026

 楽園を守るため、ディーナやヴァローナを守るため、そして何より自分自身を守るため、俺たちはヴァローナに言われた通り、南へ向かって歩を進めていた。

 途中、何気なくディーナやその両親たちが襲われていたところを見てみたが、壊れた馬車などは見えたが、野盗を埋めた場所は掘り返されていた。

 地力で逃げ出したか、仲間に助けられたか……はたまたどこぞの国の役人にしょっ引かれたか、それは俺にもわからなかったが、あの状態で逃げられたのであれば、俺にはどうする事も出来ないだろう。

 無暗に殺すっていうのも、後味悪いしな。

 まぁ、魔物を殺して回ってる俺としては、そんな事言えるものでもないんだけどな。


「おぉ、こりゃ街道だな?」

「かいどー?」

「人間が通る道だ。馬車とかのわだちがあったり草木もあまり生えてないだろう? しっかり踏みならされてる証拠だ」

「へー」


 顎先に指を当てながら、ディーナが言った。

 こういった一つ一つの単純な言葉も、しっかり意味を伝えていかなくちゃいけないよな。

 しかしここは踏み均されてはいるものの、整地こそされていない。もう少し行かなくちゃおそらく人里には出ないだろう。

 なるほど、こういうとこならば確かに野盗に狙われてしまうか。


「コディーのような知識は、別になくたって生きていけるぞディーナ」


 またヴァローナコイツは適当な事を。

 そりゃ野で生きていく上では必要ないかもしれないが、ディーナは人間だ。いつか記憶が戻った時、しっかりと人間の世界で生きていけるようにはしたいと、俺は思っている。


「うんしょ、うんしょ、はい! バローナ! おべんきょー!」

「楽勝だ! それは『あ』だな!」


 木の板に彫った人間の言葉。その中の一文字をディーナが指差し、ヴァローナが答える。そう、今彼らは文字の勉強中なのだ。

 ひとしきり復習を終えた二人。ディーナは木の板をバッグに戻し、俺の背中で眠ってしまった。


「慣れない旅だから仕方ないとはいえ、危険じゃないか?」

「昔ならともかく、今の人間は野で生きるには大変さ」

「まるで昔を知っているようだな、コディー?」

「はははは、そんな訳ないさ。それで、南の密林には一体誰がいるんだ?」


 俺は、ヴァローナが知っているという魔獣について聞いてみた。するとヴァローナは、俺の頭の上で一度だけ羽をばさりと鳴らし、咳払いをした。


「南は賢者、、の縄張りだ」

「賢者?」

「密林の賢者、聖人とも呼ばれているな」


 あれ、確か、動物で賢者やら聖人って――――


「なぁ、それってもしかして――」

「――おっと、魔物が現れたぞ! 続きは後だ。おい、ディーナ起きるんだ!」


 ヴァローナはディーナをつついて起こし、その頭に乗った。


「んぅ……ごはん?」


 目の前に迫る魔物がご飯に見えたのなら、それはもうとんでもない感性だとは思うが、単に寝ぼけているだけだろう。

 まるで滑り台のように俺の背中から降りたディーナは、正面に見えた三匹の魔物をようやく見る。


「ひゃ!?」


 途端に俺の陰に隠れ、ヴァローナもそのディーナの陰に隠れた。

 おい、神獣の威厳はどうした。八咫烏のヴァローナ君。


「リカリオンだ!」


 ヴァローナの言葉で思い出す。リカリオン。ランクCの四足歩行の魔物。虎のような体躯に狐のような顔。まぁ、牙は表に飛び出てるけどな。あれに噛まれたら痛そうだ。


「下がってろ」

「うん! がんばってコデー!」

「おーう、おじさん頑張っちゃうよー! ぬん!」


 迫るリカリオンに向かい走ると、リカリオンは急にブレーキを掛けた。どうやら俺と一定の距離を保っているようだ。狐顔だしな、頭は良さそうだ。それにあの身体なら素早そうだしな。三匹もいるとなると、ちょっと厄介かもしれない。

 しかし、動かないな……。こういう間はちょっと苦手だ。


「来ないのか? 来ないなら俺から行くぞ!」


 と、俺が走り出した瞬間、二匹のリカリオンがディーナたちがいる方へ走り出した。


「やっべ!」


 俺はすぐさまブレーキをかけ、その二匹を追おうとした。すると、俺の背後にいたリカリオンが俺の臀部に向かって噛み付いてきたのだ。


「いってっ!? おい! こら放せ!」


 とんでもない咬筋力だ。まさか俺の毛皮を貫いてくるとは。しかし、今こいつに構っている暇はない。まずはディーナを助けなくては!


「た、助けてコデー!」

「うわぁああ!? もう駄目だぁああああ!」

「っ! そうだ! ぉおおおおおお、りゃ!」


 俺は身体を仰け反らせ、噛み付いてるリカリオンの後ろ脚を掴んだ。そして力一杯に引っ張ると、リカリオンの牙はすぽっと抜けたのだ。


「いっけぇ! ヒグマスラッガー!」


 今にもリカリオンたちがディーナに襲い掛かろうという瞬間。俺はリカリオンの身体をその二匹に投げつけた。


「「ひぎゃん!?」」


 上手い事一匹の身体が二匹に当たり、間の抜けた悲鳴を出して吹き飛ばされる。この隙に――


「ぶるぅうううああああああっしゃい!!」


 一瞬でディーナたちの横を抜け、立ち上がろうとするリカリオンをまた掴み、振り回して武器とした。


「悪魔のような所業だな」


 背後でヴァローナの小言が聞こえたが、俺はまったく気にしなかった。いいじゃないか。それなりの長い得物なんだから、武器にもなるだろう?

 リカリオンスタンプにより、二匹のリカリオンは息絶え、得物のリカリオンさんも衝撃によって息絶えた。もしかしたら初撃のスタンプで死んでたかもしれないけどな。


「どうだ、ディーナ! 頑張っただろう!?」


 ばっと振り返り笑顔を向けると、何故かディーナは苦笑いを向けた。

 多感な年頃なのだろう。俺はそう思う事にした。

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