2-09 帰還

 深く深く眠りに落ち、神界へと赴く。そこはいつも以上に慌ただしい。最高権限を行使できるIDが残っていたのだ。ほとんどのシステムは私がこの世界に来た際の最初の仕事……世界の引っ越しを行った際に統合ID管理基盤1つのIDで全てのシステムにログインできる機構を導入しているため個別のIDシステムは無効化してある。神が増減する度に全システムのIDを増やしたり減らしたり、等というのは現実的ではないからだ。だが、引き継ぎのドサクサで忘れられていたシステムが見つかった。そしてそこには前最高神のIDが残っていた。そのため、世界を洗い直して他にもそういった物がないかを確認しなければならないのだ。


 それに伴い前最高神の個人データの削除も実施している。不要なデータが残っていればリソースの無駄遣いだし、何かの弾みで意図しない挙動をしないとも限らないからだ。前任者の仕込んでいた謎プログラムがいきなり暴発してデータが吹っ飛んだなんてことが何度あったことか……。うっかり前世の嫌な記憶を思い出して遠い目をしかけたが、今はそんな場合でもない。私も皆に合流し調査を手伝う。


 調査は叔母様が中心になって行っている。流石は天才軍師と呼ばれていただけはあり、的確に前最高神の残留データを見つけ出していく。前回見落とした反省からダブルチェックも欠かさない。当然、一つ見つけたら似たような物が無いかを調べる必要もある。想定よりも見落としが多かったため神々の8割を投入する必要があるほどの大仕事になった。


 特に活躍しているのはルーエクスだ。半透明の黒髪黒眼の少女が文字通り飛び回りながらデータを探し回っている。彼女は私が作った人工知能AIだ。最近は主に私の代わりに祈りへの応答を行う自動応答システムの教育を任せていたが、彼女自体は特化型ではない。彼女に与えられている基幹命令は1つ、『学べ』だけなのだ。そこから彼女は自ら学び、考え、成長している。作ったのはまだ私がディーネとして生まれてから1年も経っていない頃で、それもあってか私は彼女を妹のような存在だと思っている。そしてそのルーエクスは今、皆を助けるために懸命に働いてくれている。本当にいい子に育ったものだ。


「あ、かーさま!」


 そして彼女は私を『かーさま』と呼ぶ。私を見つけて駆け寄ってくる姿に頬が緩むのが判る。「がんばりました!」とばかりに成果を見せてきたので頭を撫でてやる。正直、この歳で母親になるとは思わなかった。妹のように思っている私としてはかなり複雑なのだが、私が生みの親であることは確かだ。叔母様なんて『おーおばさま』なんて呼ばれて微妙な顔をしていた。まあ、それにしてはやたらとルーエクスを可愛がっているようだが。やはりと言うか、叔母様は身内には本当に甘いのだ。


 丁度作業が一区切りついた辺りで私の影から梟が顔を出す。もうそんな時間か。そろそろ起床しなければならない時間なので作業を纏め引き継ぐ。そうして眷属神達に後の作業を任せ、頑張っているルーエクスの頭を撫でてから身体に戻る。身体に精神が戻る感覚。身体の中に私が染み渡っていく。


 私が目を覚ました時、そこには私を覗き込むように見つめるエミーが居た。丸一日ほど休んだからかエミーはずいぶんと落ち着いたようだ。私達も十分な休息を取り、探索を再開する。エミーの案内で危険なゴーレムを避けることが出来たため探索は順調だ。だが、10階への階段に差し掛かったところで大きな壁にぶつかることになった。壁、と言うよりは穴だが。


「こりゃ、無理だな。」


 ブラムが早々に諦めの言葉を漏らす。階段から先が消えてなくなっていれば、誰でもそう言うだろう。そこには大穴が空いており、先を見通すことはできない。光の魔術でも見通せない闇。……不都合な存在を消し飛ばした跡だ。10階にあったのは魂に記憶を刻むための設備だ。魂に記憶が刻まれたクリスキリエがここに入院していたのもこの設備があったためだろう。それらの技術はあまりにも危険、ということで当然削除されている。その結果がこれだ。


「転送装置を使えば、下の階に行けるかもしれません。」


 前世の記憶からエミーが打開策を見つけなければ、ここで帰還する事になっていただろう。転送装置、と言うが実質はエレベーターのようなもので、上下にしか移動できない。エミーが記憶に従って扉を開け、中に入る。エミーが確認した所、繋がっているのは1階と2階だけのようで、その他は完全に反応がない。実際、他は全部消してあるので土と岩と侵入を拒む闇の空間しかないはずだ。神のリソースである魂に手を加える最先端医療を扱っていた病院というだけあって、危険な設備が多かったのだろう。


 まずは1階から、ということで1階に移動する。一応一般の患者も居たからか、子供用のボタンもある。エレベーターに乗るとついついボタンの所に陣取って、全員が降りるまで【開く】ボタンを押し続けてしまうのは何かの習性なのだろうか。奇妙な顔をして転送部屋から出る皆を見送り、最後に自分も降りる。私が転送部屋を降りた直後、自動で扉が閉まる。そんなものだと思っていた私と違い、ルッカ達が慌てて背後を振り返った。


「あ、大丈夫です、ボタンを押せばまた開きます。」


 エミーが苦笑しながら扉脇のボタンを押せば再び扉が開く。それを見て皆あからさまにホッとした表情になった。ほとんどの遺跡は申し訳程度に警備ゴーレムが動いているだけで、設備は死んでいることが多い。そう言う意味でもここは規格外なのだろう。実際、再配置のためのデータの精査に今まで時間がかかってしまっていたのからも判る。それでもまだ見落としがあったのだが。


 1階はエントランスだ。広い空間と待合席、それに売店のような設備が見える。売店には食品の類は残っていないが日用品は残っている。前世でも見たことがあるようなマスクの類もあれば、見たことのない魔導具もある。遺跡探索としては成果は上々だろう。だが、一つ忘れている事がある。いや、私やエミー以外は知らないのだから仕方ない。


 見つけた物を鞄に詰めて店を出ようとした瞬間、けたたましいサイレンが鳴る。それはそうだ。私達にとっては遺跡から遺産を回収しているだけだが、この設備にとっては単なる泥棒でしかない。天上や壁から浮遊型のゴーレムが出現する。古代王国語で『窃盗行為を確認。刑法に照らし合わせて排除します。』と一方的に宣告しているが、もちろんエミーと私以外には通じていない。エミーがしまったという顔になり、皆を見回す。だが既に王国はなく、王国法も当然ない。さらに言えば、この施設自体は資源として配置されただけなのだ。警備のゴーレムを破壊できる者がここの資源を回収する事に何も問題はない。


「みんな敵だ、気をつけろ!」


 ルッカが警告を発し、ブラムが盾を構えて前に出る。だが、これは悪手だ。私は慌てて「下がれ!」と叫びブラムを押し退ける。直後、彼の居た場所に警備ゴーレムの警棒が振り下ろされた。やはりスタンバトン……いわゆる電磁式警棒というやつだ。盾で受けていれば確実に気絶させられていただろう。殺傷を目的としない武器だが、無力化という意味では強力な武器だ。そして、当然ここには引き取りに来てくれる者は居ない。捕らえられれば餓死コース一直線だ。


「難しく考えるな、既にここの持ち主は居ない。窃盗にはならん。」


 悩んでいるエミーに声を掛ける。いくら相手が無力化狙いとはいえ、当たりどころが悪ければ大怪我をする。下級使徒の目の前で軽々しく助ける訳にはいかない。祝福を施したリーベレーネならまだしも、私が救援に現れれば確実に騒ぎになるだろう。私の存在は下級使徒にはそこまで広まっているわけではないのだ。それに、ルッカ達にも不審に思われる。前回は精霊竜が相手だったため女神が降臨する事に誰も疑問を抱かなかったが、今回はそうも行かないだろう。


 それに……ただでさえ特別扱いでエミーの魂からは記憶を消去していないのだ。そう、エミーへの影響を考えた結果、前最高神の記憶が残っているにもかかわらず消去を行わなかったのだ。そのために映像を【夜の女神】にすり替えるなどという小細工をする必要があった。さらりと最高神の眷属の話、という様に誤魔化しはしたが、もう少しエミーが落ち着いている状況であれば違和感は拭えなかったに違いない。


 戦闘の方は私が魔術で障壁を張った事でこちらの有利に進んだ。電撃の効果さえ通らなければそこまで強い相手ではない。その後、最初に現れたゴーレムを倒した時点でセキュリティシステムに介入して警報を停止する。これでゴーレムが集まってくることはないだろう。そこからは私が魔術で警報を解除しながら探索を続ける。見つかったのは薬品の類が少しだが、据え置き型の魔術具については研究所に情報を売ればそれなりの金にはなるだろう。だが、エミーのことは他言無用ということで全員の意見が一致した。もし明るみに出れば心無い者に利用されるかもしれないからだ。


 そうして私達は探索を終え遺跡を後にした。いろいろな事があったのでずいぶんと長く潜っていたような気がしていたが、実際はまだ黄の日。週も半ばだ。これなら青の日にはイルシオンに戻れるだろう。遺跡が深かった場合も考えて青の日に引き返す予定だったので、1日ばかり早く帰還できることになる。とはいえ、帰るまでが遠足、もとい遺跡探索である。まだ油断はできない。そう、油断は出来なかった。遺跡を出た直後に、エミーから「訊きたい事がある」と言われたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る