第15話 ピタゴラスの定理 

基準を決めたことにより、それまでは3段程度で魔法。を繰り返していたが、それが5段になり、さらに10段で魔法をかけるくらいまで効率が良くなってきた。


また、3人とも、基本、互い違いの、いわゆる「イギリス積み」に積み上げていくが、材料の形状の選定と、崩れないようにするバランス取りをする長谷部の技量はさらに高度だった。


「自衛隊には土のう積みの技術がありますからね。その応用っす。」


自衛隊の土のう積み技術はすさまじく、演習のときの塹壕の防御用に積まれたものは、海外の軍隊が驚くほど美しく、芸術品のようだ。と称賛されたこともある。


そればかりではなく、1Mほどの幅の塹壕の上を渡るための橋を、アーチ橋の要領で、土のうで作ってしまい、その上を普通に人が通っても崩れない・・・。なんて技術を自衛隊は持っているそうで、「施設科」に所属していたことのある長谷部は、そんな技術にも長けているそうだ。


この長谷部の技量や、いすみの測量方法について、ドワーフたちは知りたがった。

3人とも、聞かれれば丁寧に教え、納得すると、彼らは素直に実行するものだから、効率はどんどん上がって行った。


ドワーフたちは、要は<知らない>だけで、知ることに対しての欲求はすさまじく貪欲で、<知ると>疑いなく実行する。

そのほかの技術や段取りについても、ドワーフたちは、いすみたちを質問攻めにし、指示にも従うようになってきた。

日を追うごとに、いすみ達はドワーフ達を仕切る監督のような立場になってきた。


彼らのような亜人種は、この世界の社会体制の底辺階層に属する人種のようで、読み書きはもちろん、教育というものを受けていないものがほとんどのようだった。

さらに「魔法でいろいろなんとかなってしまう」この世界では、魔法以外の技術取得や知識を増やしてもしょうがない・・・。といった雰囲気が社会全体に流れており、彼らのような亜人種が知識を増やしても、それを生かす場がないため、こういった単純作業に従事するしか、生きる道はないらしい。


ただ、話してみると、彼らは非常に頭がいいし、勤勉だ。

いすみたちから、様々な技術や施工方法を知ったことによって、知識を得ることの快感と欲求に目覚めてしまったようだ。


さらに、彼らは、いすみの作った簡易水平器を基にして、X字型の脚台の付いた、高さ調整機能の付いたものを数日後に作ってしまった。

その完成度と精度は素晴らしく、いすみはドワーフ達の器用さに驚いた。


大矩オオガネ>に関しても、たくさんあったほうが、便利だろう。ということで、見よう見まねで作ってきたが、これは我々が、中学校で習う三辺が3:4:5の三角形を作ることにより直角な角度を作る。という定理を基にしているものなので、それらを知らない彼らがつくっても、<ただの直角が出ていない三角定規>になってしまうので、使い物にならなかった。


そこでいすみたちは、まず、メテオスからこの世界の数字。1.2.3・・・。の文字を教わり、その数字を使って、<ピタゴラスの定理>の授業を、ドワーフ達におこなった。

最初は初めて聞くに戸惑っていた彼等だが、直角がひとつあれば、直角三角形の三辺の辺の比率は、すべて同じ。ということを理解するところまで至った。


こんな簡単な技術や知識でさえ、持つ必要のない、魔法があるという世界。

彼らのように非常に有能で、勤勉であるにも関わらず、その資質を生かす教育を受けることができない世界。

学ぶことができたとしても、その知識を生かす場がない。という世界。


愚直であれば、単純労働に専念するだけでも良いと思う。

ただ、優秀であるにも関わらず、そんな境遇に身を置かねばならない、彼らの不幸を、いすみたちは、心底、気の毒に思った。

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