第十二話 苦渋の英断、残る者と残す者

 ゆっくりと外へ足を踏み出した俺は、辺りを見渡す。


 すると東の方向――エルフの里があるであろう方角に奇っ怪な面を被った数十名にも及ぶエルフの集団を見つけた。


 その他に駕籠かごが二つある事が見て取れ、エルフ達はそれらを囲むようにして陣形を組んでいるようだ。


 反対に振り返って家の様子を見てみれば、屋根の一部が壊れ、そこから小さな煙が昇っている。


 しかし、幸いにも火の手は上がっておらず、それ以上の損害は見当たらなかった。


 エルフの建築物はその殆どが木造で火に弱いという欠点があるが、カオス老人の父親はその当たりを考慮してドワーフの技術を利用していたのかもしれないな。


 ……さて、この状況を鑑みるに攻撃したのはあのエルフの団体様だろう。そして、親玉はあの駕籠の中にいる二人か。

 ここは様子見だな。


「あ、あヤツらは――」


 遅れて様子を見に来たカオス老人にも構わず、俺は腰の銃を抜き放つ。

 エルフお得意の詠唱魔法を使わせる隙もないような速度で、二発。


 ――――パンっ!


歪曲ファツァールング


 けれども、柏手を打つような音が二箇所から同時に聞こえたかと思えば、放った弾丸はあさっての方向に逸れて行った。

 しかし、目に映る範囲で動いた者はいない。


「…………ちっ。中の奴らは詠唱なしで魔法を打てるのか」


 これ以上は無駄だと悟り、武器を収める。そうして振り返ると、カオス老人へ尋ねた。


「――で? アンタは知ってるみたいだが、あいつらは誰だ?」


「長老衆と呼ばれる里を代表する者らだ。二人しか来てないところを見るに、長老衆の長――総長老は里に待機しているようだがな」


 簡潔に俺の質問に答えてくれたカオス老人は、エルフ達の方へと向き直る。


「……それで、今まで知らぬ存ぜぬを繰り返しておいて、今更儂に何の用だ?」


 その声には怒気が含まれており、射抜くような視線が駕籠を貫いた。


「その前に……そこの坊や、いきなり攻撃してくるなんて失礼じゃないかしら。謝罪を要求するわ」


「まともな礼節すら知らぬとは……これだから百年足らずしか生きられぬ若輩種族は嫌いだのぉ」


 妙に若々しい声、老い特有の高い声がそれぞれの駕籠から放たれる。

 その言葉を聞いた俺は、鼻で笑って返事を返した。


「はっ……耄碌した老害は大変だな。先に攻撃してきたのはどこの誰だったのか――物忘れが激しすぎて泣けてくるぜ」


 瞬間、強烈な殺気が辺り一帯を包み込む。


「……………………この、クソガキがァ…………!」


 長老衆という名、姿を隠した駕籠、声から年寄りだと判断してぶつけた挑発であったが、どうやら効いたみたいだな。


「落ち着きなさいな。ここで怒っては坊やの思うつぼよ」


 隣の駕籠からはそんな声が聞こえる。

 正直なところ、今の煽りにそんな意味は含まれていないのだが……別に俺から言う情報でもないか。


「そんな事より、さっさと質問に答えろよ。何をしにこんな所まで来たんだ?」


「そこのお爺さんに用があって来たのよ。悲しくも里の掟を破った――そのお爺さんに、ね」


 そう言うと、カオス老人に向かって指を突きつける――依然として姿は見えていないはずなのに、なぜかそんな情景が目に浮かんだ。


「……儂に、だと…………? 心当たりがないぞ」


 困惑したようにカオス老人が声を上げると、意地の悪い笑いが辺りにこだまする。


「いいえ、貴方は重罪を犯したわ。……知っているかしら? そこの坊やはね、人間族の王が所有する奴隷の少女を連れ出して、現在お尋ね者なの。その後、この里に逃げたという書簡が届いた私たちは、里のものを集めて集会を行い、緊急令を出したわ――誰もその罪人を匿うな、とね。この意味、分かるかしら?」


「……つまり、儂はハメられたのだな?」


 項垂れるカオス老人がそう呟くと、今度は冷酷な声が降り注ぐ。


「人聞きの悪い。貴方がきちんと集会に出ていれば良かっただけ」


 同様の意見に、なぜなのかと俺も目線だけで尋ねる。

 すると、力なく首が振られまた一言呟いた。


「……無理だ。混血の儂は里の出入りに制限がかけられている。許可を貰うだけでも丸一日かかってしまうだろう」


 そのことに対して、相手は何も応えない。

 しかし、その気味の悪い無言が何よりも雄弁に答えを表していた。


 カオス老人は、本当の意味で、国から策にハメられたのだ。

 ……だが、そこまでする理由が分からない。


「貴様らに待ち受ける未来は一つよ。そこのクソガキらは捕まえて、人間族らに引き渡す。混血の男は、死刑じゃ。ほほほ、その忌まわしき血も根絶やしに出来て一石二鳥じゃわい」


 息を吹き返したように、俺が煽った爺さんも会話に加わる。その最後の発言を聞いて、ようやく合点がいった。


 エルフは純血主義。

 混血――それも因縁となるドワーフの血を持つカオス老人の存在が許せないのだろう。


「……おい、一つだけ教えてくれ。人間の俺が見ても分かるほどに年老いているのに、どうして今更殺す必要があるんだ?」


 唯一の気がかり。それを解消すべく、俺は口を開いた。


「その血が残る可能性があるからじゃ。今はなくとも、明日には伴侶を見つけるかもしれん。そんな小さな芽をもワシらは摘み取る」


「ヴィーダーシュティーンの小娘は賢く堅実に生活していたから、私たちは殺し損ねてこんな汚点を残してしまった。今度はもう失敗しないわ」


 その語りは返答と呼ぶには似つかわしくなく、狂気や呪詛の類だ。

 代々受け継がれてきた思想が凝り固まって生まれた悪意。


「恨みたいのなら、恨んでくれても構わないわ。ただし、何も考えず行動した己自身、不幸を携えたそこの坊や、そして――」


 その折、背後からトテトテと小さな足音が近づいてくる。

 頼んでいた荷物を纏め終えたルゥは背負ったリュックの持ち手をしっかりと握りしめ、勢いよく外へと飛び出した。


「――最悪の象徴であるそこの少女のせいで貴方は死ぬのだけどね」


 出来ることなら、もう少しだけ来るのが遅ければ良かったのに……。そう思うほどにはタイミングが悪かった。


「……………………え?」


 静かに、たった一音が零れる。だというのに、それだけで俺はルゥの心情を察してしまう。


 彼女は、子供にしてはもう充分すぎる程に傷ついた。

 これ以上に責め立て、さらに業を背負わせる必要があるのだろうか?


 ――ドサリ。


 振り向くまでもないが、振り向けば力なく立つその背後にはリュックが転がっていた。


「これで役者は揃ったのぉ。……さて、あまり抵抗はしてくれるなよ?」


 至極当然、こちらの様子に合わせることもなく彼らは戦闘態勢をとる。


 再び腰の得物に指を這わそうと手を伸ばしていると、隣に立つカオス老人がある提案をしてきた。


「小僧は小童を連れてさっさと逃げろ。儂がここに残って時間を稼ごう」


「……おいおい、アンタも耄碌したのか? 逃げるなら皆一緒に決まってんだろ」


 この場での冗談めいた発言に苛立ちを込めて返事をするが、しかしその首は横に振られる。


「巫山戯てなどない。一緒に逃げたところで儂には何処にも行くあてがないのだ、この里を除いて。そんな事ができる時点で、儂はこの里を出ていっとるからな。……それに、もう老い先も短い」


 その声音は優しく、しかし、確固たる意志をもって紡がれたものであることを俺は悟った。


「アンタにはだいぶ世話になったな。…………すまない」


 部屋を借り、厄介事を招き、挙句の果てに死までも呼び込んでしまった罪は重かった。

 それ故に、最後の挨拶は謝罪の言葉へと変化する。


「あぁ、全くだ。……だが、楽しかったよ」


 けれども、カオス老人の顔は柔らかい。

 まるで、この場に縛り付ける罪悪感を解きほぐすかのようにかけられた言葉が俺の背中を押す。


 一目散に駆けると、その場に立ち尽くすルゥを抱きかかえリュックを背負った。

 魔法の射線を遮るように森の中へ逃げ込むと、頭の中で地図を思い描き、予定していたルート――西の方へと向かう。



 ♦ ♦ ♦



「……ねぇレス、お爺さんは? お爺さんは、どこ?」


 ようやく事態を把握したのか、ルゥは虚ろな瞳で辺りを見渡す。


「……ここにはいない。俺たちを逃がすために、あの場に残った」


「なんで……? 駄目だよ、レス。一緒に――お爺さんも連れて逃げなきゃ。……じゃないと、お爺さんが死んじゃう」


 そう言って腕の中で暴れる少女の目には、涙が浮かんでいた。

 だが、いくら暴れてもビクともしないことを理解すると、今度は俺の胸元をギュッと掴む。


「ねぇ……助けに行こうよ。レスなら何とかできるでしょ? 人間の凄い人も倒せたレスなら、あの人達も倒せるよね? お爺さんを助けられるんだよね?」


 少女を抱きかかえる俺の手が涙で濡れた。


 出来るか出来ないかで言えば、出来るのかもしれない。要は戦い方次第だからだ。


 けれど、それをして何になるんだろうか?


 あの場で全員を倒したとしても、次から次に兵は送られ最終的にはエルフとの全面戦争になるだろう。

 そうなれば、人間族からも支援の手が伸びる。


 そこまでいくと、俺では太刀打ちできない。

 よしんば出来たとしても、カオス老人はどうなる?

 エルフ族を潰して、本人が求めていた生活へと戻れるのだろうか?


 考えれば考えるだけ、あの場で戦う意味を俺は失っていく。


 事態をどうにも出来ない己の無力さに歯噛みする。


 少女を抱える腕の力を強めた。

 暴れる少女を抑えるためでも、落とさないようにするためでもない。もっと別の意味での行いに違いなかった。


 幼い慟哭が森の中をこだまする。


 それでも追っ手がないところを見るに、カオス老人の足止めは成功したのだろう。

 これで上手く逃げ切れたはずだ。


 そして、そんな現実的な思考しかできない俺のことが、俺は何よりも恨めしかった。

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