2-06 疑念

 昨日の顛末を詳しく見直す。あの時は早急に状況を把握する必要があったので最低限しか確認していない。詳しいログと照らし合わせながら状況を確認する。まずはアクアタイガーを倒したところからだ。ここまでは特筆するべきところはない。アクアタイガーが精霊術で創り出した水弾を盾役が防ぐ。その隙に魔術師の支援を受けた剣士がアクアタイガーを攻撃する。エミーは状況を見て回復を飛ばす。慣れ親しんだ陣形なのだろう、動きに澱みがない。


 結果、大した苦戦をする事もなくアクアタイガーは倒された。問題はここからだ。アクアタイガーが断末魔に放った精霊術が暴走している。そこにアクアタイガーの死への恐怖が混ざり、その地に縛られていた未昇華霊魂が暴走、精霊たちを吸収して精霊竜へと変化した。そこからが、激戦だ。


 流石は平均3級の傭兵団。精霊竜の出現に驚くも、直ぐに状況に順応する。盾役が前面に出て攻撃に備える。それと精霊竜が水流のブレスを放つのがほぼ同時だ。一撃目は盾でなんとか逸らすも、体勢を崩した所に二撃目が放たれる。鋼鉄をも貫く水流に盾を貫通される。脚を射抜かれてその場に崩れ落ちる盾役。だが、流石はベテランの傭兵。魔術師が火球で牽制し、火炎を付与した剣で剣士が斬りかかる。その間にエミーが盾役を癒やす。


 だが精霊竜の手数の方が多い。一度に数発放たれる水流のブレス。次第に防御も回復も追いつかなくなっていく。小さな傷が増え、僅かずつ動きが鈍っていく。腕を、脚を撃ち抜かれ、そこから血が流れていく。盾役が守りきれなくなり、後衛の魔術師やエミーにもブレスが容赦なく襲いかかる。エミーは大怪我を負いながらも盾役を、そして剣士を癒やす。だが、盾役が立て直すよりも早く精霊竜の口に精霊力が集中していき、そのブレスがエミー達に放たれる直前、そこに私が現れた。これは、完全に命の恩人だな。癒神に続いて神に命を救われたのは2度目か。これなら信仰が深まるのも致し方ない。


 翌朝もエミーは【黒髪の女神わたし】に盛大に祈りを捧げていた。自分をを称える言葉を聞くというのはあまりにも恥ずかしい。それが友人の言葉であればなおさらだ。今になって6女神の気持ちが盛大に理解できた。このような中で祈りに応えるのは大変だろう。私の場合は神界に常駐出来ないので、自動化したシステムに応答を任せているのがせめてもの救いか。


 午前の授業は算術と地理で、特に何事もなく過ぎていく。午後は錬金学と中級魔術だ。錬金学と魔術は被っているところもあるので、そう難しくない。基本は化学なのだが、地球と違って魔力を帯びることで変質する元素があるためその点だけは注意が必要だ。また、化合には魔導具を用いるため、実践には魔術知識が必要になる。そのため、初級魔術の授業がある程度進むまでは専ら座学で基礎を学ぶことになる。私達は初級魔術を既に終えているため、座学で基礎的な所を覚えてしまえばすぐに化合に入ることが出来るだろう。


 中級魔術は一つ上の学年で教える授業なので、シェリー姉様と一緒に受けることになる。内容は魔導具の制作だ。と言っても中級の授業で学ぶのは本格的な魔導具ではなく、単純な構造の簡易魔導具だが。理科の実験で豆電球を点灯させるようなものだと思えばいいだろう。エミーも「思ったよりも簡単ですね」等と言いながらサクサクと作り上げていく。対して、シェリー姉様は四苦八苦している。


「ディーネー、わかんない教えてー!」


 そう言いながら私に抱きついてくるシェリー姉様。相変わらずの投げ出しっぷりである。代わってやりたいのは山々だが、教師が背後で睨んでいるためコツだけを教えるようにする。シェリー姉様も飲み込みは悪くないので、コツを教えたらなんとか形にすることが出来たようだ。姉様は私と同じ授業を受けることが出来るのが嬉しいのだろう、授業の間ずっとべったりだ。中級になると実践系の内容が増えることもあり、私とエミー、そして姉様の3人で班を組むことが多い。


 ちなみに上級以上の魔術の授業には真名の取得が必須条件のため、必然的に選択授業になる。私は真名を取得しているため問題ないが、エミーとシェリー姉様は真名がないため選択できない。そのため、エミーもシェリー姉様も夏の休みに真名取得の試練を受けることになっている。エミーの場合は魔力過剰症を癒神の加護で抑えている状態なので真名の取得には問題ないだろう。問題はシェリー姉様だ。魔力量が少し足りていないのだ。だが、今から鍛えればまだ間に合う。あとでこっそりとシェリー姉様の従卒に特訓メニューを渡しておこう。


 十分にシェリー姉様分を堪能したところで、続く授業は神学だ。今日の授業は神色についてだ。神々はそれぞれ独自の色を持っている。闘神は赤色、癒神は緑色、命神は黄色、賢神は青色、名神は紫色、飛神は空色、そして最高神であるレイアの色は白だ。名神の色は厳密には赤紫色だが、神にちなんだ色なので紫と言えば赤紫を指し、私達が想像する紫とは異なる。私達が想像する紫は青紫、もしくは濃紫と呼ばれている。そしてその眷属神は大神の色に応じた色を持つ。なお、鍛冶神の様に複数の大神の眷属である場合は最も影響の強い大神の色を持つ。ちなみに鍛冶神ユルグエイトは闘神、賢神、名神の眷属だが、その色は紫だ。つまり名神の影響が最も強いということになる。


「あの、黒はどの女神様の色なのですか?」


 その説明を聞いてエミーが疑問を投げかける。それは、昨日彼女達を救った女神わたしの話だ。もちろん黒はどの大神にも属していない。その上に立つ存在だからだ。そして教師もその質問には答えることができない。その色も権能も、そして神数も誰にも知られていないのだから当然だ。強いて言えば闇の権能を保有していた前任の神の色ではあるが、それは前のサイクルの話なので伝承も残っていない。結果、皆の視線が私に向く。名神の加護を受けてなお黒髪と黒眼を持つ私に。さて、どう答えたものか。


「おそらく、名もなき夜の女神だろう。最高神ルートレイア様の眷属だ。私も多少影響を受けている。」

『ちょっとー、変な眷属神でっち上げないでー』

『仕方ないだろう。流石に本当の事を言えば名前でバレる。』


 ここで『実は最高神が2人に増えました』と言っても流石に信じてはもらえない。騙すのは心苦しいが、真実を吹聴して回って神学界に混乱を起こす訳にもいかない。エミーにだけは話すというのも考えはしたが、ルートディーネなんて名乗ったらバレバレだ。そんな恥ずかしい事はできない、断固として。レイアの抗議も理解できなくもないが、色の関係で黒をねじ込める所はレイアの下しか無いのだからそこは我慢して欲しい。今の現状も眷属神みたいなものだろう、と返したら『眷属神ならもっと労れ!』的な事を言われてしまった。ううむ、藪蛇だったか?


 教師は納得してくれたようだが、エミーはどこか納得していないようだ。「後でお話があります。」なんて言われてしまった。まあ、出会ったのが昼なのに夜の女神、と言われても納得出来ないのは判る。何を追求されるのかはわからないが、想定問答くらいは作っておいた方が良さそうだ。


 その後の授業は滞り無く進み、放課後となった。エミーとの話し合いは小神殿で行うことにする。この時間は人が居ないので都合がいい。小神殿の奥、ルートレイアの像の前に椅子を置いて話を聞くことにする。


「それで、話とは?」

「実は、【夜の女神様】の事なのです。その、昨日も今朝も【黒の女神様】にお祈りを捧げたのですが、お答えが返ってきたのです。それが気になりまして。ディーネさんはどう思われますか?」


 エミーが言っているのは、神に祈りを捧げた際の返礼の事だ。基本的にはどの神も自分が目をかけている相手以外には定型文を返している。私の場合は殆ど不在なので当然自動応答だ。ただ、少々凝りすぎて所謂AIArtificial Intelligence的なものを組み上げてしまったので割と違和感のない応答を返す。だが、まだまだ学習が不足しているのも事実。なにか変な応答でもあったのだろうか。


「お名前のない眷属神様の場合、正しく権能をお伝えしなければお応え頂けないものでしょう?色でお答えが返ってくるのは大神様方か最高神様の場合だけですので、てっきり知られていない大神様だと思ったのですが……」


 どうやら、彼女は【夜の女神】ではなく【黒の女神】で応答が返ってきた事に疑問を抱いたらしい。実際、昨日の祈りの時点で【黒髪の女神】とか【黒の女神】への祈りは私の所に届くように対応付けをして別名を書いている。先程【夜の女神】も同様に設定したので、今【夜の女神】に祈れば私の所に届くだろう。まあ、対応するのは自動応答システムだが。「神がエミーの事を見ておいでだったからではないか?」と言ってみたら「やはりそうなのでしょうか」と言う答えが返ってきた。昨日、目が合ったのをバッチリ覚えていたらしい。


「どうしましょう、私は既に癒神様から祝福を頂いているのです……」


 どうやら、リーベレーネと【夜の女神】が争いになるのを危惧しているようだ。いや、流石に私もそんな大人気ないことはしない。そもそも、今エミーから癒神の祝福を奪えばまた魔力に身体を蝕まれてしまう。リーベレーネもそれは判っているから身を引いたりもしないだろう。「神は寛大だから争ったりしない」的な事を伝えたら、ひとまずは安心してくれたようだ。……目を逸らしたアスカノーラとマーレユーノ、それと隠れ腹黒のソールアインは後で説教だな。

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