9 メッセージ
彩音は集中した。
潮見あるいはラビットの監視下を少しでも逃れるには?
このVR空間がラビットに作られている以上、何をやってもすべて把握される。データ化されているものは、すべて。
データ化されていないものは、何か。
あの二人と、AIでは読み取れない形で、なんらかの意思疎通をする。
AIには分からないもの――心――だけを通い合わせるのだ。
つまり……。
ラビットの目からの『暗号化』だ。
外部からの攻撃に対するシミュレーションをしているこの状況下で、対策をとる立場の彩音が、まったく別の意図でプレイヤー達に秘密のコンタクトを取ろうとしている。
皮肉なものだ。
表面的に見えるやり取りとは違う意味を、もたせるのだ。それをプレイヤーの彼らが察してくれることを期待して。
そこまでして彼らを動かしてみて何が起きるのか。あるいは何も起きないのか。
彩音がラビットに対して抱いている疑念など、杞憂に過ぎないものなのか。
取り越し苦労だというなら、それはそれでいいだろう。
やるだけやってみるまでだ。
「あの混線で途切れてしまいましたので、そろそろ、もう一度ノベリスト達に接触してみます」
彩音は言った。
「彼らは悩んでいたみたいですから、揺さぶりをかけてみます。行動を急かしてみましょう」
「急かす?」
「はい。これ以上、考える時間を与えません。切羽詰まれば、ミスも起きやすくなる。彼らを追い詰めます」
彩音はそう潮見に告げると、再び、優菜の五感に飛び込んだ。
何かきっと、方法があるはずだ。
二人はまだ発電所付近を彷徨っているようだったが、ようやく一つの目的地として、エネルギースタンドにたどり着いていた。
スタンドにある自販機で、飲み物を購入して小休憩しようといった様子だ。
優菜が、スタンドのチミーターミナル端末を覗き込んで網膜認証し、決済を済ませたところだった。
ターミナルの画面に、優菜のチミー残高が表示される。同じ情報は優菜の網膜上にも浮かんだ。
優菜のチミーは、最初に割り当てされてから、ここでの買い物以外に使用していないのだから、ほぼ減っていない。
マスターの彩音は10万チミーでスタートだと潮見は言っていたが、プレイヤーは1万でスタートしたようだ。
今の優菜の残高は、9850チミーと表示されている。150チミーのペットボトル飲料を買った、ということだろう。
続いて翔真が同じく支払いのため端末を覗き込もうとしたとき、彩音は思い立った。
翔真も、優菜と同じく150チミーのペットボトルを購入するようだった。
そこで彩音は翔真のチミー情報にアクセスした。
さて、ラビットあるいは潮見に、この行動の真意が分かるだろうか。
チャリン、と決済音が響く。
「…あれ?」
翔真が首を傾げた。
「どうしたの?」
「見て。お金がメッチャ減った……」
翔真は決済後のチミー残高を指さした。
「え。どういうこと?」
「俺も同じ、150チミーで買ったんだよ。なのに、なんで俺はこんなに減らされたの? 一桁おかしくないか!」
「……?」
首を傾げた優菜をけしかけるべく、彩音は優菜のチミー情報に侵入した。
そして、その金額も書き換えてしまう。
チャリン。
「……!? あっ、あたしのも、いま、勝手に! 認証もしてないのに」
「これって、まさか……」
翔真が険しい顔で優菜を問うように見た。
「攻撃されたんじゃないのか? マスターから。不正アクセス、みたいな……」
「管理者権限があるマスターから? そんな……そんなことされたら、勝ち目があるはずがないでしょ」
「カネ減らされて、チェックポイントも取り返されて……いいことなんか何もないじゃないか」
「タイムリミット、みたいな意図なのかな。ずるずる、だらだら迷ってると、手詰まりになる……。あたし達に、考える時間を与えないつもり? あたしのチミーも減らされたなんて……」
「優菜は、残りいくら?」
「あたしは……。あれ……?」
「どしたの、優菜。減ってないの?」
「ううん、減らされてる。ただ……」
「ただ?」
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