第249話 青い海と赤い実
ケテルリア大陸北部、東端の港町コロンに到着したのはアルムを出てから5日後の事だった。
まだ春の温かさは訪れていないが、これからさらに東の大陸へと向かう船が湾に大きな居城を築き、港は熱気で満ち溢れていた。
「ここで水や食料を更に補充し、ハーブス大陸へと渡る準備をするのです。我々『魔族』だけでは、ふっかけられたり絡まれたり、色々問題があったのですが、アルムも多くの人族の民が住むようになり、こうして交易を拡大できるようになったと言う訳ですな」
そう九郎に説明しながら次々と船員に指示を出しているのは、この船の船長でもありアルム公国通商貿易責任者でもあると紹介された、アルムの重臣件豪商、ボナクという男だ。
「我々……っすか?」
船に次々と運び込まれる物資を眺めていた九郎は、驚いた表情でボナクに尋ねる。九郎はボナクが魔族とは思っていなかったからだ。
魔族の国の重臣であるから魔族というのも不思議は無いのだが、九郎はボナクの見た目からてっきり人族だと思っていた。
失礼な話だが、ボナクの容姿は別段整っている訳でも無く、小太りの青年にしか見えない。「血が混じり合う末に生まれた者だからこそ、容姿が整っている者が多い」と聞いていた九郎は、思わずボナクを凝視する。
「おや? 言ってませんでしたか? 私はリオ殿やフォルテ殿と同じ『
「ま、マジっすか?」
ボナクはハハと笑って突っ張った腹を叩いていた。
ボナクの身長はフォルテと同じくらい、150cmくらいだろうか。頭にターバンのような物を巻き、丈の短い上着と裾の膨らんだズボン。アラブの商人を思わせる出で立ちだが、ツルンとしたふくよかな体型と、可も無く不可も無くと言ったもちもち顔。滑稽とすら思えそうな短い手足と、贔屓目に言っても美男子とは言い難い。醜男と言う程ではなく、どちらかと言えば愛嬌のある顔立ちとも言えるが――。
九郎は自分の中で何となく『
リオもフォルテも整った顔立ちをしている。リオは小物っぽい言動で妖艶さからはほど遠いが、フォルテは時折性別すら超えかねない妖しい色気を持ち合わせている。
それに比べて目の前のボナクは、間違ってもそんな気にはならないであろう小太りの坊ちゃんにしか見えなかった。容姿以上にこの世界に於いてはモテる要素、「強そう」という面に於いても、まったくそうは見えない。
言外に失礼極まりない返しをしてしまい、九郎がしまったと顔を顰めてもごつくと、ボナクは気にした様子も見せずに笑みを浮かべ、
「『
と愛嬌あるウィンクをして見せた。
ボナクの話を聞いて、九郎は成程とまたボナクを観察する。
決して美しいとは言えないが、ボナクの愛嬌のある体型や顔は、敵意からはほど遠いものだ。明らかに「弱そう」でもあるところが、警戒心を抱かせないのだ。マスコット的な可愛さとでもいうのだろうか。
「魔族の中で我々『
「マジっすか!?」
先程からこのセリフしか言っていないような気もするが、九郎はもうそれしか言葉が出て来ない。
『
「リオ殿やフォルテ殿はまだ成長を止めていないようだけど、リオ殿はそろそろ羽や尻尾が生えて来るんじゃない?」
「はね? 尻尾?」
「うん、こんなの」
言ってボナクは九郎に背中を向け、上着を脱ぐとズボンを少しずり下げる。
ボナクの背中には小さな蝙蝠の羽のような物が肩甲骨より少し下から生えており、尻の少し上の部分からはスペード型の先端を持つ、悪魔の尻尾の様な物が生えていた。
黒く艶やかな尻尾は、先端は尖っているが毒針なども無く、本当にただそこに在るだけの代物に見える。
九郎のテンションは無意識にあがる。これが生えたリオを想像すると、思った以上に股間に響く。どこぞの漫画のように性感帯にはなっていないようだが、それでも見た目小悪魔のリオと言うのはそそられる。
性格を知っているだけにギャップがすさまじい。それ以上に似合いそうなフォルテからは、取りあえず目を逸らすしかないが――。
「さ、触ってもあんまり感覚はないんだけどね。『
ボナクは少し自嘲ぎみに笑っていた。
アルム公国の民たちは多かれ少なかれ心に傷を持つ者が多い。九郎の仲間であるリオやフォルテ、それにアルフォスやベーテも、脅威度の少ない魔族だからこそ生かされていた側面があったようだ。だが、それでも奴隷として暮らして来た彼女達は心にそれぞれ深い傷が残っている。分かりやすいPTSDを発症しているのはリオだけだが、フォルテもアルフォス達も心に負った傷の所為で、歪んだ性価値観を持ってしまっているようにも思えていた。
ボナクの言葉に、九郎は少し眉を落とす。
「……男のケツ見つめて何しとんねん。姫さんの所為で、とうとうそっちに行ってもーたんか? 部屋変えてもらわなあかへんな……」
と、突然九郎の背中に引きつった声が掛かった。
九郎が振り向くと龍二が顔を顰めて溜息を吐いていた。
「野菜の次は小太りのオッサンって……。流石にソッチはひくわー」
「心が読めんのに何言ってやがる!?」
からかうような龍二の物言いに、九郎は焦って立ち上がる。
焦りを表してしまうのがそもそもミスラの琴線に触れている事は、九郎は気付いていない。
「最近あんま『
「当たり前だ! お前、アルトと顔合わす度にモジモジしてやがったろ! セクハラじゃねーか!」
「いや、四六日中あんなこと考えてるアネサンノホウガ……いや何でもあらへん」
「で、何の用だよ? アルム公国外交部特別補佐官殿?」
九郎が半眼で龍二を睨むと、龍二はおどけた様子で肩を竦めた。
ハーブス大陸へと渡るこの船に乗り込んでいるのは、九郎達一行だけでは無かった。
一度はアルム公国王族を狙う刺客となり、後にアルム側に付いた『来訪者』、龍二達一行も同乗していた。
周辺国家に手配書が回っている龍二は、ケテルリア大陸で活動することは難しい。彼の実力から考えれば、出来なくは無いだろうが、龍二がアルム側に寝返っている事を周辺国家に知られる事を憂慮したルキフグテスは、彼を外交官に任命していた。
ミスラも情報部統括の地位から、親善大使へと変わっている。
九朗の旅に付き従い、共にハーブス大陸へと渡ることを望んだミスラ。王家の子女がそんなに簡単城を離れ、男と旅することに何の憂いも無いのか? それ以上に情報部統括と言う重要な地位に就いているミスラを易々他国に向かわせて良いのだろうか? そんな九朗の心配は杞憂だった。
ルキフグテスは新たな交易路を開く為――と言う名目でミスラを送り出していた。
現在アルム公国を取り巻く国家は、魔族蔑視の風潮や長年積み重なった遺恨から、冷え込んでいる。しかし遠交近攻の概念からも、アルムと遠く離れた国家であれば、例え魔族の国であっても交易は可能かもしれない。ルキフグテスはそう考えたようだった。通商貿易責任者のボナクが同乗しているのも、そんな理由からだ。
龍二はその補佐的役割。なんらかの報酬と引き換えに、龍二はその役割を引き受けていた。
彼も『
抜け目の無さそうなルキフグテスの事だ。各地の調査も含んでいることは、九郎も薄々感付いている。
記録からその裏事情を探る事が出来るミスラと、正面切っては嘘の通じない龍二。二人が合わされば、他国の内情など白日の下に晒されるも同然だ。
表向きは外交官。その裏ではスパイと言う何ともカッコいい役職を手に入れていた龍二に、九郎はやっかみ混じりの視線を投げかける。
「王子さんに報告や。コロンについたら一回連絡するっちゅーてたやろ? 通信局長殿?」
九郎の心情を読んだのか、龍二が含み笑いを堪えるようにしながら言ってくる。
その呼び名に九郎は若干眉を下げる。
ミスラの許嫁に決まった九郎も、一応の地位を与えられていた。各国を旅するにしても、『冒険者』と言うある意味ならずものと同義の身分よりかは、多少融通が聞くだろうと。
身分や地位に頓着しないアルム公国の気風であっても、一応ミスラはお姫様だ。どこの馬の骨とも分からぬ輩に嫁いで行くなど、外聞的には避けたいのだろう。
とは言っても九郎は自分を愛してくれる女性を求めて、これからも旅を続けなければならない身。爵位など与えられても戸惑うだけだし、領地を与えられても手に余る。
そこでルキフグテスは九郎をミスラや龍二の補佐的役割、情報部に新たな役職を作り、そこに九郎を任命していた。「形だけの部署であり、責任を感じる必要は無い」と言われて、九郎は易々ルキフグテスに丸め込まれていた。
その名も情報部特別通信伝達部局長。現在人員は九郎一人のみである。
――どうです? 航海……と言うにはまだ早いと思いますが、感度の方は? っと……この言い方も愚妹を喜ばすだけになりそうですから、言い方を考えねば……――
丁度その時、九郎の脳裏にルキフグテスの囁きが入る。
「聞こえてるっスよ。ルキさんもあんま気にしねえ方が良いんじゃないっスか?」
骨伝導に似た自分にしか聞こえない声に向かって、九朗は独り言を返す。
意識をそちらに向けると、ルキフグテスの端正な顔が間近にあり、少し声は上擦ってしまっていた。
情報部特別通信伝達部。長ったらしい名前だが、何のことは無い、只の連絡手段の事だ。
当初は手紙を送ってもらおうと思っていたのだが――と前置きしながらも、それ以上に便利な物があれば、使わないのは勿体ない。そういって笑ったルキフグテスは、とてもいい顔をしていた。
たった一滴の血でも、九朗がそれを死んだと認識しない限り、意識も声も繋がったままだ。城での一件や、国境での攻防の際にも大活躍した、欠片を通しての遠隔通話。
これさえあれば、例えアルム公国にまた危機が迫っても、遠く離れた場所からもミスラの『エツランシャ』の力が生かせるし、最悪九朗が助けに駆けつけることも可能になる。
アルム王家が、情報部という重要な任に就いていたミスラをあっさり九朗の旅に同行させることを認めた背景には、九朗のこの力があったことも関係しているのだが、それに気付いていない九郎は、自分の役職を単なる携帯電話の代替としか思っていない。
この世界に於いて遠く離れた場所と情報をやり取りできることが、どれだけ貴重な物なのかを分かっておらず、九郎は自分が「初めてお使いに行くミスラに持たされた子供携帯」になった気分だ。
自分しか声を伝える事が出来ない能力なので、ある意味携帯電話と言うより糸電話に近い気もして、九郎は若干落ち込んでいる。便利家電の道に逃れられない運命にあるようだ。
「ルキさん、顔近いっス! もう少し遠くに! ちゃんと聞こえてるっスから!」
「そうは言っても九朗殿。ここまで近付かないと、聞き取れぬのだ!」
金髪碧眼の美男子のドアップに、九朗は意味もないのにこちらの体を反らせ、目を瞑っていやいやする。
向こう側のルキフグテスも、若干引きつった顔なのは、ミスラが仕掛けていた企みにまんまと嵌まった自分を嘆いているからか。
「考えてみりゃ、ソレの必要なんて全く無かったのによぉ……」
お互いその気も無いのに、キスの距離で語らう男達。思わぬ所に張り巡らされた思考の腐った宣教師の罠に、二人の男が離れた場所で、同時に弱り顔を浮かべていた。
連絡手段を講じるために、アルム公国に置いてきたのは、九朗の血で描かれた九朗の似顔絵だった。
地球の知識や文明にも多く触れる機会があったミスラ。彼女が何故黒電話や携帯電話の絵ではなく、九朗の似顔絵を連絡手段として城に残したのか――理解した時は既に遅し。
只血を残したままでは、女中が間違って捨ててしまうかもしれない。そう言われて、分かりやすいよう血で描いた絵にしましょう――提案したのがミスラだったことに、警戒すべきだった。
向こうでは男の顔が描かれた紙に顔を近付けている、金髪王子がいるのだろう。
周囲に見られれば誤解される事間違いない。
互いに吐血しそうになりながら、情報を取り交わす九郎とルキフグテスを思い浮かべたのか、龍二は引きつった顔で少し後退っていた。
☠ ☠ ☠
(なんとも心配性な王子さんやで……)
龍二は虚空に向かって報告をしている九郎を眺め、溜息を吐き出す。
形ばかりの役職を貰った龍二だったが、彼の任務は別にあった。
龍二がルキフグテスから頼まれていたのは、九郎達の護衛であった。
決して死にそうには無い『フロウフシ』の男。たった一人で一国を容易く滅ぼせそうな能力を持っているアンデッド。そして尽きることの無い魔力を得た『
(そんな警戒する必要あんねんやろか……俺が言えたことやないけど……)
龍二はチラリと視線を移す。
視線の先には、揺れる船上をおっかなびっくりに歩く、褐色肌の少女が映っていた。
☠ ☠ ☠
港町コロンを出航してから5日。
辺り一面見渡す限り海一色であり、もう水平線を遮るものは何も無い。
波は海流と風に煽られ穏やかとは言えないが、三本のマストに張られた帆は風を目一杯に受け、ぐんぐんと進んでいた。
「これ、こっちで良いんすか?」
「おう、そこに結わえてくれ!」
風で進む船とは言え、何もせずではいられない。
帆船は多くの労力があって進むことを九郎は身をもって感じていた。
巨大な船であればあるほど、機材全てが大きくなる。ただ帆を張るだけでも重労働で、錨その他は言うまでもない。
ウィスティアラ号の船員は人族と魔族とが半々くらいで乗船していたのでまだマシだろう。人族国家に向かう交易船なのだから、人族だけの方が何かと問題が少なそうだが、それでは船で困ってしまうからだ。
ウィスティアラ号はその大きさに比べて、船員の数が少ない。奴隷を擁していないのだから当然なのだが、そうすると労力の面で困った問題が出てくる。
全てを人族とすると、多分錨を引き上げる事も出来なかったのではないだろうか。なにせ巻き上げ機を使って巻き上げるにしても、錨一つが2階建ての建物ほども大きいのだから。
そこで活躍するのが膂力に優れた『魔族』と言う訳だ。
船員の多くはリスティアーナやルキフグテスと同じ『
――その分彼等は良く食べますから、食料でトントンな気もするのですが――とはボナクの言だ。
だが頼もしい背中や腕を見ると、「これぞ海の漢」といった風情で九郎としては見ていて楽しい。
船上でする事も無く暇なのもあって、いつの間にか九郎は自ら混じって働いていた。
――ワカーホリックちゃうん? ――とは龍二の言だ。
「おう、兄ちゃん! 見かけによらず力あんな?」
「当然っしょ? なんなら俺一人でも十分っすよ?」
「がははっ! 言うねぇ? だが客にまかせっきりじゃオマンマ食い上げだ! おら、野郎ども、きばって力をこめやがれ!」
膂力だけで言うなら九郎も自信がある。それを何だか示したくなってしまう空気が、そこにあった。
男達に混じって綱を引いていると、なんだか一体感を感じて、同じ海を進む仲間と思える。九郎は死ぬ事は無いが、一枚板を隔てて海が広がっていると言う状況は、男達を強固な絆で結びつけている気がして、いてもたってもいられなくなったというのが正解だろうか。
「捗ります、ええ、捗りますとも!」
「姫様っ……少し自重してくださいよ……」
それをキラキラした目で写生しているのはミスラだ。横でベーテの弱り顔を浮かべている。
白いワンピース姿が今日のミスラの格好だが、見た目の清楚さとは裏腹に、邪念が湧き出ているのが幻視できそうだ。
大人しいのでそのままにしているが、一体何に興奮しているのか……このお姫様も本当にブレない。
「うわっ!? ナンダコレ!? き、気持ち悪いっ!」
「姉さん、それは魚って言うんだって。昨日も食べたでしょ? 美味しいって言ってたじゃない?」
ワーカーホリックなのはその他の面々も同様のようで、とにかく働いていないと不安になるのか、リオとフォルテは調理場の丁稚のような状態になっていた。
アルトリアも船倉でモヤシのような野菜を育てていると言う。ただでさえ植物を育てる魔法が使える彼女。ナズナが近くにいる今、きっと豊作に違いない。
とにかく船上はする事が多い。船主側であり、働かなくても良い身だったが大勢が働いている中のんびり船旅とはいかない面々とも言えた。
「助かったぜ、兄ちゃん。おう、アレ持って来い!」
作業がひと段落すると、一際体格の大きい『
暫くすると船員が大きな樽を抱えて戻って来た。
「兄ちゃん、お嬢の婚約者だってな? 客人に手伝って貰っただけじゃ、アルム人の名折れ。コレは礼だ、取っといてくれ」
それを差し出しながら、『
「別に礼なんていらねえっす! 暇だっただけッスから!」
「そう言うない! 俺らから姫さんへの献上品って名目でもいいや。それに兄ちゃんには、今後も手伝ってもらった方が、俺らも楽出来そうだしよ? これはその報酬も込みってやつだ。アルム特産、ミラルージェ。甘酸っぱくてうめえぞぉ?」
すぐさま断る九郎に、男は聞かずに樽を手渡す。乱暴に片手で樽を持つ彼も、かなりの膂力があるようだ。
勢いに圧されて九郎は樽を片手で受け取り、困惑しながら唾を飲み込む。
男の言葉を整理すると、樽の中は何かの果実のようだ。船上では貴重であろう新鮮な果物と言われて、またミスラへの船員たちからのプレゼントとも聞かされ断れる空気は見当たらない。
「んじゃ、遠慮なく頂くっす。そんじゃ、また仕事があったら遠慮しねえで呼んでつかーさい。フォルテ、アルトを呼んで来てくれ。休憩にしようぜ」
なんとも切符のいい男達に九郎も笑顔で応える。
女の子といちゃこらするのも大好きだが、九郎は男同士で騒ぐことも大好きだった。
荒くれに混じっていると、祭りのように気分が高揚してくる。どこかで「男には気を使わなくてもいい」という認識があるからだろうか。遠慮の無いやり取りはそれだけで居心地が良く、清々しい。
がっしり握手を交わす九郎達の背中に悪寒のようなものが走っていたが――出所は言うまでも無いだろう。
☠ ☠ ☠
「ミラルージェはクロウ様の世界で言うと……リンゴが近いでしょうか? いえ、食べた事は無いので予測でしか無いのですが、赤い表皮と甘酸っぱい味。あと知恵の実と呼ばれるのも、ミラの名を冠したこの果物と同じかと」
ミスラの部屋に集まった面々を前にして、樽を横目にミスラがそわそわしていた。
どうやら彼女の好物らしい。
それ以上に国民がミスラの為にと用意してくれていたと聞いて、はにかむ素振りを見せている。
本当に見た目だけは清楚なお嬢様なのに……と何処か惜しい気持ちがしなくもない。
ミスラの部屋に集まっているのはそこが一番広いからだ。
一等船室。船の中でも最上級の一室は広々としていて、ガラス越しに青い海が広がっていた。
「リンゴってそう言や見た事が無かったな。ミラデルフィアにいた頃は結構いろんな果物食ったケド」
「果物ってあれだよな? 水分が多いまるっこいやつ! 病気の時アルト姉が食わせてくれたやつ!」
「あれは葡萄だよ~? リオ葡萄好きだったの? 種は持って来てるから、どこかで植えれば……」
九郎のセリフにリオが身を乗り出す勢いで食いついてくる。奴隷だった時初めて食べた果実の味が忘れられなかったようだ。
アルトリアがのんびりとした様子で答えた後、少し口ごもる。旅の道中葡萄を植えても、味わえるのは一度だけな事に気付いたからだろう。
植物の成長を促進させることが出来る彼女の魔法であれば、種さえあればどこでだって植物の栽培は可能だが、アルトリアの感情的には、一時の畑というのはあまり歓迎出来ないのだろう。拠点を転々としなければならない今の九郎達に、畑は望んでも手に入らないものだ。
土弄りが好きで、農業を300年も続けていたアルトリア。体を苗床にすれば、恒久的に果実を得る事も出来る身だが、アルトリアはあまり体で植物を育てたがらない。
九郎の命を吸い取り育てている――悲しそうな表情を浮かべた彼女が思い浮かぶ。
「んじゃ、今度ルキさんに渡して栽培しといてもらおーぜ? ルキさんも植物育てんの好きだって言ってたしよ?」
「王子さんの趣味は盆栽やから、葡萄も小さくなりそうやなぁ」
「うっそ、マジ?」
「マジですわ。お義姉様が時折溢しておられました。一人鉢を眺めてニヤニヤするのがお兄様の趣味だと……」
それ以上に一か所に留まる事が出来ない心配がアルトリアの中にあるのではないだろうか。九郎はそう感じてアルトリアの髪を乱暴に掻きまわす。
アルトリアの正体は未だ広くは明かせない。ミスラは彼女を受け入れてくれたが、本来彼女は九郎以上に危うい存在だ。油断すれば、望んでいなくても死を振り撒く存在。仲間であるリオ達にも明かす事の出来ない秘密をアルトリアは抱えている。それを自覚しているだけに、彼女も新たな旅に逸る気持ちはあれど――と言ったところだろうか。
乱暴に掻きまわされる九郎の手を、少し照れた様子で受け入れているアルトリアが何だかとても愛おしく感じて、少し顔が火照る。
「クロウさんもアルトさんもなんだかその、リンゴ? のようです」
「ばっ、フォルテ!? これはリンゴを食う時の作法なんだよ! 赤いリンゴにゃ、赤い顔でって!」
「アニキ、俺がおること忘れてへん?」
思った以上に好意を指摘されるのは気恥ずかしい。
自分の頬が熱くなるのを誤魔化そうと九郎は、乱暴に樽の蓋をこじ開け樽に手を突っ込むと――
「さっさと食おうぜ? ほら、美味そうな紫色じゃねえか……か?」
紫色の髑髏を引っ張り出した。
「カクさん!?」
思わず二度見した。
一瞬デジャビュかと思った。
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