第六話 女三人寄れば――。

「さてと、それじゃあ始めるわけだが……怪我は大丈夫なのか?」


 狼さんが腕や脚の関節を伸ばしながらそう声をかけると、その向かいで準備運動をしていたレスは返事をする。


「おう、問題ない。時間がもったいないから、さっさと始めようぜ」


 そんな互いに相対している二人を、私は少し大きめな岩の上から見学していた。


 私の身長よりもちょっとだけ低いこの岩のせいで座った時に足が地面に届かず、ブラブラと当てもなく揺れている。

 けれど、上の部分は凹凸の少ない平らだったため、座り心地は悪くなかった。


「はぁ〜、際限なく足を揺らしたルゥさんもまた可愛いですわね」

「ウチらと一緒に兄様たちを見ていようぜ、ルゥちゃん」


 一人で落ち着いて見ていたかったのに……そんなことを思う程度には邪魔な存在だと認識している狐さんらが私を挟むようにやって来る。


 それでは何が気に入らないのか。レスには話したけど、まずはその強さだ。

 レスが警戒する――それだけで、私の中ではこの子達の危険度はものすごく高く、近くにいられるだけで不安になる。


 そして、触れ合いが多い点だ。

 今もそうだけど、こうして頭やほっぺを触られることに不快感を覚えてしまう。


 相手が男性――レスを除く――じゃないだけまだマシだけど、それでも、知らない人に触れられて良い気はしなかった。


 もう吸血鬼だってバレてるのだし、レスの言った通り声をかけてみようかな……。


「あ、あの…………!」


『……………………?』


 緊張で声が上擦っちゃった……。

 突然声を上げた私に何事かと思ったようで、狐さん達は互いに目を合わせ首を傾げている。


「……あの、えっと……私、吸血鬼で、前に変なことをされたこともあって、触られるのが嫌いだから……その、止めて欲しい……です」


 不安を押し切り、私は思いの丈をぶつけてみた。

 大丈夫、何かあればレスが来てくれるはずだから。


 そんな思いを胸に俯いていた顔を上げ、二人の様子を見てみると、意外なことにバツの悪そうな様子で頬を搔いていた。


「あっ……そっか。ウチらと違って他種族の吸血鬼に対する扱いって、そんな感じだったっけ……」

「えぇ……私としたことが失念してたわ。ルゥさん、トラウマを掘り返すような真似をしてごめんなさい」


 素直に頭を下げられ、逆に私の方が戸惑ってしまう。こんな状況になるとは思ってなかった。


 「大丈夫。変に触らなければ平気」と伝えると、またもや素直に話を聞いてくれて、ピタッと寄り添うように隣に座るもののそれ以上のことをしようとする様子はない。


 始めが悪印象だっただけに、こうやって素直な態度を見せられると少しだけ……ほんの少しだけ私の態度が軟化する。


「"ウチらと違って"ってことは、獣人の人たちは吸血鬼に悪いイメージを持ってないの?」


 レスが狼さんから必死に教わっている姿を目にしながら、先の発言で気になったことをポツリと聞いてみた。


「いいえ、吸血鬼を良いか悪いかで答えるなら、間違いなく私たちは悪いと考えるし、そう教えられたわ。けれど、他の種族――まぁ、あの種族は除くけど――と違って虐げることまではしない」


「…………? どうして?」


 今までに出会った種族とは異なる扱いに、私は頭を傾ける。


「それはな、ウチら獣人族が魔法の研究を必要としないからだ。ルゥちゃん自身の話にもなりかねないからあまり言いたくはないけど、吸血鬼の奴隷の多くは実験体として利用される。魔力の高さと不死性が便利って話らしいぜ。その副産物として、男の慰みものとしても扱われるって話だ」


 その言葉に過去の光景を思い出しそうになるけど、無理やり考えに集中して気を紛らわせた。


「……へぇ、獣人族って魔法が使えないんだ。……あれ? じゃあ、アレは何…………?」


 そう言って私が指を差した先には空中を蹴る狼さんの姿と、それらに対して必死に目と耳を傾けるレスがいる。


「確か……魔力を使って世界に干渉する方法を魔法って言うんだった、よね?」


 過去に教わったことを必死に思い出しながら、私は言葉を紡いでいく。

 少し自信はないけど、多分当たっているはず。


「あの空を蹴るのって、魔力を使って空気を蹴られるように変化させてるんじゃないの?」


 それって、魔法じゃないのかな?

 そんな疑問を込めた聞き方をすると、律儀にも狐さん達は私に向けて解答してくれる。


「あー……まぁ、魔法っていえば魔法だな。兄様の使っているあの技は広義的には魔法だけど、狭義的には魔法じゃないんだよ」


「……………………?」


 言われた言葉の意味を何一つ捉えられず、私の頭はグルグルと回っていた。


「ルゥさんはエルフ、もしくは魔族の魔法を見たことがあるかしら?」


「うぅん、その人達の魔法は見たことない。……けど、人間族の人達が何か火の球を撃ってきたのは覚えてる」


 記憶を頼りに口を開くと、向こうもそれを聞いて頷いてくれる。


「じゃあ、話は簡単だな。確かにルゥちゃんの言う通り、魔法とは本来魔力を用いて世界に干渉する方法のことを指す」

「だから、魔力を固めて足場にするおにぃのあの技も魔法と言えば魔法なのよ」


 やっぱり、そうなんだ。

 そう心の中で思うけど、まだ説明の途中っぽいので静かにしておく。


「けど、最近はさっきルゥちゃんが言ったみたいな目に見える大々的な現象のことを魔法と指すことが多いんだ。火の球を撃ったり、壁を張ったりな」

「その点、おにぃの技は見ても分かりにくいものですし、自分にしか効果がありませんもの。今の解釈で考えれば、魔法と呼べるほど大層なものではないのよ」


「へぇー、そうだったんだ……」


 チラと狐さん達の方を向いてそう呟くが、目線はすぐにレス達の方へと戻した。

 ある程度やり方を教えてもらったみたいで、二人は組手をしている。だけど、少し前に行われた戦いの時とは違い、攻撃の速度はそんなに速くはなかった。


 あんなので練習になっているのかな?


「ふふ、『アレが練習なのか?』とでも言いたげな顔ですわね」


 左隣から急にそんな声がかかり、驚いて体が浮きそうになる。まるで、心を読まれたみたいだ。


「まぁ、素人目にはそう見えても仕方ないよな。あれはゆっくり丁寧に動くことで、最善な動きかどうかを確認してるんだよ」


「動きの、確認……?」


 意味が取れず、言われたことは反復する。


「そうですわ。実際の戦闘では最善の動きをコンマ数秒で判断して、行動に移さなければいけない。その判断力を養うために、ああやってゆっくりと動いてるんですの」

「いつも通りの速さで組手をやったら、間違った判断をすることも結構あって練習にならないんだよなぁ……。加えて、レスくんも覚えたての技を使いやすいしな。――あっ、ほら! 今使った……失敗したけど」


 見れば、二段ジャンプをしようと蹴られた足は一瞬だけ静止するも、踏み外したかのように伸びきり、逆に狼さんの攻撃を受けていた。

 そうして一言二言何かを話すと、二人はまた組手へと戻っていく。


「……ねぇ、なんでレスは強くなろうとしているのかな?」


 そんな姿を見て、ふとそんな疑問が私の口をついた。

 二人の狐さんは互いに顔を見合わせると、フッと笑みをこぼし、楽しげに教えてくれる。


「そうですわね……。人それぞれ理由はあるかもしれないけど、やっぱり一番は"誰かを護るため"ですわね」

「それと、"何も失わないため"でもあるぜ。レスくんがただの戦闘狂なら、単に強くなりたいだけかもしれないけどな」


 その茶化した言い方には、「そんなことはないだろうけど」というニュアンスが多分に含まれている。

 私もそうだとは思っていた。二人も同じ考えなら、やっぱりそうなんだろうか。


 ふと、とある決意が私の中で芽生え始める。


「……ねぇ、お願いがあるの」


 教えてもらえば、儲けもの――そんなレスの言葉を思い出した。


「おっ、なんだい?」

「大抵のことなら、私たちが叶えて差し上げますわよ?」


 敵か味方かもまだよく分からない二人だけど、信用もしていないけれど、それでも学べるものはあるはずだ。


「私も強くなりたい。レスの足を引っ張らないだけの力が欲しいの」

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