第63話 地域に合わせた建築

領事館の設計を始めたいすみだが、どうにも筆が乗らない。

この仕事を達成するために、様々な雑事をこなし、マイナミ商会を作り、王都の様相を変えてしまうほどの数の建物を建てたというのに・・・。


「進んでないみたいだな。」


隣り合わせになっている自分の設計室からやって来た田尾が、例の刺激臭の強いお茶を持ってやって来た。

マイナミ商会の支社長という立場になった田尾だが、安西、いすみに継いで、この世界と我々の世界を組み合わせたハイブリット工法に詳しいこともあり、現在も設計業務は行っている。

今は、アウレータが設計担当として進めている、王宮の魔力供給源改装工事。新築時にレ・ブン商会から納入されたゲイアサプライヤを将来的に撤去し、小出力の安価なゲイアサプライヤに換装する工事。や、王に依頼された、王都の建築法規の構築協力のマイナミ商会の窓口的な業務も行っている。


「そうだな。そもそも、この世界に適した建築方法があるのに、無理して我々の世界の工法で建てることの無意味を実感してな。なかなか筆が進まない。」


いすみはいつものものより、若干刺激臭の強い、田尾の持ってきた茶の臭いに顔をしかめながら答える。


「まあ、確かにそうだよな。呪文詠唱で、一瞬にして固まるアマルガムがあるのに、ワザワザコンクリ基礎を作るのもアホらしいわな。」


「梁の強度にしても<銀魔法線シルバーリーニエ>経由で成立する方法が確立されてるのに、何で、わざわざ構造計算して、せいの大きい梁を使わなければならないのか?って考えてしまうんだ。」


「季候や風土はもちろんだけど、その地域に一番適した工法で建物を建てるのがベストっていうのが、お前の持論だからな。そういう意味では、この設計はそのポリシーから、完全に反しているな。」


魔法力を使った構造のチートを使えば、作業が楽になるにも関わらず、無理に我々の世界の工法を使えば、建物の形態自体も、こちらの世界にそぐわないものになるのが明らかで、この世界の工法や風土、建築のやり方をにんく工レベルから見てきた、いすみと田尾には、そんな未来が見えるのに我々の世界のやり方で無理やり仕事を進めるやり方が、どうにも気に入らない。


「でも、小規模なゲイアサプライヤを使った工法でも、領事館の機能に関わる安全面の問題で難しいよな。なんか、いい手はないもんかなあ?」


田尾の言った通り、建物の生殺与奪をこの世界に握られてしまう、ゲイアサプライヤを使った工法は、日本から赴く職員へのリスクを考えると、いいことではない。

六代のオーダーには、「領事館の職員の安全には十分配慮して、計画を進めること」。という要望がしっかり入っているので、考慮しなくてはならない。


◇◇◇


「で、僕が呼ばれた訳ですか?」


大泉学園町から、こちらの世界に呼ばれた小林は、そんな呼ばれた経緯を二人に聞かされていた。


「まあ、いつかは僕もこっちの仕事をやるんだろうって思ってましたけどね。そんな経緯を、赤裸々に教えてくれなくてもいいと思いますよ。要するに、僕が一番この世界に通じてないからっていうのが、適任な理由なんですよね?」


この世界に染まっていなければ、「よけいなことを考えず」。我々の世界の工法で設計ができる。それでいて「舞波工務店イズム」も身に付いていて、それなりの規模の設計ができ、一級建築士の資格持ちで、業務を行う十分な技量を持っている・・・。ということで呼ばれた小林だが、消去法で呼ばれた感じで、イマイチおもしろくない。


「まあ、そう言わずに頼むよ。こっちには安西先生もいるからさ。あの人の建築論を直接見て、聞くなんてのは、滅多にない機会だぜ。」


田尾が不機嫌な表情の小林を説得にかかる。


「まあ、いいですけどね。デザインは専務が書いたのがあるんですよね?」


「ああ、基本的なエスキスはできてるから、実施を書いて、工事段取りも含めて頼みたい。」


いすみが、仕事の概略を書いた書面を見ながら、小林に指示を出す。


「うーーん。材料の搬入もうちの世界からってことですよね。プラントの構築とかもかですね。これって、こっちの世界だけで済む仕事じゃないですよね?」


非公式とはいえ、王宮サイドと、日本政府とのコンタクトの準備は進んでいるため、我々の世界との行き来・・・。に関しては、王宮側とは話しがついている。

日本のような、大規模な国家とつながることは珍しいらしいが「ごくまれに」こういったことはあるようで、交渉を始めた際の、王宮の対応は慣れたものだった。

いすみたちが、王都の建築業に多大な貢献をしていることと、アウレータの面倒を見ているということで、我々の世界からの物品の持ち込みに関しては、いすみがお目付け役をすると言う条件で、話しがついている。


「人員に関しては、こっちの世界の人工を使うのは難しいかもしれないな。」


「まあ、こっちの仕事のやり方とか、風習なんかについては、瀬尾さんに聞いてやってくれ。」


いすみの、小林への説明が一通り終わると、


「あの~・・・。ということは、あたしもここでお仕事するってことですよねえ・・・。」


そして、もう一人の異世界になじんでいない人物としてやってきた、舞波工務店新入社員の、北見玲奈が、いすみに問いかける。


「そうです。とりあえず、大泉学園町の担当物件もひと段落したようですので、北見さんはこちらのお仕事に専念してください。」


いすみは玲奈にも指示を出す。


「まあ、いいですけど。あたしもこっちの世界に興味がありましたし。

あ、華さんに聞いたんですけど、アウグストさんってキレイな人がいるそうなんですよね。それから、アウレータ王女にも会ってみたいし・・・・。お仕事は日本の国の人達で進めるとしても、こっちの世界の人達と交流するのは構わないんですよね!?」


玲奈が興奮気味に、田尾に聞く。


「ああ、まあ、かまわないけど、節度を持ってやってくれよな・・・。」


「ありがとうございます!華さんもあかりさんもいいんですけど、ファンタジー世界のオンナのヒトに会えるのがすっごく楽しみだったんですよ。千載一遇のチャンスなのに、ちっとも、こっちの世界には呼んでもらえないし・・・。

みなさんが、こっちの世界でキレイナヒト達と楽しくやってるのに、あたしは、事務所で社長と顔突き合わせてるのってずるい!ってずっと思ってたんですよ!たのしみだわああ・・・。」


ぐふふふ・・・。と笑う玲奈を見て、ああ、また、やっかいごとのタネが来たぜ・・・。と頭を抱える田尾だった。






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