1-09 正体

 遅かれ早かれ叔母様にバレることは予想できていた。実際、僅かな手掛かりでも真実にはたどり着いただろう。だが、マーレユーノが私の正体を話したのは不可解だ。何かで脅されたにしても、秘密を漏洩するだろうか。だが、もし叔母様がだとすれば?


「それを知って、どうするつもりですか?」

わ。ただ、貴女の言葉が聞きたいだけ。」


 確認のために尋ねた私に、何もしないと答えた。父様や母様に話すこともなく、、と。それは、私の予測を裏付ける行動だった。使徒達の居ないところで私だけに話した、という事はそういうことだ。叔母様は、眷属神と同等の権限を持っている。


「なるほど、判りました。それなら、叔母様もお話いただけますよね。無名の眷属神のお話、とか。」

「流石ね。私の事に気付くなんて。」

「いえいえ、叔母様こそ。」


 ふふふ、ははは、と笑い合う。傍から見れば狐と狸の化かし合いにでも見えたかもしれない。だが、やはり私の予想通りだった。マーレユーノの補佐をする権能を持たない無名の眷属神。その中に、ずば抜けて優秀な者が居たはずだ。常時傍に居る者ではなかったので私との面識はない。それが叔母様だろう。しかし、マーレユーノが人間を神にしているとは驚いた。私の正体に気付いてマーレユーノを問い詰めた辺り、実際かなり優秀なのでそれも頷ける話ではある。


「どこで気付きました?」

「だって貴女、口調が男っぽかったから。」

「……私は転生前も女でしたが。」


 どこで気付いたか訊いてみたらあまりにも酷い理由だった。どうやら、私を男だと思っていたらしい。確かに生前は女性らしさがないとか色々言われたものだが、これでもれっきとした女だ。一部は確かに女らしくなかったかもしれないが。髪もボサボサだったし、目の下に隈も……。いや、思い出すのはよそう。きっと今生はもう少しまともになるだろう。女神補正でキラキラ5割増しだし。


『胸なんてあるわけないじゃないですか、面白いこと言いますねー。あんな脂肪の塊不要ですよ。ええ、不要ですとも。』

『……で、本音は?』

『なんで私が持ってないものをあげなきゃいけないんですか。私だってDのソールアインとまではいかなくても、せめてBのアスカノーラやリーベレーネ位あれば……』


 胸もきっと、なんて思ってたらレイアからあまりにもあまりな暗号念話が届く。そう言えばルートディーネとしての姿も地平線だったな。どうやら今生もお胸の谷間に縁はないらしい。しかし、理由が私怨甚だしい。6女神の残り3人がA以下だったから事なきを得ているが、もしそうでなければ彼女たちは滅ぼされていたのではないだろうかという疑念すら浮かぶ。女神なのだから胸くらい自由にすれば良いのにと思ったのだが、それはそれで偽乳とか色々と言われるらしい。儘ならないものである。


 というか、レイアは来客対応中ではなかったか。そう思って予定を確認したら5分ばかり休憩時間があった。ちょうど休憩の時間だったようだ。だいぶテンションがヤバめだが大丈夫だろうか。とはいえ、今は叔母様と話をしている最中だ。残念ながら相手をしている余裕もない。夜に1時間ほど時間があるようなので後で愚痴くらいは聞いてやろう。再び来客の対応に向かうレイアを見送りながら意識をこちらに戻す。暗号念話で話しているはずなのに叔母様の機嫌が悪くなりつつある。どこでお胸の話だと気付いたのだろうか。


「では、私の方から話した方が良さそうね。」


 念話の件をなんとか誤魔化しながら眷属神の話について叔母様の口から確認し、マーレユーノからも確認する。お祖父様が祝福を受けた際、叔母様はマーレユーノに直談判して自分の知能を貸す代わりに祝福をもぎ取った。そして叔母様はその優秀な才能を遺憾なく発揮し、結果マーレユーノは手放せなくなった。交換条件だったはずの手助けの話が、いつの間にか叔母様の利益になっている。叔母様の一人勝ちである。本当に恐ろしい人だ。


「今度は貴女の番ね。」


 叔母様に促され話をする。もちろん叔母様に話せる範囲でだが、マーレユーノの側近と言えるほどの叔母様は私の秘密の殆どを知る権利がある。結果、転生した経緯から与えられている権限までその殆どを話すことになった。叔母様は私の権限についてまでは知らなかったようで、流石に驚いていた。どうやらミストサインの眷属神くらいに思っていたようだ。


「1つ聞いておきたいのだけど……貴女、兄さんや義姉さんをどう思ってるの?」


 話に区切りがついた辺りで叔母様が鋭い目でこちらを見ながらそう訊いてくる。だが、これに関しては取り繕う必要は欠片もない。父様も母様も、シェリー姉様もシルヴェリオスも大事な家族だ。そう答える。これは嘘偽りのない本心だ。私がずっと欲しいと思っていて、やっと手に入れた大事な家族。たとえ私が異世界から来た転生者だとしても。


「当然お祖父様や叔母様も、ですけど。」


 私がそう言うと、叔母様の顔が一瞬驚いた物に変わる。すぐに取り繕ったが嬉しく思ってくれたのは確かなようだ。叔母様は表情を隠すのが上手いので気付き辛いが、先程の質問からも判るように家族思いなのだ。策士然とした物腰のせいでなにか裏があると思われがちなだけである。先程の質問も本心から父様と母様を心配したものだろう。


 結局、叔母様も私の秘密を守るのに協力してくれることになった。私のコネまで手に入れたことでマーレユーノが頭を抱えたのは言うまでもない。だが、叔母様とて無茶を言う人ではない。特に世界の運営については一際厳しい人だ。家族が絡めば別だが、それは私も同じなので問題ない。


 叔母様との話し合いを終えた私は王宮に戻る。大事を取って母様はお休み中だ。冬の宴の間は神に祈りを捧げる期間なのでほとんど外交はない。外交の本番は闘神の日を過ぎてからだ。私はまだ成人していないため外交に出ることはないが、父様や母様は忙しくなるだろう。それまでには体調を戻す必要があるため、この休養は大事なのだ。私は母様に負担をかけないように子供部屋に向かう。部屋では、シェリー姉様とシルヴェリオスが待っていた。相変わらず叔母様が絡むと2人は逃げの一手だ。


「ディーネ、ねえ、あの時の武器って、あれ……」

「ああ、魔術で作った武器だ。」


 私が部屋に戻るなりシェリー姉様が昨日の武器について訊いてくる。昨日は大騒ぎだったため話をする機会がなかった。そのため、今日この質問が来ることは予測済みだ。私は慌てること無く用意していた答えを返す。この理由では叔母様を誤魔化すのは無理だろう。だが、逆に言えば叔母様以外には十分通用する。実際、あの威力は無理でも魔術で武器を作り出すこと自体は可能だからだ。そしてシェリー姉様もシルヴェリオスも私の言い分を信じてくれた。2人に対して嘘を吐くことには心が痛むが、危険に巻き込まないためにもこれは秘密にしておかなければならない。


 ちなみに魔術を使用する際に唱える真名は他人に聞かれることはない。私が使用した名は真名ではないが、扱いとしては同等である。そのため、神器を作り出すために唱えたのが真名ではなく最高神の名であることを理解できた者は居ないだろう。だからこそこの理由が通るのである。未知の侵獣であるため、武器の威力を訝しまれることが無いのも幸いしている。あれが神器だと気付けるのは神器を見慣れていて、自らも使用する使徒達以外では叔母様くらいのものだ。


 暫く他愛のない話をしてから2人と別れて寝床に就く。昨日あんな事があったばかりのため護衛も物々しい。私は大人しく眠るふりをしてレイアと念話で会話する。愚痴を聞く約束だったからな。レイアは相当ストレスを溜めているようだ。外交が可能な眷属神を育成する必要性を再認識せざるを得ない。彼らの中には思考体系が元人間の私では少々厳しい者達も多いため、純粋な眷属神でなければ容易に対応できないのだ。その辺りを補助可能な人工知能の構築ができれば少しは手助けが出来るのだろうか。


 それからは特に危険な侵獣が現れることもなく、冬の宴の残りの期間は何事もなく過ぎていく。最終日の女神の日は神殿も閉じるので従使徒の仕事もない。そして年が変わり赤の月になる。春の始まりである緑の月も目前だ。春が始まると共に私は軍学校に入学することになっている。それまでに制服を準備したり、予習をしたりと大忙しだ。勉強内容についてはシェリー姉様の宿題を手伝っていた限りでは難しそうなところはない。軍学校というだけあって戦闘系の授業もあるが、そちらについてはもっと問題ない。上級使徒程度の力がある現状ではむしろ、力をセーブしなければならないほどだ。


 赤の月も半ばが過ぎ、制服や教材が届き始める。シェリー姉様は制服がお揃いだと喜び、シルヴェリオスはそれを羨ましそうに眺めている。シルヴェリオスは男子制服のため、来年になってもお揃いにはならない。それを少々残念そうにしている。姉弟で揃いの私服を用意したほうが良いかもしれない。そうして、シェリー姉様と制服姿の見せ合いをしたり、学校に持っていく武器や鎧を見繕ったりしているうちに日々は過ぎていく。


 軍学校では寮生活になるため、入学前には部屋を整えて置かなければならない。そこは流石に王族だけはあり、使用人を動員しての準備が行われた。前年度にはシェリー姉様も通った道なので、皆の手際も良い。あっという間に漁の準備は整い、後は私を受け入れるだけとなっている。まあ、王家が部屋の準備に手間取って入学式に間に合いませんでした、では流石に外聞が悪いからな。


 そうこうしているうちにあっという間に赤の月は過ぎていき、ついに緑の月……私が軍学校に入学する日を迎えたのだった。

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