第二話 山頂に漂う種族の遺恨

 ここまで来ればさすがに空気は薄く、大きく息を吸っても満足に空気を取り込めてはいない気分になる。


 また、かいた汗がすぐに冷え、体は熱を持っているはずなのに体感温度はかなり低い。


 山登りそのものは何度か経験があるものの、人を背負ってとなると勝手が違うらしい。

 …………当たり前か。


 その背負われた少女は大丈夫かと振り向いてみれば、辺りの風景を見渡してはしゃいでいた。


「ねぇレス、見て! 雲! 下に雲が見えるよ! 真っ白で、ふわふわだー」


 ……どうやら心配ないようだな。

 そうやって喜色の声を上げる姿は過去の自分を想起させ、微笑ましい反面、妙な照れくささを感じる。


 ルゥに倣って下を覗いてみれば、雲の海とも形容できそうなほど一面真っ白に染まっていた。


 雲よりも上、ということは太陽の光を遮るものがないということ。

 そのため、見上げれば広がる真っ青な世界と比べることでその白さは際立ち、日に照らされるおかげで躍動感を伴っている。


 水蒸気の固まりであるため雲には触れられない、とは現代の常識であるがその立体のある形を見れば、投げ出した我が身を本当に受け止めてくれそうだ。


 しばらく景色に酔いしれていた俺たちは目的地となる山の頂きを見据え、再び歩み始めた。



 ♦ ♦ ♦



 山頂までの標高差は目算で数メートル。数分も歩けば到着する、という所まで俺たちは登り詰めていた。


「…………? レス、どうかした?」


 そんな中、一向に歩こうとしない俺を不審に思ったようで、ルゥが話しかけてくる。

 だが、その問いに俺は言葉を発さず、唇に人差し指を当てることで返答をした。


 聴覚に意識を向ければ、微かに風きり音が響いているのが分かる。

 何が原因かは分からないが、誰かがいると考えた方がいいだろう。


 音を立てないように注意を払い、山道を歩いて行く。

 振り向けば、ルゥも俺の真似をして慎重にゆっくりと足を進めていた。


 岩場に隠れ、音の方向を覗く。平らな地面。丸く切り開かれたその場所は、キャンプをしてくれと言わんばかりに絶妙な形をとった山の頂上だ。


 その中心では、何者かが忙しなく体を動かしている。

 真っ直ぐに突き出される拳。高く蹴り上げられた脚先。全身は灰がかった茶色で覆われており、見覚えのない位置に耳、そして尾てい骨のあたりからフサフサとした何かが生えていた。


 手足の爪は刃物と見間違うほどに研ぎ澄まされ、口から覗く歯は鋭く光っている。紛うことなき獣人族――それも肉食動物がベースだ。


 触らぬ神に祟りなし。ルゥを連れて別ルートから抜けようと思い、引き返そうと背後に目を向ける。


「なぁなぁ、シスター。なぁ、シスターよ。この子、頬がモチモチしててすっごく可愛いぜ」

「えぇ。本当ね、シスター。持ち帰って、私たちの妹にしたい気分だわ」


 そこには狐色の体毛を持つ二人の少女が左右からルゥを挟むようにして、もみくちゃに愛でていた。


 もちろんその頭には耳が、お尻の近くからは尻尾が生えており、俺の推測が間違っていなければさっきの色名から想像できる通り、狐がモデルだろう。


「…………レスぅー」


 吸血鬼のお嬢さんは涙声で助けを呼ぶ。自由な両手をこちらへと伸ばし救いを求めようとしているが、肝心の俺は動けないでいた。


 何せ、俺はこの子らの接近に気が付けなかったのだ。

 それは力量の差。戦闘は戦い方次第でどうにでもなる、とういうことは経験から知っているが、それでも真正面から挑んで勝てるかは分からない。


 そして、もう一つ――。


「おい、煩いぞ愚妹共! 修行の邪魔すんなよ!」


 ――俺たちは既に囲まれているのだ。


 もはや俺の意識は戦闘する一歩手前。体の向きを変え、獣人族の男と少女らの姿を視界に置くと、何があってもいいように視覚と聴覚、そして第六感に意識を預けた。


「おにぃ、おにぃ、見てください。この子が私たちの新しい妹ですわ」

「それと兄様や、そこに人間もいるぜ」


 彼女らは嬉しそうにそう報告する。――途端、一気に闘気が膨れ上がり、気が付けば俺はその発生源である男だけを見据えていた。


「――あぁ、そうみたいだな」


 男も獲物を見つけたような笑みを浮かべてこちらを見つめている。一触即発の雰囲気の中、彼はさらに話を続けた。


「……お手合わせ願おうか」


 独特な構えを見せる相手はやる気満々。前後で挟まれ、ルゥは半ば捕まっている。この状況下で俺はどう行動するのが最善なのか、必死に思考を巡らせた。


 一つ。魔導具を駆使してルゥを奪還し、その後に逃亡する。

 だが、これは一気に三人を相手取ることに他ならず、彼らの強さは未知数だ。上手くいけば逃げられるものの、ハイリスク・ハイリターンすぎる。


 二つ。男の要求を飲んで戦う。

 一対一という公平な戦いはできるものの、捕まったルゥを人質として利用されれば俺は何も出来ない。少女らの行動に左右され、上手くいってもあの男を倒す必要がある、ハイリスク・ローリターンだ


 三つ。取り敢えず話してみる。

 話すのはタダだ。相手がその話を聞いてくれるかは分からないが……。ノーリスク・ローリターンだな。


「……戦うのはやぶさかでない。だが、その子のことが心配だ」


 取り敢えず俺は、言うだけ言ってみることにした。獣人族の性格上、人間の話を聞いてくれるとも思わないが何事も対話は重要だ。


「だとよ。ヂーフー、ウーフー、その子を離してやれ」


 そして、意外にもその成果は大きかった。

 真剣勝負がお望みなのか、男は少女らにそんなことを言う。


 だが――。


「いやよ、おにぃ。だってこの子、一度触ると止められないんだもの。シスターだってそう言っているわ」

「兄様の言葉でもそいつは無理だな。髪もサラサラで、頬なんてスベスベ。ほら、スリスリしてると最高だぜ? シスターも同じことを言ってるって」


 少女ら――もう、妹らでいいか。妹らは反感を示す。

 抗議の声を上げ、ぶつくさと文句を垂れる姿に男――兄貴の方はこれ見よがしにため息をついた。


「はぁ……じゃあ、手だけは出すなよ」


「任せろ、兄様!」

「任せなさい、おにぃ」


 その言葉を聞き終えると、今度は俺に目を向ける。


「だそうだ。これで憂いなく戦えるな」


 これでも譲歩してくれた方なのだろう。それに、俺は文句を言える立場ではない。

 その事を分かっているのに、どうしても悪態をついてしまう。


「その言葉を俺に信じろ、と?」


「アンタの立場で"信じる"以外に出来ることはあるのか?」


 そう応えられては、何も言えることがない。

 二人して先程の拓けた場所に移動すると、走って距離を詰めなければ互いの拳が当たらない位置で対峙した。


 やる事は殺ること。


 それも、あの妹らと連戦することを想定してできるだけ手の内を見せないようにしなければならない。


 風が横から吹き荒び、砂埃が舞う。

 神速――一撃必殺を旨に、俺は腰に装備している銃を引き抜いた。

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