第112話 狂魔導士


「なんだ……これ……?」



 地上に出た俺たちの目に飛び込んできたのは……荒廃した――何かを生成していた――何かが活動していた――何かが爆発した――跡地だった。

 いや、ここを跡地と形容していいかはわからないが、すくなくとも、何か建物が建っていたとは口が裂けても言えないほどに、目の前のコレを建物と呼ぶにはおこがましく、かといって、何もない更地と呼ぶにはあまりにも、何か・・が散乱していた。

 ちらりと、何か・・の成れの果てを一瞥するも、その何か・・が一体何かすら判別できない。

 元々ひとつだったモノなのか、はたまた、最初から分かれていたモノなのか。

 この施設・・に付属していたモノなのか、外部から持ち込まれたモノなのか。

 ただ、俺がこの状況から掬い取れる情報は、これらのモノが超高温にさらされ、融解しているということ。そしてそれはおそらく、ここにはもうない・・・・・・・・メインリアクターに関係がある。それだけだった。



「……ヴィクトーリア、ここにメインリアクターがあったんだよな?」


「そのはずだが……これは一体……」



 ヴィクトーリアは口を押え、この惨状を前に狼狽えている。たしかに、この状況を見ればそうなってしまうのもわかるが――



「ヴィクトーリア、心臓はどこにある」



 驚いている暇なんてない。足踏みしている暇なんて尚更ない。この光景を見たらわかる。もう一刻の猶予すらない。



「建物の崩壊がかなり進んでいる……けど、ここが地下通路の入り口だったら……ここがあれで……あれがこれで……うん、こっちだ! この奥に確か……心臓への入り口が……」



 ヴィクトーリアは気を取り直すと、再び歩を進めてくれた。

 しかし――



「いや、ヴィクトーリア、やっぱり止まってくれ」


「え? でも……」


「いいから」



 俺はヴィクトーリアをその場に留めさせた。

 ――直感だった。

 いや、むしろここまで来ると、信頼・・に近いものなのかもしれない。

 ここまで用意周到に、念入りに、練りに練った作戦だ。

 失敗など許されるはずがないし、対策ももちろん打っているだろう。そのうえで、俺が……いや、俺じゃなくても、現状を阻止しようとするやつが現れると想定しているはずだ。

 したがって、ここに――この場所にあいつがいないのはどう考えてもおかしい。



「――ジョン、出て来いよ。隠れてんだろ?」



 確信はない。根拠もない。

 二度もこんな言葉は使いたくないが、そう。これはただの信頼・・だ。

 心臓を制御すれば、まだどうにかなってしまう・・・・・・・・・・この状況で、何も対策を打っていないワケがない。

 俺は、ここにいるかどうかわからない……いや、いなければならないやつの名前を呼んだ。



「チッ……」



 舌打ちが聞こえ、何もない場所から突然ジョンが現れる。

 おそらく、自身の姿を周囲に溶け込ませる魔法だろう。そして目には魔法で作られているのであろう、眼鏡をかけている。

 正直言って最悪だ。

 眼鏡のデザインが、ではない。この状況が、だ。

 ……いや、たしかに眼鏡のデザインはお世辞にもカッコいいとは言えないが、というかむしろダサいくらいだが、俺が言いたいのは、それらの魔法を使えるほどに、こいつが回復しているという事だ。



「じょ、ジョン様!? どうしてここに!?」


「いよーぅ……これはこれは、これはこれはこれは……第二王女のパトリシア様では、あーりませんか」



 ジョンはそう言うと右手を胸に当て、深く、大袈裟に、からかうようにお辞儀をしてみせた。



「す、すまないユウト……できるだけ人目につかない所を通ってきたつもりなのだが……」


「いや、気にするなヴィクトーリア。よくよく考えたら意味ないんだよ」


「それは……どういうことだ?」


「こいつの狙いはメインリアクターを破壊することでも、リヒトの心臓を破壊することでもない。『このネトリールを魔王城の障壁にぶち当てる』それだけだ。つまり、メインリアクターもリヒトの心臓もただの過程に過ぎないんだ。そして、それはまだ達成していない。こいつはネトリールが魔王城にぶつかるまで、ここでそれを見送らなければならないんだ。そこではじめて、こいつのお使いは達成される」


「おいおい……うおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! よーーーーーーーーーーー………………ッッッくわかッてンじゃあねェかァ!! ああ!?」


「ゆ、ユウトさん、この方は本当にジョン様なのですか!? な、なにやら雰囲気が全然……」



 あまりの豹変ぶりにビックリしたのか、パトリシアは俺の背後に隠れてしまった。



「言ったろ。性格が変わるって」


「そ、それにしても変わりすぎでは……?」


「……よお、ジョンさん。なんか、かっけえ眼鏡かけてるじゃないっすか。ビカビカ光っててすげーマヌケっぽいけど、どこで買ったんすか?」


「ッッッッぜェな!! さっさと心臓への道あけやがれ!! またあン時みてェにイジメられてェのかァ!? コラ!!」


「コエーコエー、そんなに怒鳴られたらビクついちゃいますよ。いじめられっ子には刺激が強すぎますからね。てか、もうちょっと世間話しましょうよ~ジョンさん。同じ仲間だったじゃないっすか~」



 刹那、ジョンの指先から光弾が放たれる。

 狙いは俺。

 殺意は十分。

 その光弾は完全に俺を仕留めにかかっていた。

 しかし――バン!

 俺の背後から放たれた銃弾が、ジョンの光弾とぶつかって相殺した。



「ああ!? テメェ……なにかしやがったか?」


「いいや、俺は何もしてねえよ。やったのはヴィクトーリアだろ」


「……ジョン、お願いだ。投降してくれ。仮にも一度はネトリールを救ってくれたおまえと戦いたくない」



 俺の背後からヴィクトーリアの声が届く。



「だれだ……テメェ……」


「私はヴィクトーリア……ユウトのパーティの錬金術師だ」


「こいつのォ!?」



 ジョンは目の玉を引ん剝くと、腹を抱えて大笑いし始めた。



「ヒャハハハハハハハハハ!! こいつは傑作だぜ! ……おまえ、話には聞いてたけどよ。お遊びじゃなく、真剣に自分のパーティなんか作ってやがるのかよ!? あの!? ヘタレで!? ロクデナシで!? どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………………ッッしようもないクソ野郎が!? パーティ!? ヒーヒャハハハハハハハハハハハハ!! 笑い殺す気か、ダボが!!」


「チッ……バカみたいにゲラゲラ笑いやがって……」


「ど、どうするんだ? 投降するのか? しないのか? どのみち、おまえだけでは心臓へは辿り着けないんだぞ! あそこへは厳重なパスが……」


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ……投降だァ!? バカ抜かすな! どのみち心臓に辿り着けねンならよォ……いまァ!! ここでェ!! テメェらを!! ……灼き殺してシメェだろうが」



 ジョンの眼鏡の奥――その瞳が燃えるような赤色に変わる。

 空気が震え。肌がピリピリと焼け付くように痛い。

 どうやらあいつは宣言通り、これから俺たちを完全な消し炭にするようだ。

 俺に掴まっているパトリシアは依然、ジョンの放つプレッシャーに震えている。無理に奮い立たせても、おそらく戦えないだろう。そうなってくると、もう使える駒は――



「構えてるか! ヴィクトーリア!」


「あ、ああ!」


「いけるか!」


「た、たぶん!」


「それで十分だ! おまえはおまえで精いっぱいぶつかれ! 後先を考えるな! 大丈夫だ、俺が何とかする!」


「ええ!? ……わ、わか――」


「テメェ如きがァ! 何をするッてンだァァアァァァアア!?」


「おまえをぶっ飛ばすんだよ」

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