4-05 辛勝
「ええ、私もただで帰るつもりはありません。世界をかけて勝負、しましょう。」
私を睨みながらそう宣言するルートライム。なるほど、姉様を人質にして世界を寄越せと言い出すほど恥知らずではないようだ。姉様は私を勝負に引きずり出すための餌と言った所か。それに、どうやら彼女はこの世界に随分と思い入れがあるようだ。彼女が管理していた頃の、彼女が肩入れしていたという文明は既に滅びているが、それでもこの世界を欲すると言うことは何か考えがあるのだろう。
「ああ、構わない。だが、場所を変えてもいいか?ここでお前とやり合えば世界が無事では済まん。」
「ええ、構いません。この世界を滅ぼすのは私の望む所ではありませんから。」
さもこちらの提案を受け入れた、という風を装っているが、実際のところはそれも彼女の思惑通りだ。場所を変えるとすれば移行前の旧世界基盤。つまり、彼女の仕掛けたバックドア満載のあの世界だ。彼女のホームグラウンドであり、私にとっては不利な場所。当然、その思惑に乗るのは危険極まりない。普通の管理者であればそうするしか無かっただろう。だが、私の構築した世界基盤であればその必要はない。
「今、戦いのための世界を作った。そこで構わないな?」
「―っ!?」
目論見が外れた、という顔でこちらを睨むルートライム。私が行ったのは世界の構築だ。一般的な世界は世界基盤の上に直接世界を構築するため、1つの世界基盤の上では1つの世界しか稼働させることが出来ない。だが、この世界は違う。冗長性の確保の為に世界基盤の上に仮想的な世界基盤を作成し、その上に世界を構築している。そして、新しい世界基盤には余分な世界を稼働させるだけのリソースの余裕がある。複数の世界を同時稼働させるくらいは可能なのだ。
「そんな、一瞬で世界を作るなんて……」
彼女が驚くのも無理はない。世界の構築には時間がかかる。単純な世界を作るだけでも7日はかかる。戦うだけと割り切ってだだっ広いだけの世界にするにしても1日以上はかかるのが一般的なのだ。だが、私は今一瞬で世界を作成した。当然これにはカラクリがある。実は、世界に新しい機能を追加する際の実験用に世界を構築しておいたのだ。当然実験用だから何度もトライ&エラーを繰り返す。その都度世界を構築していては手間なので、一通り準備が済んでいる世界をテンプレートとして用意しておき、それをコピーして実験を行っていた。今回は、そのテンプレートから戦うためだけの世界を構築したというわけだ。
「……まあ、いいでしょう。この程度は誤差の範囲です。」
実際、これでこちらが優位に立てた、という事はない。せいぜい五分に持ち込んだと言った所だ。彼女はその場で異術を構築できるため、仕掛けがない世界であっても十分に脅威なのだ。彼女は私達の世界で言うところの天才プログラマーに相当する。純粋な戦闘での脅威度は計り知れない。だが、負ける訳にはいかない。彼女が世界を管理するようになれば、またあの連中が幅を利かせることになる。それは避けたい事態だ。
「アルシュ、エミー、姉様を頼む。」
2人に姉様を任せて作り出した世界に移動する。旧共和国勢力との戦いはまだ終わっていないのだ。離れたくないのが本音だが、2人なら大丈夫だろう。最大の脅威は間違いなくルートライムなのだから、それを引き剥がす方が急務だ。……後で姉様を誤魔化すのだけは大変そうだが、それもルートライムからこの世界を守ってからの話だ。
「随分と本格的な世界を作ったのですね。あの一瞬でこれだけの世界を作ったというのは本当に信じられません。」
戦いのために世界を作る、といった所から何もない真っ白な世界を想像したのだろう。ルートライムが周囲を見渡しながらそう感想を述べる。なにせ、世界運用のための実験用なのだ。人こそ居ないが、山もあれば海もある。これを一瞬で作成できるのも、テンプレートから複製したゆえの手軽さだ。そして、同じ世界基盤上で動いてはいるが、この世界と向こうの世界は完全に独立している。私とルートライムが世界に入ったことを確認してから向こうの世界との接続を切り、同時にルートライムが侵入に使ったバックドアも塞いでおいたので、これで向こうに干渉することはできなくなったはずだ。
「まったく、結構苦労したんですよ?」
私が何を行ったのかを確認したルートライムが頬を膨らませてそう抗議する。時間をかければ再度侵入できるような口ぶりだな。いや、おそらくできるのだろう。それほどに彼女の技術は高い。なにせ、彼女は侵神に不正ツールを供給している非合法集団、[
「壊すのがちょっと勿体無いくらいですけど……このままではあの世界が貴方に滅茶苦茶にされてしまいますからね。」
やはりそれが原因か。世界を取り戻そうと思えばいつでも出来たはずの彼女が今まで動かなかった理由。そして、今になって動いた理由。それは、私が行った大粛清が原因だと考えられる。一つの思想をまるごと駆逐したのだ。彼女にしてみれば自分が作った世界を滅茶苦茶にされたと感じるには仕方のない事だろう。だが……
「あの連中を放置することは出来ない。彼らの存在は民を苦しめる。それはお前も判っているのだろう?」
「それはっ!……だからといって、あんな風にすべて排除しなくても良いではないですか。」
私のやり方が性急すぎるのは認める。だが、そうしなければ、奴らに虐げられている者達の犠牲が止まらない。奴らの存在を野放しにするのは論外だ。ルートライムは自分が作った世界ゆえに愛着があるのだろうが、私にはあの種を放置する事はできない。世界に対する害悪でしかないのだ。それに、人を人とも思わない様な連中を人として扱ってやる義理もない。
「そうやってお前が庇った人間達がお前を罪神にする元凶となったのを忘れたのか?神の庇護を受けて増長し、他の者を虐げる。傲慢で自己中心的、邪悪極まりない。」
上への絶対服従、下の者を人と思わない思想。その上、権利だけを主張して責任を下に押し付ける。功績は自分のものにして、何か問題が起こればその原因を他人……特に自分よりも下の者に求める。最低の人種だ。そんな人種が上に立つような世界を私は認めるつもりはない。だから、世界を彼女に渡す訳にはいかない。この戦いは負けるわけには行かないのだ。もとより負けるつもりもないが。
「それでも、私の被造物ですから。……そろそろ始めましょうか。」
そう宣言するルートライムの周囲に闇の塊が出現する。一つ一つが星を飲み込むほどの力を持つブラックホールだ。だが、それを持つ彼女が吸い込まれる様子はない。それはすなわち、このブラックホールが彼女によって完全に管理されていることを意味する。戦うために作った世界とはいえ、私の管理下にある世界の中でこれだけの事をやってのける彼女の技術はやはり脅威だ。ルートライムを注意深く観察しながら影で作り出した外套を纏い対峙する。
「影では闇には勝てませんよ。」
確かに闇と影では相性が良いとは言えない。だが、私とてただ黙って負ける訳にはいかない。私めがけて叩きつけられるブラックホールを影の外套で受ける。私の影は空間と空間を繋ぐゲートの役割を持つ。ブラックホールはブラックホールに。宇宙空間に繋いで、ブラックホールを『この世界のブラックホール』がある空間に転移させる。光さえも呑み込む重力場だが、彼女のそれが吸い込むのは触れたものだけだ。触れなければなんとかなる。
「やはり地の利はそちらにありますね。」
転移させられたのを見ても眉1つ動かさない辺り、この程度は想定の範囲内だったのだろう。あの世界基盤が使えなくなった時点で即座に作戦を練り直したのだ。やはり手強い。続け様に投射されるブラックホールを影の外套で受け続ける。今の所攻撃を防げては居るが、このままでは防戦一方だな。牽制とばかりに影で作り出した刃を投げつけるが、それは軽々と避けられてしまう。未だに双方損害はなし、か。
「まったく、他の神が管理する世界でこれだけの事をやってのける技術には本当に恐れ入る。」
私が侵神の世界に攻め込んだ時は予めいくつかの術を準備して戦いに赴いた。簡単な術なら私でも即時構築できるが、複雑な術となると流石にその場で構築するのは厳しいものがある。だが、ルートライムは違う。それをやってのけるだけの技量を持っている。それにより可能となる柔軟な対応こそが彼女の恐るべきところだ。
「[影鎖]!」
影から飛び出した鎖がルートライムを捉える。魔力の流れを阻害して術の発動を妨げるものだ。だが、彼女は縛られた部分を闇に変換してそれから逃れる。やはりそう簡単には行かないか。いま目の前にいる彼女は本人ではない。遠隔操作可能なアバターだ。倒した所で本体には影響がない。そして、倒してしまえば本体につながる情報も失われてしまう。本当に厄介だ。
「逆探知は無駄ですよ。」
私が以前侵神と戦った時にやった事を覚えていたのだろう、ルートライムがそう指摘する。実際、探知は非常に困難だ。お粗末な手段で接続していたあの侵神とは比べ物にならない。いくつもの世界を経由している上に、それぞれに経路の偽装を行っているのだ。彼女のメインシステムを押さえるのは非常に困難だろう。だが、彼女そのものを捕らえることはできる。
「……なるほど、そうきましたか。良いでしょう、今日のところは引き上げることにします。」
不意に術を解除したルートライムがそう言う。今頃彼女の元には招かれざる客が訪れているはずだ。彼女が世界に侵入したという証拠を押さえることは難しい。だが、彼女の動きは押さえることができる。なにせ、罪神である彼女の居場所自体は判明しているのだ。いくら彼女でも、世界管理協会のエージェントと面会しながらハッキングを継続することは不可能。痕跡を消すためにルートライムが接続を切ったのを見計らって侵入経路を潰す。どうやら、今回はなんとか凌ぐことが出来たようだな。
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