2-07 記憶

「今度の白の日から古代王国の遺跡を探索しに行きませんか?」


 エミーがそう声をかけてきたのは緑の月も半ばに差し掛かった頃だった。遺跡、というのは1つ前のサイクルにあった王国が残した建造物を指す。滅びた理由は実は神絡みだ。王が問題を起こし、それが世界間の問題に発展したため文明を終息せざるを得なくなったのだ。最高神が引き継ぎもなしに交代する羽目になった遠因でもある。幸い侵獣絡みの問題ではなかったため世界のリセットは行われず、人間などのリソースは再利用される事になった。ほとんどの文明は解体されたが、一部流用できる物はこの様に遺跡として残されている。今の世界では【古代王国】と呼ばれており、『神の怒りに触れたために滅びた文明』として知られている。


 エミーの知り合いの傭兵団【羽根付き狼の遠吠え】が月末の白の週には聖王国に戻るため、その前に一冒険どうか、と言うお話である。精霊竜の一件で力不足を痛感したこともあり、鍛えておきたいと言う意図もあるそうだ。エミーも私の力を知っているため、一緒に行ってくれると心強いということらしい。友人に頼られるのは悪い気はしないので即答で快諾する。実はエミーも遺跡に潜るのは初めてらしく、楽しみにしているようだ。


 遺跡探索は数日がかりで行うのが普通だ。当然、休日に日帰りと言う訳にはいかない。そう言う場合に使えるのが課外授業申請だ。と言っても、授業が免除になるわけではない。あとで補習を受けることが可能になるだけだ。私達の場合は授業内容を先取り気味なので問題ない。授業免除試験を受けて一週間ほどの免除を獲得する。問題はむしろ引率者の方だが、これはリーシアに頼むことにする。従使徒の仕事を手伝う際によくお願いしているので、学校側もエミーも面識があるからだ。そうやって試験や手続きをこなしているうちに白の日になった。


「こんな小さな子で大丈夫なのか?」

「馬鹿っ!エミーの友達になんて言い方してんのっ!……ごめんなさいね、こいつバカで。」

「エミーが太鼓判押した子なんだから大丈夫に決まっているでしょうに。」


 傭兵団【羽根付き狼の遠吠え】と会うのは二度目である。ただし、その時はルートディーネの姿だったためディーネの姿では初対面だ。まあ、見た目は6歳児なのだから不安になるのは解らなくもない。初めに軽口を叩いた男が盾役のブラムで4級重戦士、彼を馬鹿呼ばわりした女性が団長のルッカで3級剣士、最後にフォローした女性が副団長のリスティレで3級魔術師だそうだ。全員20代前半で3級の傭兵にしては若い。彼らの紹介が終わった後、こちらも自己紹介をする。流石に王女とは言えないのでディーネ・ミストと言うことでエミーとは口裏を合わせてある。


「ええと、そっちは……って、下級使徒かよ!」

「よ、よく判りましたね。」

「ヴァルトの旦那には良くしてもらってたからな。他の下級使徒に会ったのは初めてだが、ゴルザインみたいな奴じゃなくてよかったぜ。」


 ブラムの口からヴァルトと言う下級使徒の名前が出た瞬間にエミーの頬が赤く染まる。その表情は前世、中学時代の友人が良くしていたものだ。いわゆる恋する乙女という奴ではないだろうか。私自身は欠片も経験がないのが悲しい所ではあるが。ともあれ、友人を恋愛神カリルローラの生贄にするわけにもいかないので指摘はしないでおく。ちなみに、ゴルザインの名前を出した時にリーシアの目から一瞬、光が消えたのが見えた。ゴルザインについては誰に聞いても良い評判を聞かない事だし、そのうち調べておいた方が良いだろうか。ともあれ、今は遺跡探索の話をする方が先だ。


「それで、遺跡ということだが?」

「実は付近の森で未探索の遺跡が見つかったのよ。」


 リスティレの説明によればつい先日、西の森で未探索の遺跡が発見されたらしい。まだ探索も進んでいないらしく、小規模な傭兵団やフリーの傭兵が続々と集まりつつあるとの事だ。西の森であれば片道1日程度の距離である。そう遠くはないので期日までには戻れそうだ。


「それじゃ、出発しようか!」


 ルッカの号令で西の森に向かう。食事は専ら狩ったサルクス鳥だ。夜は魔術収納に収めていたテントと寝袋で寝る。数人分を収納していたのを見てリスティレが目を丸くしていたが、何と言われようと睡眠環境は大事だ。ベッドを持ち出さなかっただけ良心的だと思って欲しい。いくら前世では会社に泊まり込む事も多かったとはいえ、それをリーシアやエミーにまでやらせる気はない。いや、傭兵をやっていたエミーは野宿も慣れているのかもしれないが。


 2人1組で交代で見張りをしながら休みを取る。6人なので3交代。最初はリスティレとエミー、次がブラムとルッカ、最後が私とリーシアだ。深夜を年長者が受け持つということか。私も眷属の影梟を放っておく。夜昼関係なく見張りが可能な優秀な子だ。魔術で作る使い魔と違い、私に意識がなくとも命令に従って行動してくれる。


「そ、そろそろ朝ですよ。」


 規定の時間が経過したため全員を起こす。真夜中に見張りをした2人は少し眠そうだが、こればかりは仕方ない。朝食を終え、寝具を片付けて再び歩く。暫く森を進んだところにそれはあった。突然現れる無機質な構造物。これは……ビルの屋上か何かに見えるな。フェンスで囲まれていて、その一部が壊れている。コンクリートのような床の真ん中にあるのは塔屋だろうか、その扉は開かれていて地下……いや、下階に向かうための階段がある。フェンスに囲まれている部分、おそらく屋上らしい空間の広さから見ても結構広そうだ。


「あ、あれ、私、ここ知っています……」


 フェンスや塔屋を見てエミーが呆然と呟く。遺跡探索は初めてだと言っていたはずなのだが、どういう事だろうか。おや、と思いエミーのステータスを確認し、うっかり噴き出した。エミーのデータにはたしかにその記憶があった。はるか昔に滅びた古代王国の記憶だ。どこまで主人公体質なのだろうか、この娘は。


 古代王国では魂に記憶を書き込み、転生後も人格を維持する技術が存在した。前サイクル終了時、その記憶があまりにも危険ということで魂から情報の完全削除が実施されたのだが、処理の初期は危険かどうかを判別して完全削除するかどうかを決定していた。危険度が低い魂は完全削除ではなく削除フラグを立てるだけの処理をしていたのだ。処理が不要な魂の方が圧倒的に少なかったため中盤以降は選別自体が行われず、全て完全削除のみになっていたが、初期に処理された一部の魂には完全削除が施されていないものがあり、未だその記憶を持った魂がいくつかあるのだ。危険なデータが無いこともあって改めて探して削除という事は行われておらず、何らかの弾みでその削除フラグが消え再び読み取れるようになる場合があるようだ。


 【羽根付き狼の遠吠え】の皆やリーシアはエミーの話を聞いて驚きに目を見張っている。それはそうだ。古代王国の記憶がある等という事は稀有だろう。幸い彼女の魂は研究者などではなく一般的な富裕階級の15歳程の少女のもので、あくまで記憶のバックアップ以上のものではなかったようだ。だからこそ見逃されたのであろう。当然バックアップなので死の際の記憶もない。この遺跡に見覚えがあったのは、ここが病院だったからだろうか。記憶を魂に刻む処理もここで行われていたという記録がある。まあ、その装置自体は既に破壊済みなので残ってはいないのだが。


 エミーの記憶に沿って下へと降りていく。地下1階は他の傭兵もちらほら見え、未だ生きている警備のゴーレムと戦闘している所に時折遭遇する。地下1階のゴーレムはそこまで強くない。だが、地下2階から急激に強くなる。そのため、駆け出しの傭兵団やフリーの傭兵は地下2階より下に降りることが出来ていない。


「地下2階……いえ、11階はお金持ちが居るエリアだったので……」


 まるで夢の中の出来事を思い出すようにそう言うエミー。下の階……もとは地上にあった建物なのだろう、11階に降りるとゴーレムの強さが段違いに上がる。3級の傭兵でも苦戦する強さだ。前衛2、後衛4の状態では少々つらい。バランスをとるために私が前衛に立つ。7級の私が前に出ることに初めこそ難色を示していたが、私が強化型のゴーレムを軽く倒すのを見てそれ以上は何も言わなくなった。


 11階。お金持ちが居るエリア、というのはVIPルームがあるエリアということか。病院ということなので政治家や大富豪の類が入院していたエリアなのだろう。魔導具で封鎖されたエリアも多く、入ることができない部屋がほとんどだ。おそらく、どこかに職員用の鍵があるはずだ。空いている部屋もあるにはあるが、大したものは置いていない。医療用の据え置きの魔導具はあるが、持ち出せるものではない。


 暫く進むとエミーの足が止まる。そこは他の部屋と変わらない病室。だが、エミーはその部屋に何か思い入れがあるようだ。もしや、前世の彼女が居た部屋なのだろうか。そう思い、ネームプレートのホコリを払おうとして……届かない。こういう時ばかりはこの6歳の体が恨めしい。浮遊魔術を発動してプレートの高さまで飛び、ホコリを払う。そこには名前が刻まれていた。あの、文明が滅びた日までこの部屋にいた15歳の少女の名前が。


「クリスキリエ・ラフォーネ……」


 それがエミーの前世の名前だった。

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