第11話

「うーん! 全部売れて良かったねー!」


 学校に到着し、車から降りた神楽坂先輩が大きく伸びをする。そうすると豊かなお胸が強調され、男子的には非常に目のやり場に困ってしまう。僕の隣の三枝は、寧ろガン見しているが。本人にバレたらドン引きされるぞ。


「視線」

「待て、僕はなにも見ていない」


 軽蔑したような眼差しを送ってくる白雪に弁明するも、その効果は全くなし。男二人の視線から神楽坂先輩を守るようにして間に立つ。

 喜ばしいことに、出品した文集は50部全て売りさばくことが出来た。売り上げは部費として使われ、また部室に本が増えることだろう。

 ストーカーの件は、二人には話していない。余計な心配を掛けることもないだろうし、既に解決したことだ。中岸さんも二人に話した様子は無かったし、あれはあの場で終わり。後は白雪本人がどうするかだろう。


「よし、そんじゃあ打ち上げ行くか!」

「おっ、いいねえ三枝君! ドリンクバーでパーっとやろう!」


 妙なところで庶民的な神楽坂先輩と、バザー中のデートでなにかあったのか、やけにテンションの高い三枝がどこのファミレスに行こうかと相談している。それを横目に見ながら白雪の目配せすると、彼女は首を横に振った。どうやら不参加らしい。


「悪いけど、僕は遠慮させてもらうよ」

「私も、今日は少し疲れたから」

「えー、桜ちゃん来ないの?」

「二人で楽しんできてください」


 三枝が二人に見てないようにサムズアップして来た。それに僕も親指を立てて返す。精々頑張ってくれたまえよ親友。折角お膳立てしてるんだから、僕の努力を無にしないでくれ。


「そうだ、桜ちゃん、これ!」


 神楽坂先輩が思い出したかのようにポケットから何かを取り出し、それを白雪へと渡した。それはA4サイズのプリントで、ポケットに折り畳んで入れていたからか、かなりシワクチャになってしまっている。


「入部届け?」


 白雪が受け取ったのは、つまりはそう言うものだった。そして神楽坂先輩の真意も押して図るべし。


「うん。桜ちゃん、部活はどこも入ってなかったよね? よかったら文芸部、入らない?」


 どうして先輩のポケットからそんなものが出て来たのかは不思議で仕方ないが、数ヶ月前、亡霊のように校内を彷徨いながらそれを配っていた姿を知っている身としては、違和感はさほど抱かなかった。毎日のように下校時間ギリギリまで配っているから、一時期噂にもなったものだ。


「······少し、考えてみます」

「うん!」


 プリントの上に視線を落とす白雪は、どうしてか浮かない表情をしている。神楽坂先輩とは上手くやっているみたいだし、三枝とも仲が悪いとは思えない。僕だって彼女とは良好な関係を築けている自負はある。けれど、まるで彼女は、入部届けを渡されたことを快く思っていないような。

 しかし次の瞬間にはいつもの無表情に戻っていて。多分、僕の見間違いかなにかだろう。そもそも、図書委員に所属している彼女だ。組織に属すること自体に嫌悪感を抱いているわけではあるまい。


「それじゃあ三枝君、行こっか」

「はい!」


 その後二人は中岸さんの運転する車に乗り込み、打ち上げへと向かっていった。心の中で親友の健闘を祈りつつ、残ったもう一人に視線を向ける。


「それ、どうするんだ?」

「どうしましょうかね」

「入部すればいいじゃないか。そしたら神楽坂先輩だって喜ぶし、僕や三枝も歓迎する」


 もっと言えば、神楽坂先輩が卒業後の部員不足もここで解消される。部室は手狭とは言え、一人増えたくらいでは何の問題にもならない。時々白雪と二人で抜け出すことで、三枝と先輩を二人きりに出来るし、態度だけでも罰ゲームへのやる気を見せることが出来る。一石二鳥どころか、その一石で何匹もの鳥を落とせる。


「ねえ夏目」

「なんだ?」

「あなたは、私のこと知りたい?」


 問うてきたその眼差しは、酷く透明なものだ。そこに何を写しているのか、目の前の僕か、それとも、僕を通して別の何かを見ているのか。

 分からない。ならば、それを知りたいのだろうか。知りたいと思っても、いいのだろうか。

 答えは出ず、言葉を返しあぐねていると、白雪はクスリとイタズラっぽく微笑んだ。


「冗談よ。入部に関しては、前向きに検討させてもらうわ。入部すれば、毎日あなたを詰れることだし」

「前言撤回だ。三枝は兎も角、僕は君を歓迎しないことにする」

「あら、美少女から罵倒されるんだから、夏目にとってはご褒美みたいなもんじゃない」

「僕を勝手にドM扱いしないでくれ」


 白雪が入部すれば楽しそうではあるけれど、だからと言って今よりも多い頻度で罵倒されるのは勘弁願いたい。

 と、そこまで考えて、自分の感情に驚いた。僕は今、こうして白雪と話したり、今日のように彼女と何かをすることを、楽しいと感じているのか。これまで全く自覚がなかった。もしかしたら、今日のあれやこれやを経て自覚したのかもしれない。

 白雪については分からないことだらけだ。僕のことをどの程度知っているのかや、小泉との関係性。それにストーカーの件についても、僕はあの男がどう言った経緯で白雪のストーカーになったのかすら知らない。

 けれど彼女といて楽しいと思っているのは事実で。


「夏目?」

「ん、悪い。どうかしたか?」

「いえ、心ここに在らずだったから」

「ちょっと考え事してただけだ。それより帰ろう。なんだったら送るぜ?」

「結構よ。ストーカーはあなたがどうにかしてくれたし、家も近いから問題ないわ。なにより、あなたに住所を教えるわけないじゃない」

「それもそうか」


 白雪は僕に背を向けて校門を潜る。そこで一度足を止めて、首だけこちらに振り返って流し目を送ってきた。


「今日はありがとう。『彼女は僕のだ』 だったかしら。ストーカーを退けるための虚言とは言え、中々かっこよかったわよ?」

「忘れてくれ······」

「人間、忘れようと思うものほど忘れられないものよ」


 さようなら、と告げて彼女は去っていく。

 その言葉は僕本人としても、一刻も早く忘れたいほどなのに。

 小説のこと、白雪や小泉が関わっている過去のこと、そして罰ゲームのこと。考えることが多すぎるから、取り敢えずブラックコーヒーでも飲んで落ち着こう。

 修学旅行までは、まだまだ時間があるのだし。


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