第60話 追跡

 風が強くなってきている空を、セリカはシータの手を引きながら、浮遊魔法に加速の重ねがけをして飛んで行った。


「セ、セリカ様、これ飛び方がおかしくないですか?」


シータは強い風を顔に受けながら、体験したことのないスピードに恐れを抱いているようだ。


「急いでるから加速の魔法をかけたの。これ、ダルトン先生に見つかったら叱られるから内緒にしといてね。」


「はい…なんだかもう、セリカ様は何でもありなんですね。」


そうね諦めが肝心よ、シータ。



湖の上に小島が見えてきたので、セリカは大声で叫んだ。


「ポーチーー! ダニエルが連れ去られたのー! お願い、助けてーーー!」


セリカの声が聞こえたのか、羽ばたきの音が遠くでしたと思うと、ポチがすぐに島の上に飛び出してきた。

見る見るうちにセリカたちのすぐそばまで飛んで来る。


「ペガサス! ポチって、ペガサスなんですか?!」


驚愕の声をあげるシータを連れて、セリカはポチの背中に飛び乗った。


「シータ、私の後ろにつかまってて! ポチはスピードを上げると早いから。」


「はいっ。」



「ポチ、まずは屋敷に行ってくれる? その後でダニエルを探しに行きたいの。」


ポチは頭を振って頷くと、大きく羽ばたいて、あっという間に屋敷の前庭に降りて行った。


セリカたちがポチの背中から降りると、玄関から大勢の人たちが飛び出してきた。



「セリカ様、怪しい馬車が去った方向がわかりました。」


タンジェントが息せき切って教えてくれる。


これは、重要な手がかりだ。


「ありがとう、いい情報ね。すぐに後を追いましょう。ヒップス!」


「はい!」


「信頼できる人に、応援を要請して。それから誰かを私に扮装させて、シータに警護させてちょうだい。もし誘拐犯が私の身柄を要求したら、シータはその人のことを守ってね。それで、時間を稼いで欲しいの。その間に私とタンジェントが、ダニエルを助けるから。」


「わかりましたっ。」


「それじゃあタンジェント、行くわよっ!」


セリカがタンジェントを連れてポチに飛び乗ると、執事のバトラーが走って来て、タンジェントにリュックサックを渡してくれた。


「必要そうだと思うものを入れときました。」


「ありがとう。屋敷を頼んだわ。」


「はい、お任せください。」


バトラーが素早く離れると、すぐにポチは翼をはためかせて空へ翔けのぼった。


「タンジェント、ポチに方向を指示して。」


「東です。陽が昇る方へ行ってくれ、ポチ。ダニエル様は馬車で連れ去られたようだ。東へ向かう街道に急いで駆けている怪しい馬車が見えたらいいんだが…。」



ポチはふたたび頷くと、進路を東にとった。


タンジェントが言ったことがよくわかっているのだろう、大きな街道の上をずっと飛んで行っている。



半刻ほどした時に、セリカたちに下の街道が見えるように、ポチがぐるりと旋回した。

スピードもちょっとゆるめたようだ。


「あ、魔導車?」

「私も見えました。魔導車を使うとなると、よほど金回りのいい貴族ですね。」


セリカの頭の中に、何かもの言いたげな顔をした行政執行大臣の顔が浮かんできた。


…国の重鎮である大臣が、こんなことをするかしら?

まさかね。



「ポチの速さで半刻も移動したとなると、この辺りはだいぶ東に来てるのね。」


「そうですね。さっき大きな川を飛び越えたので、たぶんビショップ公爵領に入ったんじゃないでしょうか。」


「…ビショップ公爵って、国王陛下の第一夫人の関係者でしょ。こんな誘拐まがいのようなことまでする方なの?」


「いや、まさか…。」


政治の内情を知っているタンジェントにも、予想がつかない状況のようだ。


「あ、馬車が森の中へ入っていくみたい。」


「北の方へ屋敷が見えます。あそこに向かっているんじゃないでしょうか?」


馬車もスピードをゆるめたようなので、タンジェントの言う通りなのかもしれない。


「ポチ、ありがとう。ダニエルを助け出してくるから、森で休んでてね。」


セリカがポチの背中を叩くと、ポチは振り返ってセリカを優しい目で見て頷いた。


そして、ポチから飛び降りたセリカとタンジェントの周りを旋回しながら、下に見える森の中へ飛んで行った。



セリカたちは馬車や屋敷から見えないように注意しながら、空の高い所を飛んでいった。

屋敷の車寄せが見える位置にくると、そこから真っすぐに森の中に降りていく。


セリカたちが大きな樹の陰に落ち着いた頃に、森の道から馬が駆ける音がして砂埃を巻きあげながら馬車が姿をあらわした。


そしてスピードをゆるめながら、ゆっくりと車寄せに馬車が止まった。



馬車のドアが開いて、出て来た四人の男たちが、袋に包まれて縄で縛られた重たそうな荷物を降ろしている。


どう見ても身体の大きな人を袋に入れているように見える。



「間違いありませんね。ダニエル様です。」


タンジェントの声が興奮に弾んでいる。


男たちは全員でその袋を担いで、屋敷の玄関を入って行った。



「ダニエル…。」


胸が締め付けられるようだ。

実際にダニエルらしいものを目でとらえてしまうと、本当にこれが現実なのだと思わされる。


「あの袋が魔力を遮断するものなのか、薬かなにかで眠らされているかどっちかでしょうね。そうでもないとあの侯爵閣下がおとなしく捕まってるはずがない。」


おとなしい?

心臓がドキリと音を立てる。


「まさか…死んでないよね。」


「セリカ様、しっかりしてください。死んでたら、川か湖に放り投げますよ。こんなお屋敷に死体を持ってくるものですか。」


タンジェントの言葉で、早鐘を打っていた動悸がちょっと静まった。



「私が侵入できそうなところを探してきます。セリカ様はここでしばらくお待ちください。」


「わかった。気をつけてね。」


「はい。」



こういう時に待つというのは辛いものだ。

セリカは焦燥感にかられてきた。


タンジェント…遅いわね。

こうしている間に、ダニエルに何かあったらどうしよう。


― セリカ、落ち着いて。

  無理をしても助けられないかもしれないでしょ。

  こういう時は、プロに任せましょう。


家の陰からタンジェントの姿があらわれて、セリカが首を伸ばして様子をうかがっていた時に、右腕につけていた通信機のバッジが振動した。


セリカがハッとして通信機を凝視すると、タンジェントが一足飛びにこちらへやって来た。

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