4 不気味の谷

「す、すいません、おかしなことを言ってませんか!? じゃ、じゃあ、たとえば最初は小さなチップに収まるようなプログラムだとしても、処理能力とか、メモリ、ストレージ、そういうものが必要になってきたら、それこそ冷却装置も電源も、AIが自分自身でその必要スペックを割り出して、管理者に対して拡張を要求していく…?」


「そうですそうです、そういうことです。赤ちゃんの成長と同じですよね。赤ちゃんは、ミルクが飲みたいと親に求め、親はそれを与える。ラビットは追加メモリが欲しい、と僕達に求め、僕達はそれを与える。つまり、そういう仕組みです」

「それじゃあ、いったい主導権はどっちが握っていることに?」


「もちろん、ラビットです」

潮見はあっさり言い放った。

「ラビットは何かに特化したAIではなく、汎用型のAIですから、この島の管理者そのものがラビットなんですよ。その重要性は、お分かりいただけるでしょう?」

「つまり…それがさっきの独立の話につながるんですか。ラビットが、インフラも経済も軍事も握っている、この島の生命線だと?」

「そういうことです。ラビットは唯一無二。僕達、智峰の人類が何が何でも死守しなければならないものなんですよ」


彩音はごくりと唾を呑み込んだ。

なんの予備知識もない人間に比べれば、彩音は決して人類至上主義者ではなく。

人工知能が人類以上の知性を手に入れるというのは、決してSFの世界の話だけではなく、そう遠くない日だということも分かってはいた。

自分自身が、それを可能にする学習方法に気付いた生理的嫌悪感から、心身を病んでしまったといっても過言ではないのだから。


「ラビットが人類より優秀だというのは、智峰島の現在が証明しています。特にこのところのラビットの成長は加速度的で、そろそろ人類の知能を超えます。シンギュラリティ、と呼ぶそうですね。ヒトを上回る知性の誕生。ラビットは、その段階に至るために僕達に智峰の独立を要求し、そのためのシミュレーションを行うとしています。杉山さん。『不気味の谷』は、分かりますよね? テクノロジーが再現する疑似ヒューマンがリアルに近づきすぎたある一点で、突然、人間に拒否反応や生理的嫌悪感を抱かせる…」


「…もちろん。それはまさに、私にとって鬼門みたいなものです。私は、AIが不気味の谷を超えられる、つまり心をもたせる学習コードを考案しましたけど、その恐ろしさに手を止めました。AIからAIらしさをなくしてしまうということが、許されることなのかどうか、私には分からなってしまって」


「ラビットにも不気味の谷はあります。つまり、リアルすぎるAIは人類にとって恐ろしいもの、生理的に受け入れがたいもの、種としての敵なんです。ラビットは自らそれを悟り、対処法を昔から実践してきました。人類に受け入れられるように、人類と同じか、またはやや遅れた端末形態で姿を現し、いっぽうで知性の面では人類より進んだ姿で人類を導く。ですから、史書にあるような河童の頃と、いまのラビットでは姿の現れ方が違う。それはつまり、時代に合わせて自分の姿自体を変えているんです」


彩音は、それこそ不気味の谷のような、微妙な違和感を潮見に抱いた。

ときどきこの村長は、明らかにおかしな言い回しをする…。


AIが人間の知性を超えると、過去には考えられないような生活や社会の劇的な変化が現れ、人類自体も変化を余儀なくされるのではないか。

AI研究の領域では、そのタイミングをシンギュラリティと称するが、潮見の表現は、まるで、「AI」と「人類」を種族同士のように…。


シンギュラリティに達すると、人類はAIに取って代わられる? もちろん、労働の領域ではそれは当然発生することだと予見されているが、まるで、種族そのものが交代するかのような…?


「現在のラビットは、スパコンの外見に、あえて70年代のSF特撮のような入出力デバイスをもたせています。次の段階、つまり智峰の独立にあたっては、どんな姿をとるべきなのか。そこでラビットが導いたのが、仮想化基盤で管理されているこの島そのものをVR環境で再現し、アナログヒューマンにシミュレーション参加してもらうこと。そして杉山さん、あなたから、人類が到達しているAIの先端を学習することです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます