5-03 決闘

 街の中心にある円形闘技場。娯楽の少ない鉱山都市の数少ない娯楽の1つ。それがここで行われる決闘だ。命を奪わないための特殊な術、それが闘技場全体に施されている。なるほど、ここであれば命を危険にさらさずとも全力が出せるというわけか。


「安心せい。ここでは誰も死なんよ。だから全力でかかってこい。まあ、全力を出さねばお主らの様なひよっ子は瞬殺だろうがの。当然我らも全力を出すからの。」


 そう言いながら武器を構える冒険者たち。得物は前衛が斧と剣、後衛が杖か。斧は両手斧、剣は片手剣で盾持ち、か。後ろは衣装からして片方が治癒術士だな。残る1人は攻撃術か強化術か……流石にステータスを見ない事には判別はつかない。


「安心なさい。私達にもちゃんと効果があるように致死回避の術式をかけておいてあげます。」


 そう、異世界の管理者である私達にはこの闘技場の術式は無効だ。故にもし全力を出せば彼らを殺してしまうだろう。だが、ライムがその術式を解読し、私達にも効果があるように改変している。ほんの僅かの間にそれをやる辺り流石の手腕だ。


「準備は良いのか?」


 私達が無手だからだろう、訝しげにこちらを見ている。流石に武器くらい出さないと拙いか。影を操り使い慣れた刀を創り出す。ライムのようにその場で術を構築するのは厳しいので、臨機応変に対応できる物質創成の術を準備してあるのだ。だが、それを見た冒険者たちの表情が曇る。


「嬢ちゃん。あんたは前衛だろう。盾持ちが他に居るならまだしも、1人で前衛を受け持つのに盾も無しというのは関心せんぞ。」


 どうやら私が前衛として不適格と考えたらしい。確かに何も知らなければそう思うのも無理はない。だが、刀の特性はただ斬るだけではない。相手の攻撃を受け流すのも容易なのだ。その上、影で作ったこの武器は不壊。盾を持つよりもよほど守りは堅い。


「問題ない。試してみれば判るだろう。」


 冒険者たちは不承不承と言った感じだったが、結局は実力で理解わからせれば良いと考えたようだ。ギルドの職員に開始の合図を促す。そうして、戦いが始まった。まずは前衛、盾持ちが守りを固め、斧持ちが前に出る。力任せに振るわれたその両手斧を、私は刀で難なく受け流した。勢い余った斧が地面にめり込む。


「ぬぅっ!?」


 そのまま斧の柄を踏み越え、背後に飛ぶ。そして、そこに居たもう1人の前衛の構えた盾を刀の柄で弾き飛ばす。そのままがら空きの胴体に蹴りを放てば、踏み止まることも叶わず場外へ弾き出される。それでリタイアだ。


「一人目、だな。」


 当然背後に控えた術士が黙っているわけがない。火の術を発動し飛ばしてくる。だが、それはライムの障壁に阻まれる。杖などの発動体もなしに術を使ったことに驚きを隠せない冒険者たち。確かこの世界では発動に杖や指輪などの発動体を必要とするのだったな。だが、ライムにそのような物は不要だ。冒険者たちがそれに気を取られている隙に私は治癒術士を袈裟斬りに斬り捨てる。致死量のダメージを受けたと判断した術式が傷を修復し、場外のエリアに転送する。


「やるではないか。だが、後ろががら空きだぞ。」


 当然斧使いはライムの目の前に居る。それを守るべき前衛は敵陣深くに斬り込んでおり、彼女を守る者は誰も居ない。本来なら愚策も良いところだろう。私も後衛に控えて居るのが例えばシェリー姉様やエミーであればこんな無茶はしなかっただろう。だが、相手はあのライムだ。欠片も心配する必要はない。


「じゃあ、私も武器を出しますね。」


 そう言いながらライムは亜空間から武器を取り出す。それは、どう見ても巨大な鉄板だった。いや、鉄塊とか、グレートソードとか、そういう代物ではない。板、なのだ。全員が『はっ?』と言った顔になる。私も含めてだ。これが剣なら12歳前後の少女の姿と巨大な剣がアンバランス、とでも言ったかもしれない。だが、鉄板だ。少女の姿だろうがそうでなかろうが関係ない。誰が持っていてもバランスも何もあったものではない。どう頑張っても違和感は拭えないのだ。そしてライムがそれを振り下ろせば、斧使いと攻撃術士は一纏めに気絶してしまった。


「勝負ありましたね。」


 そう言って鉄板をしまうライム。いや、流石にそれはどうなんだ?ライムは相手を傷つけるために使えばあらゆる物は武器になる、と言っていたが。これが実際の戦いだったならば、死因は鉄板のような物で殴打された、という事になるのだろうか。流石にそれは浮かばれないのではないか。


「これで問題ないでしょうか。」


 ライムが周りを見回してそう言う。もはや誰もそれに文句を言おうという者は居ない。と言うか、あの鉄板とその威力を見てしまえば、誰にも何も言えない。なにせ、彼女はアレを片手で振るっていたのだ。もはや滅茶苦茶である。しかもアレ、即席で構築した物質創成の術によるものだ。私が使った術をひと目見て解析したらしい。デタラメにも程がある。


「では、私達はドラゴン退治に向かいますので。」


 そう言いながら悠然と闘技場を後にするライム。慌てて私もそれについて行く。まったく、とんでもない事をするな、相変わらず。鉄板を武器だと言いはるのもだが、それを平然と振り下ろすのも、な。


「一応アレ、魔剣なのですよ。」


 ケロリとした顔でライムがそう言う。いや、魔剣であれば良いとか、そう言う問題ではない。と言うかあれのどこが剣なのだ。どう見てもただの鉄板だと思うのだが。いや、鉄板というのは正確ではないか。一応組成を見れば神魔鉄。一般的な神造魔剣と同じだ。なるほど、魔剣と言う根拠はこれか。


 そんな他愛のない話をしながら闘技場を出てみれば、そこは人集りだった。騒ぎの内容を聞くに、どうやら私達の戦いを讃えているものらしい。どう見ても罵倒物だと思ったのだが、どうやらそうではないようだな。しかし、これではしばらく身動きがとれないな。


「いや、あんた達すげえな!」

「何だあの鉄板、熟練の冒険者が一撃じゃねえか!」


 半ばもみくちゃにされながら次々と握手を求められる。ライムはそのひとりひとりに丁寧に応対している。この状況でにこにこ笑いながら握手に応じていられるのはライムくらいのものだな。私からしてみれば子供に揉みくちゃにされている気分だが、その実は殆どが老人たちだ。演歌歌手のようなものだろうか。


 よほど娯楽に飢えていたのだろう。そのまま宴会になだれ込む。どうやら私達が倒したのはAランクの冒険者だったらしく、この辺りで勝てる者は居ないくらいの猛者だったようだ。もう少し手加減した方が良かっただろうか。


「いやあ、お主ら強いのう。なるほど、たった2人で竜退治をすると言い出すわけじゃ。まだまだ世界は広い。武を極めたつもりであったが、ワシらもまだまだ未熟という事か。」


 先程戦った冒険者達が肩をパシパシと叩いてくる。痛くはないが少々鬱陶しい。ライムの方を見てみれば既に住民と打ち解けていた。どうにも私はこの手のコミュニケーションは苦手なのだ。酒を注ぐと言ってくる者達に丁重にお断りをしてなんとか抜け出す。


 どうにもあの手のコミュニケーションには馴染めない。酒を注がされるのもだが、酒を注がれるのも苦手だ。自分のペースで自分が飲みたいものを飲む。酒は誰かに強要するものでも、されるものでもないのだ。


「辛そうですね。」

「……しばらく頼む。」


 そう言いながらライムが酒を持ってくる。一体いくつ持っているのやら。持てないものは念動術を使ってまで持っている。私には真似の出来ない所業だな。ライムに周囲の視線が集中した瞬間にこっそりと抜け出す。日本酒に似た穀物酒だけはちゃっかりと持ち出してきたが。


 喧騒から抜け出し、見張り塔の屋上に避難する。だが、そこには先客が居た。一人の少女……いや、見た目からすると成人したての20代前半、と言った所か。どうにもやはりこの世界の見た目には慣れないな。


「この様なところで何をしている?」


 自分の事は棚に上げて少女の目的を訊く。下の喧騒に混ざっていないのは彼女くらいだ。なにか理由があると考えるのが普通だろう。だが、少々不躾すぎたな。私にも踏み込まれたくない領分があるのだ。それは相手も同じだろう。


「悪い、妙なことを……」

「ドラゴンを、見張っている。」


 どうやら彼女は私に話す事を厭わなかったようだ。彼女はドラゴンを見張っていると言った。ドラゴン……精霊竜のことだろう。だが、今の時間は精霊竜はまだ巣に居るはずだ。


「竜が出てくるのは早朝という話だが?」

「それでも、逃したくない。友達の、仇。」


 彼女の友人は精霊竜を最初に発見した冒険者パーティの一員だったらしい。その戦いでその友人は精霊竜のブレスに焼かれたのだそうだ。だが。確かこの世界の精霊竜は人間を宝石に閉じ込めて収集する性質があったはずだ。精霊竜のブレスはそのための術。だとすれば、助け出せる可能性があるかもしれない。


「本当?」


 その瞳に希望の光が灯る。友人を助け出す事が可能かもしれない。その瞳が決意の色に染まる。友人を助けに行きたい、と言った所か。だが、彼女1人では死にに行くようなものだ。彼女の力では精霊竜には敵わない。仕方がないな。


「私達に同行するか?」


 私がそう提案する。どうにもこう言うのには弱いのだ。彼女が友を助けたいと思うのであれば、それを手助けしてやりたい。同行するか、という私の問いにこくりと頷く……ええと、そう言えば、名も訊いていなかったな。


「セルシャ。」


 彼女……セルシャは短くそう名乗る。ライムに念話でセルシャが同行することを告げると、二つ返事で了承してくれた。彼女もこの手の情には弱いタチだ。否と言うとは思っていなかったが、即答とはな。さて、そうと決まれば善は急げだ。ライムも所用ができたと断って宴を抜け出してくる。こういう事をサラリとやれるのは羨ましくもあるな。ともあれ、こうして私達は精霊竜の巣の入り口へと向かうのだった。

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