第193話  案山子


 シオリ――おそらく『来訪者』であろう領主と顔合わせを済ませた九郎達は、その後事情を聴く事も出来ずに早速仕事を割り振られていた。

 顔で集められた九郎達であったが、もちろん奴隷としての仕事もある。

 とはいえ初日は荷物の運搬などの雑務を割り当てられていた。


「明日からはもっと色々な事をやってもらうからね。暫くは適性を見る為に色々やってもらう予定だから」


 屋敷の中を案内してくれたイケメンは性格も穏やかなイケメンだった。

 首に枷があることから彼も奴隷に間違いなさそうなのだが、その格好は一般人、ひいては街の人々よりも余程清潔そうに見えた。

 案内役の男は屋敷の洗濯奴隷頭のローテルと名乗っていた。

 年は九郎と同じか少し年下か。金髪緑眼、長身で王子様のような外見だが、それと首に嵌った鉄の首輪はアンバランスな印象を抱かせる。


「うっす……。ところでこの屋敷の人って全員男なんすか?」


 荷物を運びながら九郎はそれとなく疑問に思った事を尋ねる。

 不思議な事にこの屋敷で働いている奴隷は全て男性だった。

 領主の屋敷では、女性は今回集められた者達とシオリだけ。それ以外は料理人から召使いまで全て男性で構成されていた。


(まだ会ってねえだけか、それとも最初は男しかいらないと思っていたのか……)


 女性の召使も奴隷もいないことに九郎は訝しがる。

 どれだけ男好きであろうとも、これほど徹底されているとげんなりする。

 紅一点を絵にかいたような屋敷の様子に、シオリの性格が見えてくる。


 男の視線を気持ちよさそうに浴びていた事からも、シオリはかなり承認欲求が強い人物なのだろう。

 不思議な外観をもつ日本人。完全に西洋人の美少女の姿をした日本人がいない訳では無いと思う。

 ハーフや帰化人2世など、完全に日本人の感覚を持ちながら、姿形は外国人と言う人がいることを知っている。

 しかしやはり美少女の姿と、母親より年上の可能性が九郎の頭に引っかかる。

 あれほど美しい外見は元から彼女が持っていたものだろうか。それにしては初見で感じたちぐはぐな印象が気に掛かる。


(『不老』……『変身』……? 元から持っていた美貌を留めたかったから『不老』? それとも美人になりたかったから『変身』?)


 九郎はシオリの顔を思い出しながら、『神の力ギフト』の考察を開始する。

 可能性を考えると後者のほうが高そうな気がした。

 女好きを公言していた九郎は多くの女性を見て来た。だからこそ気付いたシオリに対する違和感。

 全てのパーツが完璧なのに、酷くアンバランスに思えたのは、外から見る者が抱く厚化粧の女性を見るような感覚に近い。

 九郎から見てシオリはやり過ぎていた気がした。一つの欠点も無い姿に対して『気持ち悪い』との感想を抱いてしまうとは思わなかったが、彼女の姿はそれこそ完璧を求めすぎたために、くどく感じる。

 しかしそう思っているのは九郎だけなのだろう。


「ははは、いつも一杯呼び寄せるんだけど……シオリお嬢様と反りが合わなくて直ぐに外に戻されちゃうんだ……。あんなに美しくてお優しいお嬢様と性格が合わないなんて信じられないね。この屋敷に呼ばれる者達は皆人より優れた外観を持つ者に限定されているんだけれど、美人は性格が悪いってシオリお嬢様はいつも言ってるんだ。完璧すぎる美人のシオリお嬢様が妬ましく思ってしまうんだって」


 苦笑を浮かべ、「困ったね?」と付け加えながらローテルが答えてくる。

 それに対して九郎は苦笑を浮かべる。自分の美を誇るような態度を取っていたシオリがその言葉を言うのは、明らかにブーメランだろう。

 恋は盲目と言うが、このローテルもシオリに惚れている一人なのだろうか。シオリに対してだけは全くの悪感情を持っていないかのような言いように、どう返して良いのか対応に困る。


 しかし奴隷を呼び寄せておきながら反りが合わないとは不思議な事を言うものだ。基本奴隷は従順で主人に逆らったりはしないだろう。そもそも命を握られているも同然の首輪を嵌めているのに、どうして逆らう事ができると言うのか。


(現にリオはさっきから青い顔でずっと何もしゃべらねえし……。てかそれはいつもの事か……)


 適性の分からない内は奴隷達は三々五々で各場所に散りばめられていたが、分け方が大雑把だったのか、初日だから適当だったのか、近い場所にいた者達で分けられ、九郎とリオは二人してローテルの担当となっていた。


「ローテルさんってここに来て結構長いんすか?」


 俯いたまま一言もしゃべらないリオの代わりに九郎が場を繋ごうと話をふる。

 情報を少しずつでも引き出して、リオの弟――フォルテの居場所を探らなければならない。

 話のとっかかりにと九郎が言葉を掛けるとローテルは一瞬きょとんとした表情を浮かべていた。


「なんか……俺拙い事聞いちまいました?」

「いや……。そう言えば僕はいつからここにいたのかなーって思って……。んー……覚えて無いや」


 ローテルは天井を見上げた少しだけ考え込む素振りを見せたが、肩を竦めて苦笑いを浮かべた。


(んなわけねーだろっ! リオもここの記憶が殆んど忘れてたって言ってたし、何か『神の力ギフト』と関係してんのか?)


 その様子に九郎は愛想笑いを返しながら頭の中でがなる。

 女性には初対面で悪感情をまず抱かない九郎であったが、シオリが『来訪者』という事で、警戒心は格段に引き上げられている。

 最初に出会った『来訪者』が雄一と言う最低最悪の人間だった事が大きい。カクランティウスの妻だったミツハはしっかりした人物だったようだが、九郎にとっては雄一の印象が強すぎて、同郷だと明かす事も躊躇われていた。

 同郷の日本人であれば積もる話、懐かしい想いを共有し、穏便にできるかと淡い期待は、今のローテルの言葉でさらに可能性が少なくなっている。

 相手を洗脳し『支配』していた雄一と同じ、精神操作系の『神の力ギフト』の可能性も出てきた。

 年齢ギャップからかなり年上……へたしたら九郎の母親よりも年上だろうと思うのだが、その見た目は10代の少女。しかも金髪碧眼の美少女と来たものだ。

 どう考えても何かしらの『神の力ギフト』が関わっているのは間違い無いだろうと思っている。


 しかし『不老』か『変身』の『神の力ギフト』と『記憶改ざん』系の『神の力ギフト』でも授かったのだろか。2つの『神の力ギフト』を授かっている九郎だったが、それはかなりイレギュラーな事だと聞いていた。ベルフラムの『来訪者』についての話や、カクランティウスの逸話等からして、通常『来訪者』に授けられる『神の力ギフト』は一種類だけだと言われている。

 思い出してみれば白い歯車ソリストネ特別・・だと言っていた筈だ。

 しかし白い歯車ソリストネのことだと、全員に同じ言葉をいってそうでもあるので、あまり信用するのも危ないかもしれない。


「ん、んじゃあ、しゃーないっすね……。そう言えばローテルさん、この屋敷で働いてるフォルテって男の子知ってます?」


 洗脳されているのであればこちらも余り望み薄かとも思いながら、九郎は重ねて聞いてみる。傍でリオが青い顔ながらも、顔を上げた。


 ローテルは奴隷頭。常日頃顔を合わせていれば忘れる訳はないとの九郎の期待は、ローテルの苦笑であえなく崩れる。

 

「この屋敷だけでも1000人ほどの奴隷がいるからね……。流石に全員は覚えきれないよ。僕の知っている中にフォルテという名は無いね」


 返ってきた答えに九郎は別の意味で驚きを相する。

 大きな屋敷とは言え一つの屋敷で1000人もの奴隷達が働いているとは思っても見なかった。

 そしてさらに驚く事にこの屋敷で奴隷で無い者はシオリしかいないのだと言う。

 1000人の奴隷に囲まれ暮らす元日本人。その響きだけで頭がおかしくなりそうだ。

 考えてみれば荘園作業などもあるようだから、数に不思議は無いのだが、一人の人間が1000人もの奴隷を抱えていると言う事実に、やはり驚いてしまう。


「1000人もいるんすか……。そりゃあ顔知らねえのも無理ねえっすね……」

「でもこの街の奴隷達は皆シオリ様の奴隷だから、全部合わせれば20000人くらいいるんじゃないかな?」


 続けられたローテルの言葉にはもう声も出せない。

 聞いていたとは言え、本当に領主が奴隷達の元締め――しかも日本人である筈のシオリのものだとハッキリ言われると、開いた口が塞がらない。

 その中からリオの弟を探し出せるのか、九郎は不安に眉を寄せた。


☠ ☠ ☠


「凄いですね! クロウは物知りだなー!」

「こんな事で水が布から少なくなるなんて考えてもいなかったです!」

「すっごーい! 頭いいー」


 洗濯奴隷頭のローテルが知らなくても、他の人間なら知っているかもしれない。


(前途は多難だ……)


 そう思っていた九郎だったが、その予定早々に覆される事になっていた。

 荷運びを終えた九郎とリオはその後の流れで洗濯をやらされることになった。服など着て来なかった時期の方が長いが、ミラデルフィアにいた頃の九郎は布持ちでもあった。

 洗濯なんかお手の物――そう思って洗濯し終えたシーツを絞りながら隣の奴隷の少年に声を掛けた事がきっかけだった。


「……馬鹿しかいねえのか……? アタシも馬鹿だろうけど……」


 しらみつぶしに聞き込みをしようとリオと相談していたのだが、弟の救出に意気込んでいるリオでさえこの反応。

 九郎とリオの回りには歳の頃10歳から15歳ほどの美形の少年たちが、驚きと感動を伴って取り囲んでいた。


(知識チートで俺SUGEEしてやんよとは言ってたけど……)


 九郎は目の前で驚きの顔を見せる美少年たちに眉を下げる。

 九郎もこの世界に来て当初は、自分が持っている現代知識や技術を使って称賛を浴びる自分を想像したりもしたのだが……。しかし文明が進んでいないからと言って、この世界の人々が馬鹿だと言うことではないことなど直ぐに知ることになっていた。


 初めて九郎と出会ったベルフラムは子供ながらに驚くほど知識を持っていた。続くクラヴィスやデンテと言う少女達も、ベルフラムよりも年下であったにも関わらず、九郎よりも物覚えが速かったりと、年長者としての威厳を見せれるのは食事時くらいしか無かった。

 その後に出会った人々も日本での知識を知らなかっただけで、その知力は九郎よりも高そうな者たちばかりだった。


 しかし今の状況であれば九郎はこの世界の人々をどう思っただろうか。

 リオと同じように「馬鹿しかいない」と思ったのではないだろうか。


 洗濯係の奴隷達は100人ほどだったが、お世辞も何も、考える事をしてこなかったのではと思うほど馬鹿ばかりであった。

 洗濯の仕方に技術も何も無い筈なのにこの反応。九郎が何をしたのかと言えば、洗ったシーツを絞っただけだ。

 それを見ていた少年の一人が、シーツから滴る水に驚きの声を上げたのが発端だった。

 なんでも今迄は洗ったのをそのまま干していただけだったそうだ。砂漠で雨など降らない気候だからそれでも乾いたのだろうが、『絞る』をしてこなかったのかと考えると信じられない。


 それだけでは無い。


「へーそうすれば風に飛ばされなくなるんだ」


 洗濯奴隷の長であるローテルですら、つたない洗濯知識しか持ち合わせていないようだった。

 少し考えれば分かるであろう、小さな工夫を一つもする事無く、彼らは一人一枚洗濯物を持ち、ずっと日中日差しの照りつける太陽の下に立ち続けるのが仕事だと言っていたのだ。

 いかにも奴隷らしい虐待のされ方だとげんなりしたが、違ったらしい。

 九郎とリオが何枚かのシーツの端を結び、木の枝に結び付けるのを見てその発想は無かったと唸っていた。


「その発想も何も考えて来なかっただけじゃねえの?」


 思わず九郎の口からも悪態が飛び出てしまう。

 100人もの人間がいて誰一人考え付かなかった筈がない。

 彼らは奴隷だから学校やらで知識を得る事は出来なかっただろうが、生活の仕方くらいは誰かから習っていても良い筈だ。そもそも一人一人が洗濯物を持ち日中立っているということに、非効率さを覚えなかったのだろうか。


 ――記憶を改竄された時に出来た齟齬のようなものかも知れない――言い過ぎたかと九郎が一瞬口元を押さえるが、ローテルは九郎の悪態に気付きもしないではにかんで見せた。


「ずっとそれだけやっていれば良かったからね。しかし困ったね。これじゃあ人の補充はいらなくなってしまいそうだ」


 そう言ってローテルは九郎達の手元を真似ながらシーツを結ぼうとしていた。

 ただ結び方を知らないのか、見よう見まねでやろうとしていたが上手くいかないようだった。


(色男に金も力もねえとは言うけど……)


 自分自身にも金も力も無いのだがと九郎は周りの美少年を見渡す。

 顔だけで集められた奴隷達だから頭の良さは関係無かったのだろうかと、いささか以上に失礼な感想が九郎の頭に思い浮かぶ。


「じゃあ、明日は俺ら別の場所に仕事を割り振ってくださいや。つーかそうか、もともと他の場所にも行く予定だったんすね」


 ワザと非効率的な方法を取って人手を増やそうとしていたのだろうか。

 九郎はローテルに結び方を教えながら、肩を竦めて見せた。


「これが……魔法?」

「んなわけあるか……」


 口の中に溜まり続けた突っ込み台詞は、ローテルに進呈された。

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