1 暗号

 優菜はチミー端末に自分の残高を表示して見せた。

「見て。残高を」


「あれ? この金額って……。俺と同じだ。0846チミー」


「そう。仲良く同じ金額に減らされてる」

「1万チミーあったのに、これっぽっちかあ。これじゃあ、メシ食うのがやっとだ……」

「これ以上減らされないって保証もないけど、まあ、飲み物だけでも買っておけたのはよかった……」


「だなあ……。実際は、気分の問題なんだろうけど。だって、俺達の本体は勝手に点滴かなんか打たれてんだろ。VR内でいくら飲み食いしても、ただの気晴らし。ゲーム内のHPの回復ってだけなんだから」


「それはそうだけど……。飲食物以外にも、お金の使い道はあったかもしれない。それもほとんど潰されたわけよね」

「だんだん、出来ることが減らされてって、とにかく行動しろってことなのかな。くそっ、ダメ元で発電所にでも突っ込んでみるか? どうせVRなら、何があったって死ぬわけじゃないし……」


 ぐっと拳を構えて見せた翔真に、優菜は端末に示されている金額をもう一度じっと見てから、つぶやいた。

「ねえ、翔真。行動してみるのには賛成なんだけど、ちょっと待って」

「待つ。どうしてさ?」


「あたし、頭がおかしくなったわけじゃなくて、なんていうかな、ずっと思ってたんだけどね、空想っていうか、お話書き的な妄想を」

「妄想?」


「あたしね、もしかしてこれはVRじゃなくて現実なんじゃないかなって、思い始めてて。だから、無茶をするのにはちょっと気が引けるの」

「えぇっ、現実ぅ? いつからだよ」


「あのカプセルで目が覚めてから、VR空間にようこそみたいに言われたからその気になってるけど。いま見ている現実が、本当に現実なのか、それとも夢なのか。現実でいるつもりの夢を永遠に見続けているのだとしたら、人にはそれが現実だとは証明出来ないの。そういうテーマのお話って、SFにはよくあってね……」


「はあ。でもさあ、現にマスターは、俺達にVR越しにちょっかい出してきてるぜ。チミー勝手に減らされた」

「そんなことぐらい、現実でも不可能なことじゃないでしょう? 何か、引っかかるの。その肝心のマスターは、何を考えてこんな攻撃を急に仕掛けてきたのか……」


「そりゃあ、どうやって俺達を追い詰めるか……。いまこの瞬間だって、どっかから監視してるんだろ? だからカネも……」

「引っかかる一つは、そこ。急にマスターから直接攻撃でしょ。チェックポイントを奪うとかじゃなくて、チミーを攻撃してきた。……何か、その変化に意味があるんじゃないかしら」


「意味なんかないだろ。だって、マスターは敵じゃないか。攻撃してくるのは当り前さ」

「いや、ちょっと考えてみて。マスターは、翔真と一緒に島に来たんだよ。しかも、智峰出身でもない。はじめから運用メンバーにいた人達とは違うのかも」


「そう言われれば、なあ……。船降りたときから、そんなに悪い人には思えなかったけど……」

「あたしも、ちょっとお話しただけなんだけどね。すごく、居心地がいい人だったから」


「じゃあさ、手っ取り早いのはさ。死んでみれば、いいんだ。死ねば、ここがボスがいう通りのVR空間なのか、それとも本当は現実世界のままなのか、分かるだろ?」

 翔真があっけらかんと言う。


「あのねえ……。慎重にいこうよ、翔真。ここがVRなら死んだっていいでしょうけど、現実なら、死んじゃったら終わりでしょ」

「あ、そっか。……じゃあ、誰か運用メンバーを殴ってみるっての、どう? そのぐらいなら、現実だとしても、謝れば済むじゃないか」


「それは、一理あるけど。でも、ちょっと危ない発想じゃない? よくあるでしょう、幻覚を見る人が、現実を現実と認識出来なくなってくるから、現実感を確かめたくて人を刺したり……」

「そういうのとは違うよ、俺は」


「違わない。発想の根本は同じだよ」

「じゃあ、どうすんだよ。どっちにしたって、打つ手なしなんだよ?」

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