7 独立の夢

「独…立?」

この国ではあまり聞き慣れない言葉に、彩音は、ぽかんとした。

思わず横を見るが、彩音でさえそうなのだ。翔真も優菜も同じように呆けたような顔をしている。


しかし、潮見は穏やかな表情を崩していないとはいえ、決してふざけた様子ではなく。

その隣の三戸住職も唇を結んで厳かな顔だ。お坊さんがそう易々とは人を騙すようなことには及ばないだろうと考えれば、潮見が冗談を言っているのではないらしい、とかろうじて理解出来るが…。


「緘口令を徹底していましたからね。先日の住民投票で、はじめて本土に対して公に意志表示といったところで」


「あ。…そういえば、そんなニュースあった…」

彩音は、新幹線のテロップを思い出してつぶやいた。


「ええ。島民は全員賛成しています。住民投票なんて、ただの形式的なものです。智峰島には、長い長い人類の歴史と固有の文化があり。歴史的にも、発見されて以来、常に本土に属してはいましたが、こちらから見れば本土への帰属意識は薄く、むしろ社会制度の出来の悪さに不満が多い。常に島内で自然と文化が安定して循環するよう、人口も一定数から大きくは上下しないよう、外部との血の入れ替えを定期的に、決まった数で果たしてきました。ある程度の年齢で、智峰の若者のほとんどが、一度は本土に出ることになります」


彩音は思わず翔真と優菜をちらり見た。


「そう。お二人もそういう例に漏れず、なんですよ。智峰の若者は優秀ですから、本土からすれば引く手あまたです。でも、出ていくだけでは過疎化が進んでしまいますから、流出には常に調整がかけられています。外からの移住者とのバランス。そして、一度出ていった者も、必要によって自然に戻ってくる。そのため、離島でありながら智峰島は過疎化も高齢化も進んでいません。常に年代別人口比率はほぼ一定。世帯数も記録がある千年近くほぼ変わっていないのです」


「…千年!?」

つい、上ずった声を出してしまって、彩音はすぐに口を押えた。千年前といったら、いったい何時代だろうか。鎌倉時代? 平安時代?


「僕の代になってからは、資源開発も一気に進めまして、教育・医療・文化・資源。何もかもこの島だけで循環可能。もはや、本土とともにあるメリットがないんですよ」


「あんたの力だよ、ボス。まったく、だから権現様なんて言われるんだ。あんたは歴代でも特別だとも」

住職が、そう率直な言葉で潮見を誉める。


「ありがとうございます、オーナー。他の離島はどうです? 人口減少、放置された空き家、雇用もなく、市町村合併に頼らなければ破綻寸前の財政」

潮見は肩をすくめた。


「さらに世界に目を向ければ、本土そのものが大陸に対して離島である、と解釈することも出来ますね。そう考えると、この国は、末期症状の様相を呈しています。超高齢化社会、少子化、格差の再生産、医療と社会保障制度の崩壊、政治家や富裕層の腐敗。さらに見渡せば、それはこの国固有の問題ですらない。発現の仕方や度合いは違いますが、これは世界規模です。地域で進行度が違うだけで、もはや人類社会が変革を必要としていることを意味しているのです。この地球そのものが、宇宙全体の中では孤立した離島的存在ですから」


彩音はまた眉をひそめた。

潮見が言うことは突拍子もないが、面白さも感じる。

しかし、先ほどからちょろちょろと妙な言い回しを使っている、と感じた。

人類、とか、宇宙、とか。

大袈裟ではないか?


「まあ、詳しくはまた別にやっていきますが、ざっとそういうわけです。仮想空間内では、四月一日をもって『ちみね国』として独立国を宣言する、という設定です。独立に際しての問題のほとんどはAIが解決策を提示していますが、どうしてもシミュレーションが必要とされる問題が残っているもので、そこでテストプレイヤーのお二人と、マスターの杉山さんの出番、となったわけで」


「四月一日!? って、もう、すぐじゃないか…!」

難しい内容の会話だったのだろう、ずっと腕組みをして黙っていた翔真が、そこには食いついた。

「翔真、いいんだよ、シミュレーションだって言うんだから、ほんとにやるわけじゃないんだもの。シミュレーションの中のカレンダーが、ってことでしょう?」


「ええ。そういうことです。まあ、出来れば本当の四月一日の前にはシミュレーションをしたいので、皆さんのご準備さえ整えば、明日からでも始めたいぐらいですよ」


「明日? 早いなあ…。でも、俺はすることなんか決まってないし。いつからでも…」

「あたしも。VRの体験って、一回、やってみたかったし…」

翔真と優菜は無邪気なもので、割に気軽に頷いた。まあ、プレイヤー側なら、そんなものだろう。


「つまり、マスターの私次第、ということになりますか?」

彩音は訊ねた。


「はい。もちろん、マスターの杉山さんとは、さらに専門的なやり取りをさせていただくつもりですし、条件面も、出来る限り配慮させていただきますので…」

「…そう、ですね。まだ曖昧なことが多すぎて…。あとでもう少し、お話をさせてください。条件面もですし、情報の仕込みも必要です」


「ふふ。きっと、杉山さんは、一緒にやっていただけると信じていますよ」

潮見は、彩音には早くも見慣れたものになった独特の笑みを浮かべて、そう請け合った。

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