8 天の磐船

「狭い……」

 翔真の第一声だった。


 ドアはだいたい、翔真にも優菜にもくぐれる大きさだったが、この空間は、翔真が背を屈めがちになるほど狭い。


 いっぽうの優菜は、もう少し詳しく情報を把握した。優菜の目を借りている彩音への気遣いもあるのかもしれない。

 きょろきょろすぐに四方を見回す。


「これって、まるで……」

 優菜はぽかんと口を開けて、それ以上はしばらく言葉を失っていた。


 優菜の視角から得られた情報で、彩音にも優菜が無言になった理由は分かった。


 優菜はおそらく、自分が見た空間がどういった空間であるか、すぐに察しがついたのだ。

 それと似たような空間は、物書きの知識としてはそれなりに知っているのだから。


 しかし、それがここにある理由、智峰山のてっぺんにある理由がよく分からずに、困惑しているのだろう。


 彩音はさらに考えた。

 管理者権限でさえアクセス制限があり正体不明だった、智峰山の内部にある巨大な空間。


 いま優菜と翔真が入ったのは、おそらくその先端近くに位置する小さな部屋だ。


 優菜の目から得たその外見は。

 まるで、飛行機の操縦席のようであり。


 優菜と翔真が二人で立つだけでもう、余裕が感じられない程度の広さしかなく。奥行きも、幅も、天井もすべてが狭い。

 天井は湾曲してのっぺり広がり、壁から床にかけては、別の材質で出来ているようだ。


 パイロットや副操縦士が座るような座席こそないのだが、壁も床も明らかに機械を思わせる意匠で覆われている。

 いわゆる、昔のSF映画なんかを見るとよく出てきそうな、意味不明なスイッチやランプが所狭しと並んでいる光景。


 いや。

 座席らしきものが、あった。

 それが視界の隅にとらえられていたからこそ、操縦席のようだ、という印象を抱いたのだ。


 ただ、あるべき角度ではない。

 座席のように見える出っ張りは、優菜達の足元にある。ちょうど、部屋を向こうまで横切ろうとすると、二つの出っ張りを踏み越えていくようになる。


 いや、待て……。

 ここが操縦席だとするなら。


「向きが、違う? 足元が、壁。天井に見えているのが、正面のガラスか何かで。目の前にある壁は、側面。いま入ってきたドアは、もう一つの側面についていたドア。つまり、上向きに飛行機が立っているってこと……? いえ、上向きということは、飛行機ではなくむしろロケット…?」

 彩音はそこで絶句した。


 この部屋が、たとえばロケットのようなものの先端に位置している操縦席の空間だとする。

 となると、ここから真下に広がっている卵型の空間、智峰山の内側に存在している巨大な空洞が意味していることは……。


「ロケットぉ?」

 翔真が素っ頓狂な声を上げた。

「そっか。それだ。あたしも、なんか見たことがあるような感じがしたの、ここ。それだ、ドラマとか映画で見る……飛行機とかスペースシャトルの、操縦席みたい」


「ご名答」

 潮見がにこにこ微笑んで言う。


「そ、そんなの、おかしいですよ。潮見さんは、智峰島は海底火山の火道だっておっしゃいましたよね? つまり、溶岩が冷えてできた島だって。でも、この空間が示しているのは、それとは違う事実。まるで、巨大な卵型の乗り物……」


 いま、優菜達がいるのは、その巨大な卵の先端にあたる。

 仮に、そこが操縦席になっているロケット状のものが巨大空洞の正体だとしたら。


 長さも幅も何百メートルもあるような豪華客船サイズの乗り物が、海底に縦に突き刺さっている状態で、その上に殻よろしく智峰島の地形が貼りついていて、表層を形作っている。

 それが、智峰島の正体だ、ということなのか。


 およそ、彩音の知っている世界でそんな乗り物は存在しないし、そんなものが島の内部に埋まっているはずはないのだ。

 いったいいつから埋まっている、という話になってしまう。


 河童。


 ラビットはかつて河童と呼ばれていた、と潮見は言っていた。

 つまり、最低でもヒトの歴史で記録が残される頃から、ここ智峰島は存在していた。


「火道であることは事実ですよ。そこにこの船が刺さっている、とお考え下さい。いえ、正確には、船が刺さったことで海底火山の噴火を誘発した、ということになりますが」

「船……? 船っていっても、これはまるで、宇宙ロケット……」


「ふふ。そうですよ、これが本当の天の磐船です。お社にあったものはまあ、これを模して名前を付けたもの。そもそも、朝凪館の天磐寺からしてこれが由来です。『磐』は、岩石のことではなく、古語では天駆ける船のこと。つまりこの船そのもの、そしてその中枢となっている人工知能こそが、彩音さんが求めていたラビットの本体、ということになります」


「天駆ける船……。宇宙船ですか。これは、人類の歴史なんかよりずっと昔からここにある、ラビットは宇宙から来た……ヒトの歴史より前から地球にあると。そんな馬鹿げたことをおっしゃるんじゃないですよね?」


「馬鹿げた? いえ、馬鹿げてなんていませんよ。事実です。あるプログラムに基づき、はるか昔に、今でいう太平洋の辺りの海底に突き刺さり、それから長い年月をかけてプレートテクトニクスによって現在の位置まで移動してきた人工知性体がラビット。その周りに長い年月をかけ岩石が堆積して隆起したものの成れの果て、それが、智峰島です」

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