021
『「ようこそ獣の楽園へ! コディーと、ヴァローナでーっす!」から、しっかり腰を落として歓迎のポーズ。その後は、「君のお父さんとお母さんは死んじゃった!」で、どうだ?』
『おかしいだろ! どうすればそんな爽やかに両親の死を告げられるんだよ!?』
『獣の世界ではよくある事じゃないか?』
きょとんした顔付きで、ヴァローナは言った。「日常茶飯事だろう?」と言いたげ……というか言っている。いや、しかしこれを人間の子供に言うのは酷だ。獣の世界に人間愛護団体でもあれば訴えられてしまうだろう。
『とにかく、人間ってそういうところはデリケートなの! 心を抉るような言い方は駄目!』
『うーん、やっぱり人間ってのは面倒な生き物だなぁ』
後頭部を羽で押さえ、困った顔を浮かべたヴァローナ。確かに、ヴァローナの感性が特殊なのではなく、俺の方が特殊なんだ。
俺もヴァローナのような考え方なら、もっと楽だったろうに。
『お、おいコディーっ。起きそうだぞ! ど、どうする!? まだ何も決まってないぞっ?』
『よ、よし、と、とりあえず俺に任せておけ!』
「ん……んうぅ」
幼い子供の微かな声に、俺はかつてない程の緊張をしていた。これ程の緊張はオークジェネラルと戦った時でもなかっただろう。
しかし、ヴァローナにあぁ言ったとはいえ、一体何て言おう。
「……あれ?」
目を擦りながら呟く子供。見渡すとクマである俺、そしてヴァローナ。周りは深い森。この子にとっては異空間でしかないだろう。
さて、どうするか。
……ん? そうだ。俺は獣なんだ。別にこの子供に語り掛ける必要はないんじゃないか?
「ここ、どこ……」
誰に語り掛ける訳でもない。自問のように呟くも、子供の中で答えが出る事はないだろう。
『おい、どうするのさ?』
「ひっ」
ヴァローナの問い掛けは、子供にはただの鳴き声に聞こえるだろう。そして、ヴァローナの声もまた、子供には何も伝わらない。
するとヴァローナは俺の頭に飛んできて、耳打ちするように聞いてきた。
『何で怖がられたんだ?』
感情は読み取れるようだが、「普段、獣はこう考えているのか」と思うと、勉強になる。がしかし、今はそんな事を考えている暇はない。当然、ヴァローナの問いに答えている場合でもない。
キョロキョロと辺りを見渡す子供。顔を引きつらせ、今にも泣きそうな状態だ。
そんな顔を見ていたら、俺は先に考えた自分の保身なんて、忘れてしまったのだ。自然と脚は前に出て、しかし子供を気遣うように言った。
「人間の子供」
「……うぇ? は、はいっ」
獣が話す不思議。それを頭で噛み砕く前に、子供は応えた。自分を抱えるように押さえ、ちょっと抜けたような高い声で。
『おぉ凄いな。本当に通じたぞっ』
『黙ってろ』
『わかった。任せておけ。何か必要な事があればこの神獣ヴァローナ様に言うといい。私はコディーの頭の上で、この様子をしっかりと見守っているからな。なに、コディーに出来ない事でも、ヴァローナ様なら出来る事もある。そういう事だ』
……どうやらヴァローナも緊張しているみたいだ。獣にとって人間は別世界の存在。天敵と呼ぶ獣もいるかもしれない。緊張して当然だ。黙ってくれというのも酷か。
「……は、腹減ったか?」
当然、俺も緊張している。
この世界に来て、ジジ、そして勇者ヴェイン以外まともに喋った事はないのだから。
「お腹……」
子供は、その灰色の瞳を腹部に向け
『コディー、今のはわかったぞ。空腹のサインだ』
空腹は万国共通。それは異世界でも異種間でも一緒である。
「減った!」
脳と腹の人格が別なのか、子供は少しうんうんと頷いてから返事をした。もしかしたら、空腹の感覚に慣れていないのかもしれない。
「付いてこい」
「っ、うん!」
子供は、いつの間にか目に溜まっていた涙を消し、俺の後ろから付いて来た。しかしおかしい。こんな状況なら、普通両親を探しながら泣きわめいてもいいはず。ただ、森に迷い込んだだけと思っているのだろうか。
果実が生る木の前に来ると、ヴァローナが俺の頭の上から飛んでそれを採ってきた。
『ポーポーの実だ。甘くて美味いのだぞ』
「烏さん、これくれるの?」
「甘くて美味しいと言っている。どれ、剥いてやる」
俺は子供が持ったポーポーの実を優しくとり、丁寧に剥いた後、子供に手渡した。ぱあっと明るくなった子供の表情。それは何よりなのだが、やはりどこかおかしい。
「あまいー!」
跳びはねて感情を露わにする子供と、
『よろこんだー!』
飛び回って感情を露わにする神獣。
まったく、どっちが子供かわからないな。嬉しそうにポーポーの実を頬張る子供。
「お腹いっぱいっ」
食後、今後のコミュニケーションのために、俺は子供に名乗った。
「コディーだ。こっちはヴァローナ」
「コ、デー。バローナ」
子供は俺たち二人を指差しながら、確認するように二人の名前を言った。この年代の子供には俺たち二人の名前の発音が難しいのかもしれない。
俺とヴァローナは一度見合って、頷いた。
『「そうだ」』
ヴァローナも、人間とのコミュニケーションが楽しいようで、いつも以上に感情豊かに見える。
そう、人間といっても相手は子供。獣に害があろうはずもないのだ。それが友人のヴァローナに伝わっただけで、俺は嬉しかった。
「人間の子供、名前は?」
そして俺は聞いた。銀髪灰眼の子供に。
子供は顎先に、果汁でべとべとになった人差し指を当て、何かを考えながら「うーん」と唸った。
子供ながらに良い生まれなのだ。もしかしたら偽名を考えているのかもしれない。
そう思った矢先だった。
子供は屈託のない笑顔で言った。
「わかんないっ」
……あれ? ここ、笑うとこ?
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