第16話 百人殺し

真面目に働き続けるドワーフ達に対し、人間の作業員達で、こういった現場に来ているのは、いろいろ「あぶれた」連中であるようだ。いすみたちの教えにも耳を貸さないし、隙あらば、サボろうとする。

いすみは、別に現場を任されているわけではないので何も言わないが、これが自分の現場だったら、絶対に許さないだろう。というような連中ばかりだった。


そんなある日、3人を気に入らない、人間の作業員の数人が、作業帰りの彼らを待ち伏せていた。

最近、現場で調子に乗っているやつらを「〆て」やろうというのだ。


狙うのなら、仕事が終わって疲弊している時がいい。

細身の優男、太ったやつはもちろん敵ではない。あの体格のいいもう一人も、作業が終わって疲れているときであれば、容易に襲えるだろう。ついでに、受け取ったばかりの給金もいただいて、もう、二度とえらそうな態度をとれないようにしてやろう・・・。


詰め所で、彼ら3人が給金を受け取って、宿屋へ帰っていく道で、後を付けた。

今日は、かなりの段数を積み上げたので、見るからに3人は疲れている。

対して、自分たちは、いつも通り適当にやっていたので、それなりに体力は残っている。

半端モノとして、適当に現場をこなすだけの毎日のささやかな楽しみだ。

彼らは、今までにも、生意気な作業人足や、魔法士を同じやり方で「〆て」やっていた。

あいつらを〆たあとは、生意気でうるさいあの女魔法士も・・・。と彼らは下賤な相談をしながら、3人を待つ。


詰め所から一度、町の外へ出るタイミングで、背後からこん棒や、こぶし大の石をもって、一斉に襲いかかった。

倒したところを、一気に袋叩きにしようという思惑だ。

人数はこっちの方が多い。無理矢理組み伏せれば、敵ではない。


と、彼らに対して、後ろを向いていた長谷部が、襲いかかってきた1人を、体を支点としたひじ打ちで叩きのめすと、隣の男の後ろにあっという間にまわりこみ、首を絞めたまま、さらに隣の男の腹に強烈な蹴りを入れた。

3人を地面に這いつくばらせた後、さらに残りの男たちを、一気に叩きのめした。


いすみたちが振り向いた時には、襲いかかろうとした不埒者全員が、地面に倒れ伏していた。


長谷部は半笑いの表情で、1人にまたがると、無言で、持っていた金属製のカナコテを首に突きつける。

突き付けられたカナコテは、男の喉の皮膚に刺さり、少しづつ、深度を増していく・・・。


その表情と行為に、カナコテを突き付けられた男はもちろん、他の男たちも不気味さと、見たこともない体術に恐れよりも気味悪さを感じて、その場から動けなくなってしまった。


「長谷部さん!やりすぎだ!やめろ!」


いすみの声に長谷部は我にかえって、相手から降りた。


縛めが解けた男があわてて逃げだすと、他の連中も金縛りがとれたかのように、一斉に逃げ出した。

この見事な体術と、顛末に、「長谷部さんよ、すげえな、あんた。」と田尾が驚きの声をあげる。


「いやあ、久々にやっちゃいました。どうしても、レンジャーの頃のクセ?っていうか習慣がぬけないんっすよね。ウチの世界でも、訓練帰りに、難癖付けてきたあっちの職業の人をやっちゃったことがあるんで、気を付けようと思ったんっすが。俺、疲れてるときは、アブナイんっすよ。」


実は、自衛隊をやめた理由のひとつがその事件が原因で云々・・・。と長谷部は語るが、聞かないことにした。


「なに?あんた、疲れてる時の方が強い・・・。ていうかあぶねえの?」


「そうっす。レンジャーの訓練で、定期的な訓練期間があって、バディと2人で、缶詰め2個、水は1リットルで、4日間行軍ってのがあるんすけど、<朝の5時から朝の4時まで>40キロの装備を持って行軍して、それだけでもしんどいのに、いきなり教官の襲撃があるんすよ。

寝られないは腹は減るは、教官の襲撃は怖いはで、段々極限状態になってくんすよ。そうすると、神経が研ぎ澄まされて来て、寝てようが、うしろから敵が来ようが、すぐわかるようになるんすよね。今の状況は、そんな訓練に比べりゃ天国みたいなもんですし、本気で殺しにかかってこないやつなんか、問題ないんですがね。

ただ、久しぶりに、後ろからやられたんで、殺しそうになっちゃったのはヤバカッタスネ。」


それは後付けの理由だろうなあ。と田尾は思う。


「長谷部さん。我々を守っていただいたことには感謝しますが、こちらの世界の人たちに危害を加えるのは、最低限にしましょう。

特に、そう言った癖があるようでしたら、今後は気を付けて下さい。」


調子に乗って「武勇伝」を披露した長谷部だが、いすみにたしなめられ、


「すいません。今後は気を付けます・・・。」とうなだれる。


騒ぎを聞きつけて駆け付けた衛兵や、野次馬は、あっという間に、多数の敵をたたきのめし、半笑いを浮かべながら、喉元にカナコテを突きつけている長谷部の姿に青ざめ、そんな長谷部をたしなめることのできる、いすみの毅然とした態度に驚愕する。



その後、


「あのハセベというやつは、西国の精鋭の兵で、あの体術で百人殺して、国にいられなくて、ここに来たらしい。」


「イスミは某国の王族の第2後継者で、優秀すぎたので、第1後継者と王様に、国を追われ、タオとハセベは、彼専属の相談役と精鋭の護衛で、諸国を旅しながら、復興のチャンスを待っているらしい・・・。」



・・・等々のはなしが町を駆け巡り、さらに、直接顛末を見た作業員や、旅人達によって、そんな噂話が、この町だけでなく、王都をも賑わしたのは、また別のはなし。

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