「は、はい。お願いします」
すっかり私の口調も敬語へと変化しており、それからは何度も何度も狐師匠に技をかけ続けた。
途中で何度か休憩は挟んだものの、レスが夕食を作り終え声をかけてくれるまで、ただひたすらに。
その結果、もちろん簡単な護身術を身に着けることは出来たのだが、それ以上に学んだ教訓がある。
地味に見える練習ほどきついものはない、ということだ。
♦ ♦ ♦
「今日はどうだった?」
夜の山頂は冷える。めいいっぱい防寒対策が施された寝具の中をもぞもぞと動けば、隣からそんな声が聞こえてきた。
「うぅん、分かんない。……とにかく疲れた」
思った以上に厳しい内容だったことを思い出し、つい本音が漏れる。
すると、その言葉を聞いたレスはクスクスと笑いだした。その動きに合わせて、衣擦れの音が耳に響く。
色んな意味で不快感に苛まれ眉を顰める私。その時、ふとあることを思い出した。
「あっ、そうだ。ねぇ、レス……私、魔法を使えるようになりたい」
ごろんと横を向き、レスの方を向く。暗闇で見えづらいが、レスは多分仰向けで目を閉じている。
「昼間の護身術といい、やけに強さに拘るな。……どうしてだ?」
その顔がこちらへ傾き、瞳が開いた。
目は逸らすも、私は顔を背けようとはせず、口を開く。
「吸血鬼は魔法を使う方が良いって、狐師匠らが言ってたから……」
「狐師匠……ねぇ」
再び聞こえる笑い声。それに合わせて自然と私の頬も膨らんでいく。
「寝る前だったが、じゃあ今からちょっと試してみるか」
「えっ、今から……?」
急な提案にバサリと跳ね起きると、レスは「寒い寒い」と言いながら腕をこちらに差し出してきた。
「……何、その腕?」
「山登り中、具合悪そうにしてた時があっただろ。その時にやったことと同じだ」
そう言われて合点がいき、おずおずとレスの腕に歯を立てる。
ジワリと温かい血が滲み、それをゆっくりと喉へ流し込んだ。
確か……ゆっくり飲むんだっけ。
「そのまま指を立てろ。体に入る魔力を感じながら、指先に集中――小さな炎を灯すイメージをするんだ」
温かい何かが口から全身へと広がり、私の血液と一緒に体中を巡るようだ。
それらを一度循環させ、指先に自然と集まるような……そんな想像をしてみる。
爪の先に光が収束した気がする。
その光は次第に大きく、熱を持つようになった。
「……眼を開けてみろよ」
そうレスに言われるまで目を閉じていることに気が付かなかったほど、私は集中していたようだ。
うっすらと瞼を開けば、そこには小さな――直径二センチにも満たない小さな炎が爪の先で揺らめいている。
「わぁ……!」
幻想的な光景に思わず声が漏れた。
橙色の光はこの暗闇にとても映え、キラキラと輝いて見える。
「それが魔法だ。ルゥがこなすべき課題は三つ。まずは俺の血を飲まなくても使えること。次に、起こす魔法の規模を大きくすること。最後に魔法が発動するまでの速度を上げることだ」
「それって、どうすればいいの?」
灯る炎とレスの顔を交互に見つめそう尋ねると、うっすらと微笑みを浮かべながら教えてくれた。
「最初の課題は慣れだな。続けていけば、自然と自分の魔力を感じるようになる。後の二つは、ルゥの想像力次第だ。何度やっても上手くいかないなら、詠唱や構築魔法について教えるよ」
「うん、分かった! ……あっ、コレどうすればいいの?」
未だに燃え続ける炎が気になり、聞いてみる。
「本来なら、魔法は発動したらそのまま使ってやらないといけないんだが……まぁ、今回は小規模だし消すか」
そう呟き、私の指先をレスは手のひらで包み込んだ。
ジュッと何かが焼ける音と、肉の匂いがかすかに鼻をつき、私は慌てて指を引っこ抜く。
そこには、もう炎などなく夢のようだった。
「レス、指は? 大丈夫?」
先の出来事を思い出し、レスの手を取ると確認する。すると、手の中央に小さく爛れた痕があるのを見つけた。
その瞬間に、先程まで私の中で満たされていた高揚感は、罪悪感へと塗りつぶされていく。
「大丈夫だって、そんな顔するなよ。思った以上に威力が高かっただけだ。こんな傷、すぐに治る」
火傷をして手とは逆の手で私の頭を撫でると、レスは薬を塗って包帯を巻いた。
それらが終われば、私たちは二人して寝具へと戻っていく。
アクシデントはあったけど、確かな指標を見つけることに成功した。
このままレスの手助けができるほどに成長する自分を夢見て、私は再び目を閉じる。
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