第16話

 白雪が我が家を訪れた翌日。4連休3日目である今日。土曜日。ここまでくれば連休のありがたみが若干薄れてくると言うもので、普段の土日休みと変わらなくなる。いっそのこも365連休でいいんじゃなかろうか。

 まあ、常識的に考えてそんなこと出来るはずもないのだが。連休も終わりに近づいていると言うのに、疲れの抜け切らない体のことを思うと、そんなことを考えてしまうのも致し方ないことと言えるだろう。


「よお智樹。随分くたびれた顔してるじゃねぇか」

「おはよう三枝。そう言う君はいつも通り元気そうでなによりだよ」


 家の近くにあるファミレスで待ち合わせた親友は、僕が到着した頃にはすでにドリンクバーを頼んでいた。人を待つと言うことを知らないのかこいつは。まあ、呼び出したのは僕だし、文句を言える立場ではないのだけど。

 僕も同じくドリンクバーを注文し、飲み物を取りに行ってから席に着いた。


「それで、今日はどうした? いつもはラーメン食いに誘われるくらいなのに、こんな朝早くからファミレスとは珍しいじゃねぇか」

「聞きたいことがいくつかあってね」

「白雪さんのことだろ」

「······」


 どうして僕の周りは、こうも鋭い奴らばかりなのか。それとも、僕が分かりやすいだけなのだろうか。

 つい押し黙ってしまい、三枝は満足そうにケラケラと笑いだす。


「お前は分かりやすすぎるんだよ。今だって、ちょっとカマかけただけだろうが」

「君は本当に僕の親友なのか、たまに疑う時があるよ」

「悪かったよ。ほれ、話してみろって」

「いや、その前にだ。別に聞きたいこともあるんだ」


 キョトンと首を傾げられるが、男がそんなことをしても可愛くない。アニメに出てくる男の娘たら言う人種なら、また話は違ってくるのだろうけど。残念なことに目の前にいるのは身長180超えの大男。そう言う可愛さは神楽坂先輩の前で演出してくれ。ギャップがいいとか言われるかもしれないし。

 そう、その神楽坂先輩だ。彼女と三枝について、聞きたいことがあった。


「三枝、昨日ラインしたのにどうしてすぐ返事がなかったんだ?」

「なんだそんなことかよ。昨日はちょいと野暮用があったからな」

「神楽坂先輩と?」

「······」

「君も、人のこと言えないくらいには分かりやすいぜ」


 僕の言葉に、三枝は露骨に顔をしかめてみせた。どうやらビンゴらしい。


「俺のことはどうでもいいだろ······」

「いいや、どうでもよくないね。君と神楽坂先輩のことは我が文芸部最大の課題なんだから」

「誰が決めたんだよ」

「僕がたった今。それで、昨日はなにがあったんだ?」


 はぁ、とため息を吐いたあたり、どうやら観念して教えてくれるようだ。親友としても、三枝の恋路は気になるところだし。正直、自分の罰ゲームより優先度は高いと思っている。


「神楽坂先輩の買い物に付き合ってたんだよ」

「おぉ! つまりデートじゃないか! やったな三枝!」


 つい我が事のように喜んでしまった。目の前で顔を真っ赤にしてる親友が、ついに想い人とデートするまでになるなんて。しかも僕の知らない間に、と言うことは、三枝か神楽坂先輩のどちらかが誘ったと言うことだ。なんだ、僕の仲介がなくても大丈夫じゃないか。


「別にデートじゃねぇよ。父親の誕生日プレゼントを買うのに、男の意見が欲しいからって呼ばれただけだ」

「いやいや、男女が二人で出掛けたらそれはもうデートだよ」


 いやはや本当。感慨深いものだ。普段割とガッツリアピールしてる癖にいざとなるとヘタれる三枝と、天然を絵に描いたような神楽坂先輩。どうなることやらと思っていたが、そこまで進んでいたとは。きっと父親の誕生日プレゼントを選ぶと言うのも、事実ではあるだろうが、三枝を誘うための口実に過ぎないのだろう。


「俺の話はもういいだろ。いい加減、白雪さんのこと聞かせろよ」


 赤くなった顔を片手で抑えながら、三枝は僕を睨んでくる。しかしそこに迫力はなく、白雪の方が何倍も恐ろしい。

 今日は三枝と神楽坂先輩がデートしたと言う報告だけでお腹いっぱいなので、このまま帰りたいのだが、それを許してくれる奴じゃないのはよく知っている。


「取り敢えず、この話は他言無用で頼む」

「ならいつもみたくお前の家で良かったんじゃないか?」

「いや、今日は少し都合が悪い」


 現在我が家は、昨日の白雪の掃除によって見事なまでに片付いている。僕の家の汚さを知っている三枝が見れば、なにがあったのかと疑うことは必至だろう。


「まあ分かった。取り敢えず話してみろ」

「白雪のことと言うか、半分僕のことではあるんだけど」

「なんだ、ついに罰ゲームへのやる気を見せたのか?」

「違うよ。いや、違わないのか? まあ、その辺はどうでもいいんだ。ただ······」

「······?」

「白雪に聞かれたんだよ。自分のことが知りたいか、って」


 それに答えられなかったことを悔やんでいる。いや、答えて良かったのかすら分からなかったのだから、そんな曖昧な感情のままに言葉を返したら、それはそれで悔やんでいたのかもしれないけど。

 けれど僕は答えたい。応えたい。彼女が自分に踏み込んできて欲しいと言う、あの確かなサインに。

 でもそれは結局僕の勝手な感情で。白雪はもう、それを望んでいないのかもしれない。昨日の、声に出していない言葉が、僕にそう囁いてくる。

 知りたいとも思っていないだろう、と。呪詛のように何度もリフレインするのだ。


「僕は、彼女のことを知りたいと思ってもいいんだろうか」


 三枝に聞いたところで仕方のないことだとは分かっている。けれど、自分の中だけではどうしても結論が出ない。僕は三枝と違って、圧倒的に経験値と言うものが不足しているのだから。2年前まで野球以外見向きもしなかったツケがここで回ってきたのだ。


「はぁ······。あのなぁ智樹」


 本気で悩んでいる僕を他所に、三枝は大きくため息をついて見せた。本当に呆れたように。どうしてそんなことも分からないんだと言わんばかりに。


「それって誰かの許可が必要なことなのか?」

「少なくとも、本人には必要じゃないのか? その人のプライバシーに踏み込む可能性だってあるんだぜ」

「俺は、神楽坂先輩にそんな許可を貰った覚えはないけどな」

「君と一緒にしてもらっても困る」


 そもそも向いている感情が違うのだから。三枝は神楽坂先輩に明確な好意を向けている。恋愛的な意味で。そんな相手を知りたいと思うのは当然だろう。恋は盲目と言う言葉もある通り、そうなれば相手の許可なんて求めようとは思わないはずだ。

 対して僕は、別に白雪に恋愛的な好意を向けているわけではない。ただ単純な興味。好奇心とも言えるものだ。

 感情の源泉がまるっきり違う。


「いいか親友。鈍感なお前に一つ教えてやるよ」

「鈍感という言葉には意を唱えたいところだけど、まあ聞こう」

「白雪姫に必要なのは、従順な騎士じゃない。目覚めさせてくれる王子様だ」


 その似合わない言い回しに聞き覚えがあると思えば、先日、神楽坂先輩にも同じようなことを言われたのだったか。

 誰も彼も人を勝手に王子様扱いしてくれるが、そんな柄じゃないのは三枝だって知っているだろうに。ただ、彼が言いたいのはそういう事ではないのだろう。


「わざわざ許可を得ようとして、ダメだと言われたから諦める。そんなのは必要ない。知りたい。だから教えてくれ。そう言えばいいんだ。お前が考えているよりもっと簡単な事なんだよ」


 眠りについた白雪姫は、果たして本当に目覚めたかったのだろうか。もしかしたら、理不尽な世界に愛想を尽かしてそのまま眠っていたかったのかもしれない。けれど通りすがりの王子様は、自分のわがまま一つで白雪姫を目覚めさせた。勿論、そこには小人もいたけれど。


「なんなら、俺と神楽坂先輩が小人の役を演じようか?」

「その体で小人だなんて、つまらないジョークはやめろよ」


 王子様よりも大きな小人なんていてたまるものか。


「お前はもうちょいわがままになってもいいんだよ」

「わがまま、ね」

「多少強引でもいい。白雪さんのことが知りたいなら、そうだと言えばいい。知ろうと努力すればいい。たったそれだけだ」

「随分簡単に言ってくれるぜ」

「実際簡単なことだからな」


 困ったように肩を竦めてみせるも、自然と僕の決意は固まっていた。

 もしお伽話のように、それで本当にハッピーエンドが待っているのなら。

 少しくらいは、僕も王子様役を演じてみてもいいのかもしれない。

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