第81話 晩餐会
どこに隠してたのかというような豪華なドレスを、衣装部屋からキムが持ってきた。
深い海の色をしたドレスには、銀色のさざ波のような刺繍が
「こんなドレスを持って来てたのね。」
「ここのホテルには何日か滞在することが決まってたので、ブライス夫人がこちらを用意されたんです。良かったですよ、間に合って。伯爵家の晩餐会ともなれば、旅装で訪ねるわけにもいきませんからね。」
キムにパニエの紐を締めてもらって久しぶりに正装をすると、セリカはキュッと心が引き締まる気がした。
セリカが寝室からドレスアップして出ていくと、居間で待っていたダニエルは目を見張った。
「なるほど…このドレスを作っていたから、アリソンがあのネックレスを買えと言ったんだな。」
ダニエルが言うように、誕生日のプレゼントにもらったダイヤモンドのネックレスが、このドレスのデザインにぴったりだった。
「アリソンとエレナの二人で示し合わせてたみたいね。」
「二人に給料を弾むべきだな。…よく似合ってるよ、セリカ。」
ダニエルはそんな風に軽く言ってくれたが、キムは「女王様みたいですよ、セリカ様。」と大げさに褒めてくれた。
ダニエルの服も、セリカのドレスに色を合わせて
セリカのネックレスと同じように、タイピンなどの装具類に銀を使っている。
コールも色合わせの準備段階で、一枚かんでいそうだ。
「ダニエルも素敵よ。その服は目の
「お褒めに預かり光栄です、奥様。では、
ダニエルはふざけてそう言ったが、晩餐会での様子はその言葉に近いものがあった。
この時点ではセリカも知らなかったのだが、南部帯の多くの貴族は東の公爵であるビショップ公爵の息がかかっている人が多く、ダニエルの誘拐事件から始まった急な政治変動に、立ち位置をどうするのか、まだ模索状態だったようだ。
◇◇◇
ブラマー伯爵邸は、伯爵の屋敷であるにもかかわらず、大きさとしてはエクスムア公爵邸と変わらない感じがした。
ただ南部帯の建物の特徴なのか、歴史を感じさせる公爵邸よりも開放的で明るい印象を受けた。
晩餐会は、この場で一番
なんとセリカが二番目に偉い人になるので、セリカはブラマー伯爵にエスコートされて食事室に入った。
緊張を顔に出さないようにしていたが、外からはどう見えているのかわからない。
貫禄のあるブラマー伯爵からは、油っぽい頭髪剤の匂いがした。
「今日はラザフォード侯爵ご夫妻をお迎えできて、こんなに嬉しいことはありません。どうぞゆっくりと歓談しながら食事を楽しんでいただければと思います。」
にこやか過ぎるほどの笑顔でブラマー伯爵が挨拶すると、給仕係がすぐにオードブルを持って入って来て、晩餐会が始まった。
ブラマー伯爵に一番近いところにダニエルが座っていて、セリカはその隣だ。
左隣に座ったのはセリカと同い年の女の人だった。
さっきウェイティングルームで紹介された、ダイアナっていう名前だったかしら?
ブラマー伯爵の娘さんだ。
「よろしくお願いいたします、侯爵夫人。」
「こちらこそよろしくお願いします、ダイアナさん。」
ダイアナさんをエスコートしてきたのは、オディエ国のマルタ大使だ。
ディロン伯爵と同い年で三十歳だと言っていた。
髪の毛が黒くて色が浅黒い、中肉中背の目立たない人だ。
いったいどういう関係なのだろう?
食事が始まってしばらくすると、ブラマー伯爵がダニエルに切り込んできた。
「ところで侯爵閣下は奥様とはいつお知り合いになられたんですか? 私どもは失礼ですが別な方と結婚されるという噂を聞いておりました。」
「私もそう聞いていたな。だからビショップ公爵が私にオリヴィアとの話を持って来た時に、何の話をしているのかと思ったよ。」
ディロン伯爵がブラマー伯爵に追随する。
…隣に今の婚約者であるアナベルがいるのに、それを聞くのね。
チャレンジャーなのか鈍感なのか分からない人だな。
「フッ、ブラマー伯爵ともあろう方が偏った一方的な情報に頼られていたとはね。ここまで大きな商売をされているのに、心もとないことですな。」
…ダニエルも喧嘩を売ってるよ。
義妹の親戚になる人なのにいいのか?
「ハッハッハ、これはやられましたな。ということは事実無根の噂であったということですか?」
「ビショップ公爵家からの打診に頷いた事実はただの一度もない。なにか勘違いをされておられたのでしょう。思い込みの激しい家系なのかもしれませんね。」
うおっ、言っちゃったよ~。
これってオリヴィアもビショップ公爵も一緒って
…大丈夫なんだろうか?
なんか胃が痛くなってくる会話だな。
「あの…侯爵夫人、今日はお買い物をされたと聞きましたが、何を買いに行かれたんですか?」
気まずい食事の場を何とかしようと思ったのか、隣に座っていたダイアナさんが話しかけてきた。
ここは、受けたほうがいいだろう。
「外国の珍しい食材や調味料を調達に行ったんです。それがシーカの街に来た一番の目的だったので。」
「ほう、何を買われたんですか?」
興味があったのか、オディエ国のマルタ大使がのってきた。
「お国の食材や調味料もたくさん買いました。味噌、みりん、醤油、米酢…そう言えばワサビもあったんですよ。お刺身を食べるのには必要ですね。」
「侯爵夫人はオディエ国の調味料をよくご存じだ。驚きましたよ。」
マルタ大使はダイアナさんの向こうから、身を乗り出してこちらに話しかけてくれていた。
これは…ダイアナさんに話を振った方がいいよね。
「私の護衛の者たちがオディエ国出身なものですから…。ダイアナさんは、外国のものではどんな料理がお好きなんですか?」
「ご存じないかもしれませんが…私は南の大陸のカレーという料理が好きなんです。」
「まぁ、食べたことはないですが知ってます! 私の…親しい人が好きな食べ物なんです。屋敷に帰ってから作ってみようと思ってるんですよ。」
「侯爵夫人はお料理もなさるんですか?」
「ええ、素人料理ですけどね。うちの料理長は研究熱心で、一緒に美味しい料理を開発してるんです。」
ここでダニエルが爆弾を投入した。
「うちの妻は料理好きが高じて、店を出す予定なんですよ。」
「まさか、飯屋?!」
ディロン伯爵がつい口に出てしまったというように、小さく叫んだ。
ダニエルの眉がピクリとあがる。
ディロン伯爵って、ぼんやりした人っていうより、うかつな人だね。
「フフッ、飯屋ですね。でもどちらかというと珍しい外国料理が食べられるレストランと言ったほうがいいかしら。よろしかったら食べにいらしてくださいね。ディロン伯爵には
侯爵夫人が伯爵に給仕するとは、とんだ冗談だとその場が和やかになったが、セリカは本当にそうしてもいいと思っていた。
腹の底では貴族はセリカのことを馬鹿にしているのだろう。
しかしセリカは飯屋の仕事にプライドを持っている。
王様にだって、給仕してみせますよ。
その後、少しの小競り合いはあったが、その時々でダイアナさんかブラマー伯爵の第一夫人が口を挟んで事なきを得た。
ところが食後に女性が応接室に移ってから、男性たちの間でひと悶着あったらしい。
後から応接室にやって来たダニエルの眉間の皺で、セリカはそのことを知った。
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