第19話 横浜プリン

 年末に胃の調子が悪かった。仕事も佳境でバタバタと忙しい毎日。毎日どんどん痛くなって、仕事中に脂汗が出るほど痛くなったので食べるのをやめた。


 物心ついたころから心太ところてん蒟蒻こんにゃくが好きではなく、卵豆腐や杏仁豆腐に至っては見ると鳥肌が立つ。ゼリーもプリンもダメなので、固いものが喉を通りにくいときはひたすら水を飲んだ。


 そんな生活が3日もすればさすがに俺も空腹に耐えかねず魔が差して、コンビニでプリンとゼリー飲料を買った。プリンが嫌いな俺なんて、俺の一面でしかない。人間にはいろんな顔があるはずだろう?プリンが食べたいのはアタシなのよ。俺のペルソナが言っている。そう言い訳をしてプリンを買っちゃった。


 だってヨーグルトを選んでいたアタシの目に同じ棚にひっそり置かれているそのプリンはさりげなくアピールしてきたのよね。「きみのプリン」って。


 コンビニのレジにプリンを持っていくだけで、妙に心が落ち着かなかった。コンビニに置かれている以上、「艦これ」の一番くじを買おうがパチスロ7を買おうが誰にも遠慮はいらないはずなのだが、やっぱりちょっと気恥ずかしかったりする。そんな後ろメタファー(byみうらじゅん)が横浜のコンビニでプリンを買う俺を襲った。


 「スプーンお付けしますか?」 店員のその言葉が俺には(お前、プリン嫌いなんじゃねーの?)と聞こえた。


 こういうことは数年に数回起こる。夏の暑い日に茶屋で涼しげに心太を食ってる人を見て、無性にそれが食べたくなり、周りの反対を押し切って注文し、一口食べては「やっぱりだめだった。」と残りを家人に押し付けて不興ふきょうをかう。今までに何度も同じことを繰り返した。


 なぜ同じ過ちを繰り返すのだろうか。よく考えてみると「ちょっと食べてみたいウェーブ」が頻繁に現れるのは蒟蒻と心太、そして葛切くずきりなどそのもの自体にほぼ味がないものが多い。なので俺の記憶の中では蒟蒻の味は醤油味、心太は酢醬油、葛切りは黒蜜の味に変換されて残っているのだ。醤油や黒蜜が大好きな俺は、昔あこがれたおねいさんと同じ香水をつけた女性の中身も知らずについつい飛びついてしまった残念ボーイというわけだ。


 結論を言うと、「きみのプリン」はおいしかった。それは少なからずショックで、俺がプリンを食べるときに好きな部分と嫌いな部分から嫌いな部分を全部取り除いたプリンだった。引き算が苦手な人のために答えを言うけど、残ったのは好きな部分だけだった。


 ひょっとしたら、俺、プリン大丈夫になったかも。


 もしプリンが大好きになったらって想像したら、なんだかうれしくなった。冷蔵庫の中の誰かのプリンから目をそらす癖もなくなるかも。知らず知らずのうちに目をそらしていたあの人たちのこともいつか大好きになれるかもぷりん。


 


 




 

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横浜プリン 三日月次郎 @flustern

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