第61話 女子会!

王都の居酒屋、「ルーチェ」の、個室スペースのテーブルには、溢れんばかりの料理が並べられていた。

この店の一番人気の腸詰め盛り合わせはもちろん、直営店のある、ガンボ町の湖で取れた水産物をふんだんに盛り込んだ、真っ赤な湖鮮鍋(?)。香辛料の刺激がたまらない一品だ。


なかなか手に入らないドコエフと呼ばれる獣の肉を、骨付きのまま、豪快に焼き上げたステーキは、3cmほどの厚みで、ソースと混ざりあった肉汁は、鉄板の上でじゅうじゅうと煙をあげ、香ばしい香りが堪らなく食欲をそそる。


デルと呼ばれる、トマトのような赤い根菜は、レンコンのようで、歯ごたえを楽しめる。


そんな、王都の名物料理が、次々に運ばれてくる。


「ね、ねえ、こんなに頼んで大丈夫?」


料理のあまりの量と、豪華さに、あかりが華江に心配して聞く。


「大丈夫ですよ。」


華江はつきだしの煮込み料理をスプーンですくって、口に入れながら答える。


「この宴のスポンサーは、安西先生ですから。むしろ、少ないぐらいです!」


結局、大会の賞金は安西と長谷部の山分けとなった。

2等分とはいえ、かなりの額になったはずだ。


「それにね、あかりさん。アウグストさんに聞いたんですけど、安西先生、自分の優勝に、トトカルチョ。ぶっこんでたんですよ。」


あかりが驚いて、アウグストの方を向く。


「そうですね。アンザイにかけてた人は、ほとんどいなかったので、親の取り分を除いて、ほぼ、アンザイの懐に入ったはずです。」


と、杯を傾けながら、アウグストが答える。


「入ったって、どれくらいよ?」


あかりが聞く。


「そうですねえ、まあ、マイナミ商会の社屋が建つぐらいじゃないですか?」


「??!」


さらっと恐ろしいことを言うアウグストに、あかりは驚く。

いくら、リーズナブルに建てたマイナミ商会社屋といえど、ひと財産にはなるではないか。


「ね!ね!あきれちゃいますよね!あたしにあんなに苦労させて、好き勝手にやって!自分だけいい思いして!だから、今日の払いは、安西先生持ちです!どんどん頼んじゃってください!」


「ねえ、ってことは、長谷部さんも賞金もらったってことよねえ。」


払いの心配がなくなったので、ドコエフの巨大なステーキを一人占めしながら、あかりがメテオスに尋ねる。


「ああ、肉体強化魔法を教えてもらった礼だ。と言って、全額置いてったよ。」


彼女は、食事前に一気に飲む気質のようで、ショットグラスのような小ぶりのカップに入ったウォッカ的な蒸留酒を、食前酒替わりに次々とあけていた。


「あら?気前がいいわね。」


「それと一緒に、これも置いてった。どうしたもんかねえ?」


そう言って、メテオスはビロードの箱を差し出した。


「ちょっと?これって?メテオスさんと長谷部さんって、そういう仲だったんですか!?」


華江が驚いて、メテオスのさしだした箱を勝手に開けて、中身をしげしげと眺める。


「まあ、試合で使う肉体強化魔法を教えてるうちに・・・、なんとなくね。」


「あら?でもいいんじゃない?」


「そうですよ。お買い得物件ですよ!」


「よくわからないんだが、実家のコウエンジ?で、両親と会ってくれって言うんだが、どこなんだろうねえ?」


あはは。と2人は顔を見合わせ、高円寺の夏の阿波踊りに浴衣を着たメテオスが参加しているイメージを頭に浮かべて、苦笑いする。


「そういえば、アウレータ王女は?こないだの試合の時に誘ったら来るって言ってましたけど?」


華江から、この場にいない<女子>アウレータの話題が出る。


「ああ、彼女は信二とシェーデルさんが連れてったわよ。未成年にオンナの酒の席での過激な話しを聞かせるのは、教育上よくないだってさ。失礼しちゃうわよね。」


「なんかあの二人、アウレータ王女の保護者気取りなのよね。」


あかりが、もう、何杯目かわからなくなってきているジョッキを空けて答える。


あはは・・・。と華江はさらに苦笑い・・・。



◇◇◇



「うぉおおっし!ここの払いはすべて私が持つ!みんな、思う存分やってくれ!」


安西の開会宣言に、一同のおおおっという野太い歓声が上がる。

「ルーチェ」から路地2本挟んだ大通りに面する「ロランチェ」では、安西主催の「男子会」が開かれていた。


店内は、筋骨隆々なマイナミ自警団と、王都衛兵隊の面々が、馬車馬のように料理を平らげ、酒を飲み干していく。

もう、両者にわだかまりはないため、肩を組み、笑いあい、ともに杯を酌み交わす。

貸切状態の店内は、注文を取る給仕の娘達も大忙し。

ムキムキの男たちと、動き回る若い娘の騒乱で、店内は異様な盛り上がりをみせていた。


「・・・こりゃ、女子会のほうがましだったかな?」


オトナ女子の生生しい会話を、12歳の少女に聞かせたくなくて、アウレータをこっちに連れてきた田尾だが、カオスになりつつある店内にうんざり顔だ。


「王女様。申し訳ございません。」とシェーデルも困惑する。

頼みの綱のいすみも、酔っぱらって、ぶつぶつとわけのわからない建築論を迷惑そうな店員相手にやっているので頼りにならない。


「なんで?みんな楽しそうじゃない!あたし好きよこういうの!」


うぉお!と歓声が上がる方を見ると、安西が上半身裸になり、店の給仕の娘を両腕にぶら下げている。


「きゃあああ!ホルスト会長アンザイ素敵!強い!」

「ほんとに、硬い腕!!最高!」


「わはははは!まだまだぶらさげられるぞ!どうだ!」


「おもしろそう!次あたし!あたし!」


「王女!アウレータ王女!いけません!!!」


田尾とシェーデルの2の制止を振り切り、アウレータは、安西のたくましい腕にぶら下がる。

彼女程度の体重では、安西はびくともしない。


「きゃああああ!アンザイスゴイ!強い!!!」


はやしたてる若者達の中心で、アウレータは安西の腕にぶら下がって、楽しそうにぶんぶんと振り回されている。


「よおおし!」っと他の衛兵たちも、次々と上半身裸になり、己の鍛え上げられた肉体を見せつけ始めた。


給仕のムスメ達は大喜びだ。



「あたしは、あのマイナミ自警団の彼ね。現場仕事の日焼けあとが、セクシーじゃない?」


「あたいは、王都衛兵のあの子かなあ。背は小さいけど、腹筋がすごい!あれ、さわってみたいなあ?」


「いや、でも、やっぱりアンザイよ。あの年齢から来るシブさと、肉体のたくましさの相反する魅力が素敵よ。」


ムスメ達は、男子の値踏みを始める。



「すごいすごおおいい!!」


アウレータも大はしゃぎ。

安西に肩車されて、突如始まった、筋肉の品評会に大喜びしている。


「ああああ・・・。カオスだ。」


田尾とシェーデルは頭を抱える。


◇◇◇


「いいよ!もう、長谷部さんで手を打っちゃいな!」


「いや、でも、アタシはイスミの事を・・・。」


あかりもメテオスも酒が過剰に入って、暴走気味。


「あのね、メテオス。改めて言うけど、はダメ。舞波いすみは絶対ダメ。私はね、あいつと結構つきあい長いんだけど、あいつに関わって、ダメになった女をたくさん見てるの。


そうなった女はみんな、、<あたしなんかが、いすみさんの仕事とか人生の邪魔をしちゃいけない。あたしは、添い遂げることなく、ずっと見つめているだけでいいの>なんて思考に陥って、新しい恋が出来なくなるの。人生を前に進めることが出来なくなるの。そんな風になっちゃったら終わりよ!!」


「えええ!あかりさんもそうだったんですか!」


あかりのいきなりのカミングアウトに、華江は驚愕する。


「そうよ。あれはあたしが、渋谷の現場で監督をやってた時で・・・・。って、それはどうでもいいの!あいつに恋い焦がれると、オンナはとにかく不幸になるの!華ちゃんみたいに度胸があって、イレギュラーで規格外で、恋愛への執着も媚も皆無なオンナじゃないと、ああいうやつの相手はつとまらないの!」


「・・・なんか、ひどい言われようだなあ。あたし。」


華江は、ぎゃあぎゃあとメテオスに説教をかまし続けるあかりを無視して、しゃべるのに夢中で、あかりが半分以上残してしまっている、貴重なドコエフのステーキを切り分け、アウグストに渡す。


「どうぞ。アウグストさん。」


アウグストは、2人の会話を笑みを浮かべて眺めながら、取手付きのカップを傾けていた。

礼を言いいつつ、受け取る彼女もかなり飲んだのか、白い肌に赤みがさし始めていて、その魅惑的な美しい風貌に、同性ながら、華江はドキリとする。


「・・・ねえ、アウグストさん。あたしたちの国では、アウグストさんみたいなきれいすぎる女の人って、結婚は総じて遅いもんなんですけど、アウグストさんにはいいひとっていないんですか?」


華江は<女子会>らしい話題をアウグストに振る。


「そうですね、ただ、私達ハーフエルフは、寿命が長いですから、肉体的な旬と言ったものの意識が薄いので、恋愛に対するあせりとか、特定の相手をとにかくものにしよう。といった欲が少ないのかもしれません。」


と、いつもはひとことふたことの返答で終わらせてしまうアウグストにしては、珍しく、華江の話しに答える。

そして、手持ちの飲み物の追加を注文して、手元の杯をさらにあおる。


「まあ、そんな恋愛観ですから、子孫を残すといった生殖的な本能は薄いですので、容姿が優れているとか、将来性がどうのこうので相手を選ぶこともないですね。しいて言えば、フィーリングとサプライズですかね。」


追加のカップを受け取って、アウグストは華江に微笑みかける。

その表情の可憐さに、華江はまたうろたえつつ、


「なるほど。で、最近はそんなサプライズはあったんですか?」


「そうですねえ・・・。」


アウグストは、先日に遭遇した「サプライズ。」

窓のない、薄暗い部屋で見たを思い出す。


「ちがう!ちがう!あれは決してサプライズなんかじゃない!」


追加のカップを一気に飲み干し、突然ふるふると震えだした、普段は沈着冷静な彼女の痴態に、華江は困惑する。


「ア、アウグストさん?!」



女子会サイドも、静かなカオスが展開されつつ、夜は更けていった・・・。

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