第5話 出都

「よし、じゃあ急いでここを去ろう」


 軽くよろめく体にむち打ち荷物を手早くまとめると、俺はそう提案する。


「でもどうするの?」


 俺はその質問に答える代わりとして、とある物を取り出して見せた。


「これ、なーんだ?」


 それは一枚の依頼書。内容は以下の通りだった。





 ― ― ― ― ― ― ― ―


 依頼内容:迷子の捜索


 依頼人:ジョン=スミス



 説明:ジェーン=スミスと呼ばれる人物の捜索を求む。特徴は眩いほどの金色の髪と宝石を埋め込んだような真紅の瞳を持つ十代半ばの少女。見つけられた者は王都の南にあるスィニスィスメノ村まで来られたし。



 報酬:依頼人と要相談



 以上の依頼をギルドの正式な手続きに乗っ取って認められたものとす。


 ギルド長 メガリ=プロソポ


 ― ― ― ― ― ― ― ―





「へぇ。これ、まるで私のことを書いてるみたいだね」


 関心したようにその依頼書を眺めるルゥは、俺の目を見て話しかけてきた。


「だろうな。だって、そうなるように作ってもらったんだし」


「……作った?」


「あぁ、一応の時も考えて、昨日のうちに適当な奴に声を掛けておいたんだよ。とある依頼をギルドに頼んでほしい、ってな。それがコレ」


 そう言ってピラピラとその依頼書を揺らす。その後、依頼書を元の状態に丸め直した俺はそのままポケットへと仕舞った。


 それと取り替えるように荷物から服を取り出すと、ぽかんと口を開け感心したきりのルゥに手渡す。


「ほれ、それよりもこの服を着ろ。いつまでもその格好じゃ目立つ」


「どうしたの、これ?」


 渡された服をルゥは目の前で広げる。


 それは黒いドレスだった。裾や袖がフリルで装飾された、フリッフリの可愛らしい子供用のドレス。手触りは絹のようにサラサラとしており、明らかに高価な雰囲気を醸し出している。


「この宿の奥さんに貰ったんだ。子供の時に買ってもらった物らしいんだが、終ぞ着ることはなかったらしい。けど、それなりに良い品っぽいだろ? 捨てるのも忍びなかったらしく、もし良ければ貰ってくれって」


「でも…………良いのかな?」


 ルゥは少し気後れしたように尋ねてくる。


 それは俺も思った。そう易々と受け取っていい品ではない気がする。だが、向こうがいいと言ったのだし、服の調達もまだだったこちらとしては渡りに船だ。その好意はありがたく受け取るべきものだろう。


「まぁ、気にするな。貰える物は貰っておくのが吉だ。俺は部屋の外で待ってるから、着替え終わったら呼んでくれ」


 そう言って俺はドアへと向かう。後ろ手にドアを閉じると、ギシギシと階段が軋む音が聞こえてきた。しばらく注視していると、階下から奥さんが上がってくるのが見えた。


「あら」

「……どうも」


 僅かに頭を下げて、挨拶を交わす。


「あの、服ありがとうございました。おかげで助かりました。随分と高そうですが、本当に頂いて良かったんですか?」


「あぁ、気にしないでいいよ。さっきも言った通り、買ってもらったはいいけど、あたしじゃ勿体なくて使えたもんじゃなかったから。あんな可愛い子に使ってもらえるなら、あの服も本望ってもんさ」


「はぁ、けどお子さんにあげることも出来たんじゃ……」


 そう食い下がる俺の言葉に、奥さんは笑って返事を返してくれた。


「そんないつになるかも分からない事に用意しておくほど、あたしの気は長くないのよ。いいから、素直に受け取っておきなさい」


 その言葉に改めて俺は感謝の気持ちを込めて礼をする。

 そこで、ふと言わなければいけないことを思い出した。


「そうだ。三日分で予約してたと思うんですけど、急な用事で外に出ることになりまして。すみませんが、残りの宿泊分はキャンセルということで」


 すると、奥さんはニカッとした笑みを向けてくる。


「旦那から聞いてると思うけど、金は返さないよ?」

「えぇ、服のお礼とでも思って受け取ってください」


 そう思っていた方が、こちらとしても後腐れがなくて気持ちが良い。


 その時、俺の背後でガチャリと音がした。その音につられて振り向くと、可愛らしく着飾られたルゥの姿が目に入る。


「あらぁ、随分と綺麗になってまぁ! あたしじゃ、こうはならなかったよ」


 後ろから覗くようにして眺めていた奥さんが、俺の台詞を代弁してくれるかのようにルゥを褒めそやす。


 そのルゥはと言えば、人見知り中なのか奥さんを見るやいなや慌ててドアの陰に隠れた。その後に、そっと頭を覗かせている。


 本当なら服のお礼でもさせるのが正しいんだろうが、この反応は今の俺としてもありがたい。


「それじゃ、俺たちは行きます。色々とお世話になりました」


 ルゥを手招きして呼び寄せると、共に階下へと降りていく。

 その途中、宿の主人にも黙礼をすると店の建ち並ぶ大通りへと出た。


「また王都へ来た際は、うちをよろしくね!」


 様々な店が開店し始め賑やかさの増した中でも、奥さんの声はしっかりと耳に届いた。



 ♦ ♦ ♦



 王都唯一の外へと出る通路――門へ向かう途中、俺はルゥにひとつの忠告をしていた。


「おい、ルゥ。さっきみたいにあまり人前では口を開くなよ」


 辺りをキョロキョロと見渡し、おっかなびっくり歩いていたルゥは俺の言葉を聞き取ると顔を上げた。


 早速俺の言いつけを守っているのか、律儀にも口は開かず小首を傾げて「どうしてか?」と無言で問いかけてくる。


「口を開くとその牙が見えるだろ。お前、自分の正体が周りに知られても良いのか?」


 ブンブンと左右に顔を振ることで意思を示してくれた。その過程で髪が顔と一緒に大きく揺れ、鬱陶しそうだなと少し感じてしまう。


「なら、なるべく口は閉じておくことだな。……っと、そろそろ門が見えてきたか」


 二人して、今歩いている通りの先に目線をやる。


 まだ時間が早いせいか、検査待ちの列は空いており、待つことなく手続きを受けることが出来そうだ。


 そこでふとルゥを見ると、何か縋る場所を探すかのように手が空をさまよっていた。


 その姿に思わず手を差し伸べる俺だったが、ルゥは驚いたように自身の手を引っ込めるだけである。


「止まれ! 出都証と身分証を見せろ」


 憲兵に呼び止められると、早々にそんな要求をされた。


 ポケットからギルドカードと依頼書を提出した俺は、出都理由を述べる。


「その依頼書を見てもらえばわかると思うんですけど、迷子の子を見つけましてね。今から連れていこうかなって思っていたところなんです」


 すると、憲兵の目がルゥへと向く。その瞳にルゥはビクリと身を竦めた。


 昨日の今日で、まだトラウマが残っているのだろう。憲兵がその顔を覗き込むためにしゃがむと、ルゥは一歩後ずさった。


「お嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」


 憲兵がそう質問をすると、つかの間沈黙が広がる。ルゥは俺の言いつけを守り、何も答えない。


 訝しげな憲兵の表情が俺に向けられたので、肩を竦め、少しおどける様に説明を加えた。


「えっと……よく分からないんですけど、その子何かに怯えたように喋らないんですよね。一応、名前を確認すると頷いたんで連れて行って見ようかなって考えていたんですけど」


 内心の焦りを必死に顔に出さないようにしながら、憲兵の判断を待つ。最悪の場合は強行突破だな。そう覚悟して、そろそろと腰に手を近づけながら。


 しかし、その考えも杞憂で済んだ。


 憲兵はなおも怪訝な表情をしたままだったが、特に何も言わず再びルゥに向き直る。


「お嬢ちゃん、名前はジェーン=スミスで合ってるかい?」


 その質問にルゥはぎこちなく頷くと、憲兵は満足したように立ち上がった。


「ふむ、確かに依頼書の特徴とは一致するようだな。名前の確認も一応は取れた。何に怯えているのかは知らんが早く村へ連れて行って、安心させてあげるといい」


 そう言って俺たちを通してくれる。

 ありがとう、お優しい憲兵さん。今日一日、何か良いことがありますように。


「これから、どうするの?」


 珍しくも他人に感謝していると、隣から声をかけられた。


 見れば、ルゥがこちらを見上げている。


「そうだな…………」


 頭に地図を思い浮かべながら、今後の方針を考えてみる。


「取り敢えず孤児院にでも戻るか」


「それって、貴方が育った場所?」

「そうそう」


「……だったら行ってみたい、かも」


 少しだけ興味を示すルゥ。ちょっとでも前向きになってくれたのは喜ばしいことだ。


「けど、問題が一つある」

「問題……?」


「あぁ。ギルドから聞いた話なんだが、お前を探すために騎士団が南西の森に行っているらしい」


 その話を聞いた途端、ルゥの顔が曇る。


 余計なことを言ったかな、と感じた。けれど、ルゥが逃げるという選択をした以上、こういった話題は避けては通れない。いちいち心配して話を止めるのも面倒だし、慣れてもらうためにもこのまま話を続ける。


「で、ウチの孤児院もここからずっと西に行かないといけない。となると、向かう途中で騎士団の連中と鉢合わせる可能性がある」


「だったら、行かなくていい……かも」


 あまりの変わり身の早さに、少し笑ってしまう。


「だからな、一度南東方面に向かって、そこからグルっと南を経由して西に向かおうかと思うんだ」


 そう説明するしてみるが、ルゥの表情を見るにあまり理解できていないようだった。身振り手振りも加えて頑張ってみたが、それでもダメだった。


「んー、よく分からない」


 ダメ押しとばかりに、はっきりと口でも言われる。


 大まかな地図だけでも知っておいた方がいいので詳しく説明しようかとも思ったが、生憎と今はそんなことをしている暇はない。


 動ける間に、少しでもあの国から離れておくのが得策だろう。


「また後で教えてやるよ。今はとりあえず南東に逃げようか」

「ん、分かった。南東ってどっちなの?」


「――あっちだな」


 手元の方位計を確認すると、目的の方向を指差す。


 こうして俺たちの旅路は始まったのだった。

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