第232話  思いを継いで


 暗闇の中ミスラは虚ろな視線を落す。

 戦争は避けられない――そう聞かされた後、いつの間に屋敷に戻って来たのかあまり覚えていない。

 ただこの場所に訪れたのは、何となく理由が分かっていた。

 どうしようもなく打ちひしがれた時や、困難に直面した時、ミスラはこの場所で気持ちを落ち着かせてきた。


 ミスラは屋敷の一階の応接室の床の一部を取り外す。闇の中でさえ吸い込まれそうな、更に暗い闇が口を開けていた。

 土壁が剥き出しになった暗い地下室。その階段を下り、誰も知らないであろう秘密の部屋の前に降り立ったミスラは、慣れた手つきで扉を開ける。


(そろそろ畳の取り換え時かしら……)


 闇を見通す暗視の能力を持つ魔族に、暗闇など有って無いようなモノ。


「――『白の理』ソリストネの眷属にして、闇を裂く白き灯りのしるべよ! 輝け! 『ディフィセント・ルクス』」


 だがあえてミスラは天井からぶら下がった小さな燭台に魔法を掛けた。この場所では、光が灯っている事がミスラにとって重要な意味を持っていたからだ。

 白く眩い光が燭台そのものを光らせ、部屋を明るく照らし出す。


 その一室は、枯れた草で編まれたような床板が張り巡らされた、所謂『和室』と呼ばれる母の故郷を模した部屋だった。母が誰にも教えなかった秘密の部屋。暗闇を見通す目を持っていなかった母が使っていたからこそ、この部屋には灯りを灯す燭台が置かれていた。

 ミスラはこの部屋では灯りを灯す。亡き母の面影を光の影に見出し、安心を得る為に――。


 小さな――6畳ほどの一間には『ちゃぶ台』と呼ばれる小さなテーブルが一つだけ置いてあり、その周囲にはおびただしい数の書類の束が積み上げられていた。

 そして書類のどれもがこの世界とは異なる文字――所謂日本語で書かれていた。

 アクゼリートの世界とは別の言語、文体で記された文章。

 それは読むだけでも、この世界の住人にかなり難しい。加えてこの場所にある書物は、例え日本語に精通した『来訪者』であっても、読み解くことは困難だろう。


 絵が描かれている物も数多くあったが、ミスラが好んで読む漫画とは違う。

 線だけで描かれた複雑な図式。この世界の知識ではまだ到達しえない機構の説明。数多の数字と記号だけで記された紋様の数々。


「お母様……」


 その一枚を手に取り、ミスラは母の面影を思い浮かべる。

 自我も覚束なかった幼少時の記憶しか無かったが、それでも母の温もりと残された肖像を繋ぎ合わせ懐かしむ。


 ミスラが『神の力ギフト』の力を発現させたのは、丁度40年ほど前。

 ミスラがこの隠し部屋を見つけ、真実を知った時、ミスラに『エツランシャ』の力が発現した。


 幼くして母が病に倒れ、また物心ついた頃には父が行方不明になってしまっていた。

 継母達や腹違いの兄達はミスラを可愛がってくれていた。しかし実の親の不在は、子供心には寂しさを感じさせた。


 母の思い出の品を漁り、それに触れて寂しさを紛らわせていたミスラは、偶然一つの書物と出会う。

 それは『来訪者』扇 三葉が残した日記帳だった。ただ、そこに書かれている文字は全て異世界の言語『日本語』で綴られており、ミスラには読む事など出来なかった。

 この世界に降り立った『来訪者』を書き記した書物には、『来訪者』はアクゼリート世界の言語を自分の世界の言語に置き換えて読み、また話す言葉も自動的にアクゼリートの言葉に変換されていたようだと書かれていた。しかし唯一、書く文字は元の世界の文字だと言う事が関係していた。


 そこで諦めていれば、ミスラは『エツランシャ』の力に目覚めてはいなかっただろう。数多くの『来訪者』が降りたちながら『神の力ギフト』を受け継ぐ子供の話は、数えるほども耳にしない。『来訪者』の子孫は魔力こそ他よりも多く持ってはいたが、神の力まで得る者は稀だった。

 それは『神の力ギフト』が『神の指針クエスト』を成し遂げる為に授けられた力だと言う事が関係しているのだろうと、今はそう考えている。


 母ミツハの日記を読むことを諦めなかったミスラは、その後一心に『日本語』の勉強を始めた。

 幸いミツハの残した書物は膨大であり、またある程度翻訳されたものも存在していたので、全くの未知の言語でも無かったのが大きかった。ミツハは『エツランシャ』で元いた世界の書物を覗き、それによってアルムを発展させていたからだ。

 他国よりも多くの『日本語』が存在していた為、ミスラは日記を読み解く事が出来たと言える。


(お母様は……課せられた『神の指針クエスト』をどう思われたのでしょうね……)


 ミスラは部屋を見渡し自問する。

 母は生前自分に課せられた『神の指針クエスト』を、『誰もが羨む生活』と言っていたそうだが、『エツランシャ』の力を使えば、『誰もが羨む生活』など容易く成し遂げられるように思えていた。

 それでなくても母は『来訪者』。しかもこの世界に来て直ぐに父の側室に入っている。当時の父は美男子だったと聞くし、人々に羨まれ敬われる立場を早々と手に入れたと言えるだろう。

 しかし母ミツハの『神の指針クエスト』は、達成できてはいなかった。


(……『万人が認める正義』……)


 母ミツハの真の『神の指針クエスト』を知ったミスラは、その時同時に『エツランシャ』の『神の力ギフト』を受け継いだ。母は本当の『神の指針クエスト』を誰にも教えていなかった。


 純真無垢な幼少時代は、母の『神の指針クエスト』は簡単に思えていた。どうして母がそれを達成できなかったのかが不思議でならなかった。母は邪悪であったのだろうかと、心配になったものだ。

 しかし時がたつにつれ、ミスラも母ミツハに課せられた『神の指針クエスト』の真の意味を理解した。

 母の『神の指針クエスト』は、世界征服でも成し得ないと、到底無理な難題だった。

 万人――その一言が、母の『神の指針クエスト』を達成不可能な物へと変えていた。


 この点に於いてミツハが『魔族』の国の王妃となった事は、ある意味不運だったのだろうとミスラは思っている。

 多くの種族に忌み嫌われている『魔族』側に与した事で、少数側の立場から大勢の人々の賛同を得なければならなくなってしまった。

 人族最大の敵とすら称される、『不死の魔王』カクランティウスを倒す側にいたのなら、母の『神の力クエスト』は達成できていたのではと、ミスラは時折考える。

 母ミツハはその考えを抱かせない為に、嘘の『神の指針クエスト』を伝えていた。

 日記を読むに、母はアルムを愛していた。父も自分も、他の王子達も家臣達も――国民もこの国も愛してくれていた。自分の『神の指針クエスト』が、「アルムにいるから達成できなかったのでは」と、思われない為に隠していたようだった。


 分かりやすい悪の形。『魔族』と言う差別されるべき・・・・・・・人種の国。

 『魔族の国』アルム公国は、周辺国家の為政者からしてみれば、権威を知らしめる絶好の相手に映っていた。神を崇める司祭たちも、口を揃えてアルムを悪と断じ、信徒を嗾けて来ていた。


(神ですら正義を口にはしないのに……)


 アルムを攻める口実は、決まって『正義の為』だった。人類の敵、神の敵と定められたアルムは、正義の名の元に理不尽な戦に巻き込まれて来た。


 太古の昔、争いの末に勝利し残った6柱の神々。

 しかしその戦いの勝者であるはずの神々は、誰も正義を司ってはいない。

 ミスラが祈りを奉げる『白の理』ソリストネ。聖なる光で地上を照らしているとされている光の神ですら、正義を名乗っていなかった。ソリストネが司るのは世界の理であり、法則。


 なのにと、ミスラは唇を噛む。

 母ミツハが課せられた『神の指針クエスト』、『万人の認める正義』が父カクランティウスを殺し、アルムを滅ぼす事と同義と見られていたことが悲しく、悔しかった。


 母の日記には――『八紘一宇』『五族協和』――と言った言葉が時折書かれていた。

 ――同じ言葉を有し、同じ神を抱いているのになぜ――母の苦悩を綴った言葉を思い出し、ミスラは眉を下げる。


 このアクゼリートの世界は、決して平和では無い。

 勝者が支配し、敗者が傅く。力が全ての正義と考えられてきた。

 しかし人の心はそれ程単純に出来ていない。例えアルムが世界を支配したとしても、魔族に対する差別は無くならないとミスラは感じていた。


 ミスラは手に取った一枚、大きな魚のような物体が描かれた紙を手に取り眉間の皺を深くする。


(コレを使えば……世界は掌握出来るのでしょうが……)


 ただの落書きに思えるような図面だが、一つで一国を滅ぼせる程の威力を持った兵器の設計図だった。

 世界の情勢を知った後、母は一時「アルムを世界の盟主にすれば」と考えた時期があったようだ。

『エツランシャ』の力で、元いた世界の武器を調べ、アルムが遥かに進んだ武具を持てば、周辺国家の勝手な言い分を黙らせることも可能だと考えたようだ。

 火薬、銃、爆薬――科学と呼ばれる知識を調べ、ミツハはアルムの強化に貢献していた。

 しかし一時を境に、母はそういった戦いに関する知識を伝える事を止めた。


 日記にはこう記されている。

 ――力で人々を押さえつけ、強者の理論を振りかざすのは正しい事なのだろうか。これでは今までアルムがされて来た事をし返しているだけでは無いのか。他者を力で黙らせることに、何の正義も無いのでは?――


「死者は言葉を話さない。戦いは言葉を封じ、聞こえてこないよう塗りつぶすだけ……」


 戦に於いては敵無し。絶対的な強者、カクランティウスと言う『不死の魔王』に『万人』は『正義』を見出さない。どれだけの敵を倒そうとも、争いの中の『正義』など都合の良いまやかしに過ぎない。

 その事に気が付いた母は、戦いの正義に否定的な見方を持つようになったようだ。


 ミスラも母に同感だった。

 自分自身が周辺国家の力による『正義』を否定する立場の人間だから。周辺国の言う『万人の認める正義』を決して『正義』とは言いたくないから。

『万人の認める正義』とは、もっと普遍的で誰も否定出来ないような、完全な答えが求められると考えた。


 しかし、この世界には様々な種族が存在し、それ以上に多くの国家が存在している。その全ての人々が共通して持つ価値観など、ミスラには想像もつかない。

 だからミスラは新たな価値観を作りだすことを思いついた。

 種族に関わらず国家に拘らず、万人が同じ『正義』を見る為に思いついたのが、新たな価値観の創造だった。


 漫画もその中の一環である。この世界は国家が違えど文字も言葉も一様だ。物語を通してなら、見る者の『正義』も誘導できる。文字を読めない者にも、絵があれば幾らかは伝える事が出来る筈。


 父と母が夢見た『平和』等ただの絵空事――。ミスラもそれは薄々感付いていた。

 だがその絵空事の世界でなら――『万人の認める正義』があっても良いのではないかと、ミスラは思った。誰もが望む優しい世界。『万人の認める正義』が幻想の中にしか無いのなら、その幻想を多くの人々に広める――ミスラが考えた『神の指針クエスト』への答えだった。


 そうやって価値観の統一を図ろうとしていたミスラにとって、戦争は一番避けたい事象と言えた。


 兄は「目に見えてこない戦中が平和」と言っていた。

 その側面は確かにあるのだろう。国家と言う枠組みが存在する限り、争い事は無くならない。自国に利益をもたらす為、どの国も必死だ。

 例え世界が一つの国だったとしても、戦争は無くなら無いような気もしている。


 人類が争いを止める事は無い。

 それが分かっていても、国家の対立を国民全てで共有する戦争は、ミスラにとって一番避けたいものだった。

 戦争とは否定の末に行きつく結果。どれだけ物語で綺麗事を並べようとも、戦争と言う現実の前には、その全てが戯言に変わってしまう。戦いとは相手の全てを否定するものだ。ミスラが目論む『共感』と真逆に位置するものだ。


「どうにか……しなくては……」


 ミスラは書類を元に戻すと、自分に言い聞かせるようにポツリと呟き、顔を上げた。

 


☠ ☠ ☠



(あと数日で国境って感じか? つーかコイツ金持ってやがんな……なんだこの贅沢な宿……)


 龍二を見送って数日。

 九郎はベッドに寝転びながら、血の枷越しに見える景色に眉を寄せる。


 頑丈に設えられた扉。窓枠に掛かった鉄格子。ある種牢獄とも思えるようなセキュリティーの高さに呆気にとられてしまっていた。


 九郎も旅の道中何度も宿に泊まり、決して貧乏とは言えない額の金銭も持ち合わせていたのだが、奴隷出身者ばかりと言う仲間達に加え、アルトリアも九郎も贅沢とは無縁の生活をしており、また唯一王族のカクランティウスでさえ全く文句を言ってこなかった為、いつも大部屋一つだった。


(敵地では厳重にしねえと熟睡出来ねえってか? あんだけ強さを持ってりゃ、怖いもんなんてねえだろうに……)


 過剰なほど贅沢な宿で寝泊まりしている龍二に、九郎はやっかみ交じりの溜息を吐き出す。

 外敵に対して鋭敏な感覚を有するリオやフォルテ。またカクランティウスという強者がいる為、夜営時でさえ危険を感じた事が無かった九郎からしてみれば、ある意味理解出来ない光景とも言えた。


(つーか夜襲喰らった事が無かったな……俺らん時は……)


 ただ思い返してみると、夜は魔獣はおろか小動物ですら寄って来なかった。カクランティウスの強者のオーラが、獣たちを退けていたのだろうか。唯一夜襲を仕掛けて来たのが、今は仲間のリオだと言うのが、何とも複雑な心境を抱かせる。


『ボウカンシャ』の『神の力ギフト』を持つ龍二にとって、就寝時だけが唯一警戒すべき時間なのだろう。魔力で底上げできる能力も、寝てる間は機能しないのかも知れない。

 隈だらけだった龍二の三白眼を思い出し、九郎は少し眉を下げる。


(まあ、これだけ厳重なら危険も無さそうだな……)


 暗がりの部屋を見渡し、九郎はそう判断して意識を元に戻す。その時、窓の外に白い影のようなものが過った。


「のを゛っ!!?」


 シーツを引き上げ、欠伸混じりに何気なく外に目を向けていた九郎は、目を見開き自分の口を押える。

 いきなり背筋に嫌な感じの汗が噴きだしていた。


 九郎が唯一苦手としているもの――それが幽霊やお化けの類だった。

 ゾンビなどのグロ映像にはもとから耐性が高かったし、自分の惨状を見慣れてしまい、もう毛ほどの恐怖も覚えない。

 しかし田舎出身だからか、はたまた祖父や祖母の教えに依るものか、九郎は霊や祟りには人一倍恐怖を覚える性質だった。


 目に見えるモノ、触れるモノは怖くない。しかし『不死』となった今でも、触れもしない相手に対して、九郎に対抗する手立てが思い浮かばないのも理由と言えた。


(あれはカーテン! あれはカーテンがそう見えただけっ……)


 シーツをひっかぶり、恐々こわごわともう一度窓に目を向ける。夜風にカーテンが大きくはためいていた。


(ほらみろっ! いる訳ねえって……。大体俺、祟られる覚えがねえもんよ――)


 憶測通りにカーテンの揺らぎだったことに、九郎は胸を撫で下ろし――そして青褪めシーツに潜り込む。

 龍二に施した血の枷に意識を繋げる前は、確かに窓は閉じていた。閉じていた筈の窓が勝手に開いていた。

 思い返してみれば、今いるペテルセン城は古城と言うにふさわしい雰囲気を持っている。500年以上の歴史があると聞いていたのだから当然だろう。そんな歴史ある城なら、いくらでも曰くが有りそうだ。


(除霊のしかたなんか俺知らねえよっ! 寺生まれのTさん呼んで! 誰か―!)


 途端に自分が寝泊まりしている場所が、恐ろしい場所に感じて九郎はギュッと目を瞑る。

 こういう時、何故シーツにくるまるのか分からないまま、九郎は見えない恐怖に震えていた。

 息を殺し部屋の中に入ってきているであろうナニかに対して、静かに出て行ってくれることをひたすら願う。

 シーンと静まり返った寝室に、カーテンが風にはためく音だけが響く。

 その音すら怖く感じて九郎が耳を塞ごうとしたその時――。


 ギシッ……


 僅かにベッドが軋んだ。


(ひぃぃぃぃぃっ! の、の、登ってくんじゃねえっ! い、いくら俺でも幽霊とにゃんにゃんは出来ねえっ!)


 足先から徐々に近づいてくる軋む音が恐怖を加速させていた。

 もう目を開く事は出来そうにも無い。開いた瞬間誰かが自分を見下ろしていたりすれば、悲鳴を上げる自信がある。ここ数年、常に誰かと一緒に寝泊まりしていて、一人で就寝するのもこの城に来てからだった事に今更気付く。


(いやいあいやいあ、絶対アルトだって……。ちょっと一人寝が寂しくなっちゃったー……とか、言って来そうな気もすっからよ!?)


 僅かでも恐怖を和らげようとヤラシイ妄想に縋るが、アルトリアはこんなに徐々に近づく真似はしない。

 夜這いに来るのなら、それこそダイブする勢いで飛び込んでくるのがアルトリアと言う少女だ。


(スンマセンッ! なんか分かんねえケド、マジスンマセンッ! ナンマンダブナンマンダブ……)


 心の中で念仏まで唱え始めるが、大きなベッドの端から近付く軋む音は去ってくれない。

 当然だろうと心の中で九郎は自分に突っ込む。仏教がこの世界に無いのだから、仏に祈った所で効力を発揮してくれるとは思えない。自分が知る除霊方法――アーメンも般若心経も寺生まれのTさんも役には立たないと気が付き、九郎は愕然とする。


(除霊っ! 幽霊の撃退方法! 何かっ! 俺でも出来そうなヤツっ!)


 もう気配は自分の胸元にまで迫っていた。得体の知れない何かに近付かれる恐怖から逃れる術を考え、九郎は必死で頭を回す。

 九郎の知る宗教関連の除霊方法は、この世界で役に立つとは思えなかった。ならば宗教に関わらない除霊方法をと考えるが、そんな都合の良いものがある筈も無い。

 しかし九郎はこの時、恐怖から逃れる為必死で考え一筋の光を見出した。


(やるしかねえっ!)


 近付いてきている気配が、今にもシーツを捲り上げそうな気がしてくる。

 意を決して九郎はギュッと目を瞑り、自ら被っていたシーツを跳ね除け叫んだ。


「ビックリするほどユートピア! ビックリするほどユートピアッ!」


 ズボンを一気に降ろして全裸になり、白目を剥いて自分の尻を叩く。


 一時期ネットの海に出回っていた、宗教に関わらない幽霊の撃退方法。

 あまりの滑稽さに幽霊すらも呆れてどこかに消え失せると噂されていた除霊方法を、九郎は繰り出した。


「ビックリするほどユートピア!!」


 ペチンペチンと寝室に鳴り響く、恥ずかしさに死にたくなってくる音。

 しかし背に腹は代えられない。いくら九郎が『不死』であろうとも、『祟り』は怖い。


 白目を剥いたままなので何も見えない。大声を出しているのでもう物音も聞えない。

 これほど馬鹿げた行動など、生涯するとは思ってなかった。だからこそ羞恥の心が込み上げ、恐怖感もどこかに抜けて行く気がする。

 しばらくの間自分の声とペチンペチンという尻を叩く音だけが、九郎の頭の中をグルグルと駆け巡る。

 どれくらい続けていただろうか。九郎はやっと動きを止める。


「ははっ……。今なら怖いもんなんてねえって言えそうだぜぇ……」


 九郎の口からはそんな言葉が飛び出るくらい、何かやり切った感があった。これ程の醜態を晒せば、幽霊ですら呆れ果てて消え失せているに違いない。余りの馬鹿らしさに悟りすら開けそうな極致に達していた。

 晴れ晴れとした気持ちで九郎は白目を止め、振り返る。


「は、はぁ……。それは頼もしいこと……ですわ……」


 九郎はその場に崩れ落ち、再びシーツを被って震えた。

 月明かりの差すベッドの上で、顔を真っ赤にしたミスラが涙目で固まっていた。

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