第39話 時限救出装置
俺はみっちゃんに、
みっちゃんは最初から最後まで、静かに俺の話に耳を傾けてくれた。
俺があらかた話し終わると、みっちゃんは小さく息を吐き、手元のカップに少しだけ口をつけた。
「……なるほどね。大変だったんだね、ユウ君」
「大変……ちゃあ、大変だったかもね。今も実際、装備もなんもない状態だし。でもまあ、あの三人と旅するのはやっぱり楽しいよ」
「いいなあ……、私にはできないもんね……」
「あ、ごめん、そういう意味で言ったんじゃないんだ」
「いいよいいよ、わかってるから。ちなみに、
「え?」
「えっとね、ポセミトールって、ほら、ビト組とかいる場所だしさ。武器の流通も結構頻繁に行われててね、対魔物用から……まあ、対人用まで。それに最近は銃っていう、ネトリール産の武器なんかも流通してて……、あ、これは今は関係ないね。……それで、けっこうな数の武器屋さんがここに集まってるの」
「そうだったんだ……」
「だから、闇雲に探すってのは、あんまりお勧めできないかなって……。その売人が誰で、どこと契約しているか――とかだったら、探すのもラクなんだけどね……」
「そうか……そうだね。たしかに、そんなに数があったんじゃ、見つけるのは時間がかかるし、もし売っている店を見つかったとしても、まだ残っているかわからない……。そのうえ、俺の持ってた杖だけは、マジで一級品だからね……」
思ったよりも、これはかなり面倒なことになったな……。
こんなことになるんだったら、キバト村の、あのおっさんたちを不審に思った時点で、泳がせるんじゃなくて、なにか手を打っておいたほうが良かったかもしれない。
どのみち、いまさら悔やんでも取り返せないけど……。
じゃあ、これから、どうするかだな。
地道に探してもダメ。ヒントを得ようにも、ここはあまり詳しくない――
「……ねえ、ユウ君。取引、しない?」
「え?」
みっちゃんがその言葉を口にする時だけ、部屋の空気が変わった。
ピン、と張り詰めるような空気は、さすがはビト組頭目だと思う反面、ほんのすこしだけ寂しかった。
「……どういう取引?」
「私ってほら、このポセミトールについては、ユウ君よりも詳しいじゃん」
「ん、まあ、ビト組の頭目だしね……」
「だから、ユウ君が探すよりも早く、ユウ君たちの件を片付けられると思うの。人手も、コネもあるしね」
「たしかに。じゃあ……その代わりに、みっちゃんの出す条件をクリアしてほしいってこと?」
「うん。ほんとはユウ君が困ってる事なんだから、無償でやってあげたいんだけど……、私の仕事って、面子とか体面を、すごく気にする職業だから……」
「気にしないでいいよ。ちゃんと理解してるから。こういうことに関しては、きちんとギブアンドテイクでいこう」
「ごめんね。ユウ君」
「いいよいいよ。それで、俺は何をしたらいいの? ……でもまあ、できれば、あんまり危険なことはやりたくないんだけどね……運び屋とかは勘弁……」
「『失楽園』……て知ってる?」
「……いや?」
「ユウ君さ、ここに来る前に一回、
「ああ、うん。会ったけど……」
「どうだった?」
「どうだった……って、なにが?」
「なんか、おかしなことや、変なトコとかなかった?」
「んー……まあ、おかしな奴や変な奴じゃないと、人の馬車襲撃しようなんて思わないよね」
「えー? ちょっと、もう、そういうことじゃないってば。なんというかさ、もっと具体的に、身体的におかしいところはなかった?」
「身体的……か……」
そう呟いて、俺は記憶を辿ってみる。
あのときは散々だった。いきなり馬が死んだと思ったら、大勢のぶっ飛んだやつらに囲まれて……、ぶっ飛んだやつ……。
そういえば……、あいつら、たしかにおかしかったな。
あの印象はなんというか――
「トリップしてた?」
「うん。ユウ君がそう感じたってことは、やっぱりそうだね。その印象は間違ってないと思う」
「あ。てことは、連中やっぱり……?」
「そう。薬を服用してたんだと思う」
「薬って、やっぱりそういう……?」
「うん。薬物だよ。その薬物の名前は『失楽園』。名前の通り、これを摂取すると、まるで楽園に昇るかのような多幸感、快感が脳を支配するの。服用者はこの間、まともな判断や思考ができなくなる。そのうえ、自分を律する感覚もおかしくなって、自身の行動が攻撃的になり、周りにいる人間に害を及ぼすようになるの」
「そんなもんが……、ポセミトールに?」
「うん。でも、失楽園が真に恐ろしいといわれているのは、その副作用なの。楽園を失う……つまり、『失楽園』の効果が切れると、想像を絶するほどの虚脱感や虚無感に苛まれるの。人のよっては、一度
「だから、失楽園」
「……それゆえに、依存性も高く、何度も何度も、繰り返し服用する人が多いの。副作用で死んだ人を除いて、失楽園を二回以上にわたって、摂取した人の割合は、圧巻の十割」
「じゅ……十割って……!? 全員!?」
「そう。どんな人も、失楽園がもたらす、二度目の誘惑には勝てなかった」
「す、すさまじいな……。それで、その薬物がどうかしたの? も、もしかして、それを俺に売りさばけとか――」
「もう! 怒るよ、ユウ君! 私がユウ君にそんなこと、頼むハズないじゃない!」
「そ、そだよね……」
みっちゃんのは、あくまで親が子供を軽く叱る程度のだったけど、どことなく迫力があり、おもわずたじろいでしまった。
「じゃ、じゃあ……取引っていうのは……?」
「薬の出どころを探してほしいの」
「探して……どうするの?」
「生産者をたたくの」
「独占するために?」
「違うってば。なんでそうなるかな……」
「……ごめん。でも、みっちゃんにこんな事、あんまり言いたくないんだけど、ヤクザって、こういう薬を売ったりして、その収入を活動の資金源とかにしてるんじゃないの?」
「あー……そういうことね。うん、昔……お父さんの代はね、ビト組でも薬を売ってたの。成人男性限定でね」
「男限定で……?」
「そう。……でも、お父さんは、本当は売ること自体、したくなかったみたい」
「そりゃ……なんで?」
「この件で一回、他の組と揉めたことがあるの。……そして、その時に死んだのが、ソン兄さんなんだ。お父さんはこれ以上ウチから、犠牲を出さないように、飲みたくない条件を飲んだの。条件付きでね」
「その条件が、成人男性以外には売らないってこと……?」
「そういうこと。そこだけは譲らないって……」
「でも、今回服用してたのって、明らかにいい歳のおっさんだったよね。……もしかして、女子供の手にも渡ってるとか?」
「それはわからない。……けど、今回の件は薬が薬だからね。さっきも言ったけど、ほんとうにヤバいんだよ。これは、いままで出回っているものよりも、遥かにその中毒性、致死性を上回っているの。そこが問題なの」
「失楽園だよね……」
「そう」
「うーん、話はだいたいわかったけど、俺にそれが務まるかな……。みっちゃんがやったほうが、よくない?」
「私たちはね、ほら、面が割れてるからさ。やろうと思っても難しいんだ。逆にこういうのは、ビト組とは無関係の……、それも一般人のほうが動きやすいんだよね」
「なるほど、たしかに……」
「もちろん、手を下すのは私たちがやるよ。ユウ君はただ、調査と報告だけしてくれればいいから。……とはいっても、ユウ君に今回お願いしてる任務も、決して安全とは言えないんだけどね。それでも、やってくれるかな?」
「なあ、それってべつに、俺だけに対しての条件じゃないんだよね?」
「どういうこと?」
「その調査及び報告って、俺単独でやれってことじゃないよね? 仲間とかも、一緒に調査にあたってもいいんだよね」
「もちろんだよ。ユウ君のとこのパーティの人でも、なんなら、調査と報告さえしてくれるんだったら、知らない人でもいいよ」
情報の漏洩を恐れていない。
ということは、それほどまでに、ポセミトール中に、その薬物が浸透しているということ。みっちゃんがここまで取り乱しているということは、たぶん、そういうことだろう。
「わかった。その条件、飲むよ」
「取引成立、だね。あとはユウ君の件だけど……そうだね、こっちで探しておくから、盗品の種類とか、数なんかを教えてもらえると助かるかな……」
「盗まれたのは、俺たちの装備品だね。それで、杖ふたつと――」
「ちょっと待って、なんか外、騒がしくない……?」
「え、なにが――」
バァン!
突然のデカい音に、俺は座りながらにして飛び上がってしまう。
外していた隠者の布を再び顔面に巻き直しながら、俺は振り返った。
「コラァ! 客の前だよ! ノックしてから入ってきなァ!」
みっちゃんの組長モード。
声も表情も、一瞬のうちに険しくなる。
部屋に入ってきたのは、テッシオさんではなく、すこし中年のおっさんだった。
服装はもう見慣れた黒服。
「マザー!! 敵襲です!!」
「なにィ……? どこの組だ?」
「いえ、その、組というかなんというか……」
「なんだい。さっさと言いな!」
「女三人と、魔物一匹です! 数は多くはないんですが、ドエライくらい強くて……、こちらではもう、止めることは……できません!」
女三人と……、魔物一匹……?
ちょっと待てよ、心当たりありまくりなんだけど……。
むしろ、ありまくりで、ここから一目散に逃げだしたいんだけど。
何やってくれてんの? あの子たち。マジで。
いや、指示出したのは俺だけどさ、なんというか、ほんともう……あれ?
……あの子たちの悪いとこひとつもなくね?
この状況作りだしたの、完全に俺じゃん。
悪いの俺じゃん。早とちりした俺が悪いんじゃん。
「しかもそいつら、『おにいちゃんを解放しろ!』とか、『ご主人の仇にゃあ!』とかわけのわからないことを言ってるんです! こっちは知らない、心当たりはないって言ってるんですが、『そんなはずはない』の一点張りで……、マザーはなにか、心当たりはありますか……?」
「こ、心当たりは……」
みっちゃんが、困ったような目で俺を見ている。
やばいな。みっちゃんはもうわかってしまったらしい。
帰りたい。
けど、だめだよな。
……俺はみっちゃんに向かって、頷いてみせた。
「……わかった。あたしと、このお客さんが行って、話つけてくるよ。そいつらがいるところに案内しな」
「へい!」
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