第140話 あたたかなものたち
「ただい……」
「シルヴィ~!!!」
里の隅に作ったねぐらに戻ると、シャルルが一瞬固まり次の瞬間シルヴィアの胸に飛び込んでいた。
何はともあれ仲間に無事を知らせようと、寝床小屋の扉を開いて直後の事だ。
「ひっ……ぐぅ……うぇぇぇぇ……夢じゃ……夢じゃないんだよね……」
「心配かけたようじゃのぅ……この通り傷一つありゃせんよ」
シャルルが大粒の涙を流して顔をくしゃくしゃに歪めながら、嗚咽を漏らす。
両腕を首に回し、存在を確かめるかのように抱きしめ、感極まった様に声を上げて泣き出したシャルルを抱き止め、シルヴィアは目を細めてあやす様な口調で優しくシャルルの頭を撫でる。
(シルヴィと同じ事言ってら……やっぱ姉妹なんかね……)
九郎の視線に照れくさそうに顔を背けたシルヴィアに、ふとそんな感想を抱く。
ファルア達と一緒になってシルヴィアをよくからかうシャルルだが、やはり彼女を慕っている様子はいつも滲み出ていたなとそんな感慨にふける。
「クロウッ! おめえやりやがったな!」
ガランガルンが拳を突出し九郎の腹を殴り、頭が落ちた所で乱暴に肩を組んできた。
満面の笑みの中に少しの呆れを滲ませている。
「ヤ、ヤッテネエヨ!? ってか出来ねえもん……俺――――いでっ!!?」
決してそう言う意味の言葉では無かっただろうが、いまだに先程の事を引きずっていた九郎がキョドり、隣のシルヴィアに思いっきり足を踏まれて呻く。
いつも色事でからかわれているシルヴィアは、顔を赤らめながらも眉を吊り上げている。
それでなくても仲間が心配していると言うのにいちゃいちゃしていた負い目があるのだろう。
またしても餌を与える愚を犯すつもりかと、シルヴィアの咎める視線が少し怖い。
「何言ってやがんだ!? まさか神の眷属に丸呑みされて戻って来るとはよぉ……」
九郎の頭を乱暴に撫でながら、ガランガルンが小さく鼻を鳴らす。
薄っすらと目尻に涙が浮かんでいる事は指摘しない方が良さそうだ。
照れ隠しの様に首を絞めてくるガランガルンに、九郎は苦笑を浮かべて激しくタップする。
九郎と同等とまではいかないまでもガランガルンも力は強い。ガランガルンの丸太の様な腕に絞められると、気分的にも暑苦しい。
窒息して死ぬ事はないのだが……。
「おう、お疲れ」
ファルアは座ったまま九郎とガランガルンを眺め、ぶっきら棒に口元を歪めていた。
片膝をついたまま、驚きも見せていない。
ただ、後ろに隠している紐の束がギュッと握られている事から、彼は九郎達がこの場所に辿り着く前に無事を知ったのだろう。
「
「何の心配もしちゃいねえよっ! 少なくともお前にはな!」
九郎がそれを見つけてニヤケながら言い、ファルアがすぐさま怒鳴り返してきた。
酷い言いようだが、九郎は殊更笑みを深める。
パーティーの中で一番九郎を理解しているのは、もしかしたらファルアなのではと感じたからだ。
あの瞬間、水の蛇に呑まれそうになった時、ファルアは一言も九郎に逃げろと言わなかった。
ひとり動こうとしなかった九郎を見ていたにも関わらずだ。
シルヴィアを守れと言った訳でも無く、しかし逃げろとも言わなかったのは、「どうにかして来い」と言う彼なりの指令だったのではないか。
「ひっでえなぁ~。それでもリーダーかよ?」
「はっ! お前がどうなろうと心配すんなって言ってたからよっ!?」
ガランガルンの手荒い歓待から逃れた九郎が笑いながらファルアに拳を向ける。
シルヴィア同様、短期間のうちにこれ程自分に理解を示してくれたファルアに胸の奥が熱くなる。
心と裏腹の言葉を言い放つが、ファルアもそれが分かっているのだろう。ギラリとでも言えそうな笑みを湛えて口元を吊り上げる。
「ありがとよ……」
「……よくやった」
ゆっくりと振り下ろされた九郎の拳にファルアは拳を打ち付けてくる。
言葉を多く語らずとも通じ合える。そんな関係が築けている事に九郎はニンマリとした笑みを浮かべ、ファルアが照れくさそうに顔を歪めてそっぽを向く。
「なんか男の子って感じよねぇ~?」
シルヴィアを後ろから抱きすくめながらシャルルが呟く。
男同士の友情は女性には分かり辛い。いつも喧嘩をしているように見えてもその実仲が良かったり、それ程長い付き合いでも無いのに、長年の友のように通じ合うことがある。シャルルが眩しいものでも見るように目を細める。
「そうかのぅ? って、なんじゃ?」
「う~ん? なんでもない~」
シルヴィアがずっと解放してくれないシャルルに、何かを言いたげにしながら首を傾げる。
考えてみればシルヴィアも「喧嘩をしながら仲がいい」を体現しているような人物だ。
長年ソロで冒険者と言う荒くれに混じっていたシルヴィアは、感覚的には男に近いのかもしれないとシャルルは意味深な笑みを浮かべてシルヴィアに頬ずりする。
彼らの関係に自分が一歩遅れている感じがして少し羨ましく感じたとは、気恥ずかしさから言葉にしない。
「ところでシルヴィ~? どうして下着姿なの~? クロウ君はいつもの事だけど……」
その代わりシルヴィアを弄れそうな機会を見逃すシャルルでは無い。
シルヴィアは普段の薄着よりもさらにきわどい下着姿。九郎に至っては全裸に毛織物を巻きつけているだけで、ともすればボロンとなってしまいそうな格好だ。
九郎はいつもほとんど全裸で今更な気もするが、シルヴィアが下着姿なのは如何いう訳かと問いやる。
「こ、これはそのっ……コルル坊……中に……はいって……」
「ああぁん!? クロウがナカにぃぃぃ!!? てっめえっ! 俺らが心配してた時にナニヤってやがった?!」
「誤解だっ! てか、ファルアは心配してねえって?! ちょまっ! ファルア、顔が近い顔が近い顔が怖い顔が怖い!!」
シルヴィアがその後の光景を思い出して顔を赤らめ言い淀むが、この辺りが弄られクイーンの所以だろう。肝心の接続詞が抜け落ちた事で思いもよらぬ誤解を招く。それより何より、神の使いとの戦闘で失ってしまったとでも言えば良いのにと九郎は眉を下げる。嘘のつけないというより下手なシルヴィアではそれも逆効果な気がしなくもないが……。
まあ、例えシルヴィアがはっきりと九郎の中に入っていたと言ったところでにわかに信じられる話では無かったのだろう。
「誤解じゃ、ファルア! 儂がコルル坊の中に入っとったんじゃ!」
「ああん!!? ずいぶん上級者じゃねえかぁ……? なんなら俺のぶっといのも入れてみっかぁ?」
「落ち着けリーダー! セリフがやべえ! 顔が
ファルアが腰の
やはり素直に言ったところで信じられないだろう。凶悪な笑みを浮かべて刃を舐めるファルアのなんと恐ろしい事か。
尻を庇いながら九郎は後退り、追い詰められていく。
「で? オババ。クロウの中はどうだったんだ?」
「ガランっ!!! 何興味示してんだよっ! ファルアよりも危ねえんじゃねえか!??」
「う、うむ……。それがよう覚えておらんでの……夢見とるような感覚で……」
「夢見心地にさせるたぁ、テクニシャンじゃねえかぁぁぁ!? 色街で泡吹いて倒れたんもそういうプレイが原因かぁぁぁあ?」
「何でその事知ってんだよ!!? ってかシルヴィ! 話をさらにややこしくすんじゃねえっ!」
感激のムードは一変していつもの賑わいを見せていた。
隙を見せたら食らいつく。弄れるならば何でも弄る。九郎達の仲はそんな風にして培われてきた。
餌食になるのは決まって九郎とシルヴィアではあるのだが……隙が有る方が悪いとファルア達は思っている。
からかわれている事に気が付かない九郎とシルヴィアは、その後ほぼ全てを白日の下に晒す事になったのだった。
☠ ☠ ☠
「ったくよぉ……。どこまで非常識なんだ。お前はっ!」
何とか誤解を解いた後にファルアは疲れたように溜息を吐いた。
訝しんだ表情だが、ファルアも九郎を恐れている素振りは無い。どちらかと言うと呆れているのだろう。
「シルヴィ……クロウ君から生まれて来たのね~……。パパって呼ぶの? それともお父様?」
顔を赤らめ涙目で俯くシルヴィアに、シャルルは更なる追い打ちを掛けている。
シャルルも九郎を恐れている様子は見えない。シルヴィアを無事に連れ帰った九郎に、感謝の念の方が大きいのだろう。
「となると……クロウはオババの母ちゃんじゃねえのか? オオババ様?」
ガランガルンは既に考える事を放棄しているかのようだ。迂闊な事を言ってはシルヴィアに睨まれ首を竦めているが、年の割には彼が一番子供っぽいのかも知れない。
彼の思考は単純で、美味い酒が飲めるのなら良い仲間だといって憚らない。
そんな単純明快な彼が長年ソロでやって来たのには少しの疑問が残るが……。
「クロウ……一つだけ言っておくことがある……。その力、絶対俺ら男には使うなよ……」
そんな和気あいあいとした空気の中、考え込む様に顎に手をやっていたファルアが底冷えのする声を上げる。
真剣な、それでいて切実そうな思いを込めたハッキリとした拒絶。
「そうそう使いたい力じゃねえし、そもそも体積の問題でファルア達には……」
少し慄きながらも九郎は言い淀む。いざとなったら分からない。そんな言葉を飲み込むように眉を下げる。
九郎の言った通り、『修復』の光で取り込めるのは、一度に九郎の体表面より小さなものだけだ。今回はシルヴィアと言う身長も体重も(胸も)小さな少女だったから可能だった訳で、ファルア達を取り込もうとするならそれこそ『
だが、その状況で最後の手段となった時、九郎は躊躇うつもりは無かった。……のだが……。
「そういうこと言ってんじゃねえっ! んなことなるなら俺はきっぱり死を選ぶっつってんだ!? 想像して見ろ!? 言葉のヤバさを! 野郎から野郎が生まれる絵面のキモさをっ!!」
ファルアの必死な抗議にやっと九郎も合点がいく。
男と男が一つになる―――。男が男の中に入る―――。「あ~クロウの中温かいなりぃ~」とでも言われたら確かに九郎も死にたくなる。
「おえっぷ……」
ファルアの魂の叫びを聞いて、ガランガルンが口元を抑える。
髭面の親父が九郎の中から生まれる光景でも幻視したのだろうか。
二日酔いのような表情を浮かべて「俺ならその後、即刻自害するわ……」と小さく呻く。
「え~? 結構感激すると思うんだけど~?」
シャルルが意外とでも言いたげに口を尖らせる。
女と言う元来人を生み出す存在だからか、シャルルはそれ程嫌悪感を持っていない様子だ。
九郎は知らないが、経産婦であるシャルルは既に子供を産んだ身であるからなのだが。
その前に男が男を産むと言う光景を思い浮かべて欲しいと、横のシルヴィアはげんなりとした表情を浮かべている。
「ま、まあ最初から男は色々問題があっから、この手は使えねえしな」
引きつった笑みで両手を交差した九郎に、やっとファルアは安心したように息を吐いた。
それはシルヴィアと九郎を迎えた時以上に、安堵した表情だった。
「シャルル姉さまっ! ここにいたんですか!? 早く逃げる準備を……シルヴィア姉さま!?!?」
ゲルムが慌てて飛び込んできたのはそのすぐ後の事だった。
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