第21話 無意味な拳


「これは……隠者の布と呼ばれるものでございます」


「それぐらい知っておる。私を愚弄するか。私が訊いているのは、なぜそのようなモノをつけているのか、ということだ。まるで、私たちから気配を隠すようにして、な」


「……はい。まさに貴方様も仰る通りにございます」


「ふん、賊めが。尻尾を出し――」


「いえ、勘違いなさらないでください。こうしていると、賊の目を欺けるかと思い当たった次第です」


「……どういうことだ」


「今現在、この神殿内にて、我らと人間どもとの見分けがつきませぬ。したがって、敵がついてくるであろう盲点も、ここにあるのです。我らに紛れ、混乱に乗じる。賤しい人間の考えそうな愚策。……ですので私はそれを逆手に取り、魔物の気配を完全に遮断することにより、敵を欺き、虚を突くという作戦を考えついたのでございます」


「……成程……、二段構えというわけか」


「はい」


「……ふむ、これは悪かった。では引き続き、よろしく頼むぞ」


「は、仰せのままに……」



 今度こそ、なんとかなったみたいだな。

 こいつから、完全に敵意ぽいものが無くなった。

 いまのうちに早いところ上まで昇って、十字架を破壊しないと……はぁ、なんで俺がこんなに精神すり減らさなきゃダメなんだよ。

 それにあの梯子、かなり長いし。面倒くさい。

 ……て、よくよく考えたら、屋根にある十字架がもしものすごく硬かったら、俺壊せなくね?

 ヤバくね? 作戦失敗じゃね?



「そうだ、おもしろい話を聞かせてやろう」



 ちっ、まだなんかあんのかよ。

 足止め食うなら、梯子さっさと昇っときゃよかった。

 ……おしゃべりな魔物ってのも、うぜえな……。



「この体。大神官の――このマヌケの話だ。なぜ、こいつが未だ現役であるのにも関わらず、その地位を孫に譲ったと思う?」



 現役? 何言ってんだ、この魔物は?

 ……いや、クリムトの話では魔物襲撃の際、おっさんも抵抗してたと聞く。

 だったら……、なんだ? おっさんはまじで健在だったって意味か?

 そのうえで、『腰をいわした』なんて嘘までついて、退役したってのか?

 なんのために?



「……いえ、わかりかねます」


「世間からのバッシングだそうだ」


「え?」


「聞いたことはあるか? ユウキという人間が率いる、勇者筆頭パーティの存在を」


「……はい、名前くらいなら」


「そのパーティは我々からだけではなく、人間どもからも敵視されておってな。それはどうやら、そいつらの活動に関係しておるようでな。当然、人間の中には、そのパーティの熱心なアンチテーゼなる者たちもおるのだ」



 ……たしかにいたな。そういうやつら。

 基本的に俺らに潰されたパーティの残党とか、それに準ずるやつらだと思うけど、周りをウロチョロしたりしてきて、ハエみたいにウザかった。

 ユウキが裏から手を回して何人か見せしめにして(殺してはいない)からは、表立った行動は控えるようになったんだっけ。

 けど、なんで、今更そいつらの話になるんだ……?



「そいつらがな、そのパーティに手を貸したと言いがかりをつけ、この神殿の大神官をバッシングし始めたのだ。当初は大神官は気にも留めておらんかったようだが、そやつら声は次第に周りを巻き込み、大きくなり、中には面白半分で加担する者もいたそうだ。こうなってくると、さすがに本部勇者の酒場も無視できなくなってな、ついには大神官はその地位を自ら辞退するまでに至ったのだ。長年堕としあぐねていたアムダの神殿の、この突然の不祥事……いやはや、ここを落とすのはじつに容易かったぞ。新しい大神官が就任してから、堅固だった神殿を包む結界は、我の魔法の前に脆く崩れ去ったのだからな」


「……随分と、この神殿事情に詳しいのですね」


「ああ、喰らうてやったからな。こやつの能力の一部と、記憶をな。……くっくっく、ここからが傑作なのだが……あの孫は、この大神官のアホに噛みついていたようだ。転職をサポートしただけで、なぜそこまで言われなければならぬのか、無関係だと言い張ればよかったのではないか、とな。……すると、このアホは何と言ったと思う?」


「………………」


「『ワシは自分の仕事に誇りを持っている。今も手段はどうであれ、あいつらが魔王に立ち向かってくれていることに、ワシは大神官としてドンと誇りに思っておる』だと……な。くっ、フフフ……笑えるではないか。……ガーッハハハハハハハハハハハハハ!! 自分を直接的にではないが、間接的に失脚させたパーティを、憎く思うのではなく、よりによって誇りに思うなど、まさに愚の骨頂! 頭がイカレたとしか思えん愚行! 愚かで愚かで、なんたる愚かさか! ……まあ、人間でいえば、こやつもかなり高齢だったため、些かボケもはいっていたとは思うが……くくく、それにしても、誇っているなどと口にするとは……ボケもここに極まれりだな。いやはや傑作だ。……む、いや、最後の最後に苦し紛れに、孫の前で格好つけたかっただけか? だがしかし、ここまで突き抜けてしまうと、もはや敵味方関係なしに、哀れだとしか――」



 バキィ!!

 俺の振りかざした拳が、目の前のおっさんの頬にめり込む。

 なんだ?

 俺は一体、何をやってるんだ?

 なんで俺はここまで怒っているんだ?

 なんで今、この瞬間、拳に痛みを感じるほどの強さで、目の前の下衆野郎を殴ってんだ?

 ドシン――

 俺に殴られた魔物は、尻もちをつき、何が起こったかわからないといった表情を浮かべた。

 しまった。

 まずい。

 なんとかしないと。

 ……でも、この状況でなんて言う?

 拳がかゆかったんで、あなたの頬で搔かせていただきました、とか?

 ダメだダメだ、とてもじゃないけど誤魔化しきれない。

 てか、殺されかねない。

 いっそのこと身を翻して、ここからダッシュで上まで駆け上がるか?

 無理だ。

 超人じゃあるまいし、俺にそんなことはできない。

 だったら――



「す、すんまっせー。ちょっと、ほっぺたに蚊がいたんで……それで、つい……ね? すすす、すんまっせー」


「くくく……なるほどなるほど、蚊が……なあ? くくく……」


「へ? へは……へははは……ほへはははははは……!」


「くはははははははははははははははははははは――殺す!!」


「はひ?」



 突如として、魔物はおっさんの姿から、元の姿である、とても悪魔らしい・・・・・姿へと変貌を遂げた。

 紅く、ギョロギョロとした目。

 ヤギのような顔、蝙蝠のような羽に、赤褐色の肌。

 ゴリラのようなぶっとい両腕には、さきほどから握っている転生の杖……だろうか。それと、どこから取り出したか、俺の身長ほどある三又の槍が握られている。

 ……これはアレだな。

 魔物に変えられるっていう選択肢はねえかもな。

 あの槍でグサーっといかれるんだろうな。

 どうする?

 右に突くか? 左に突くか? 顔か? 脚か? どてっ腹か?

 はたまた豪快に横に薙ぎ払って、俺のあばらをぶち折ったあとに槍でグサーか?

 やべえな、選択肢が多すぎる。

 それに、たぶんそれらに対応する反射神経もない。

 背を向けて逃げ出すなんてのは、もってのほか。すぐに追いつかれて、背中をグサられる。

 ……うん、死んだかも。

 八方塞がりだ。

 それに丸腰だとやっぱ……、普段の三割り増しぐらい敵が怖く見える。

 避けるも地獄、逃げるも地獄。

 そして、言葉を交わすのも地獄。

 ……だとしたらもう、アレしかねえでしょ。



「ナニカ、イイノコスコトハ、アルカ?」


「――えい、えい」


 ポコポコ。

 ワンツーパンチ。

 見よう見まねで、赤くなっていた拳をアークデーモンの腹に叩き込んだ。

 顔は高くて届かなかったため、腹だ。

 ボディーブロー。

 これで俺の拳が、ヤツのレバーをズタボロに――



「ボヘェ!?」



 なったのは、俺のほうか……。

 何が起こったのか。

 腹にデカい衝撃があった後、背中が壁に叩きつけられた。

 アークデーモンとの距離があんなに離れている。

 ははは、どうやらドギツイ蹴りを食らったみたいだ。

 息ができない。

 それどころか、小さくヒュッヒュッヒュと、無様に喉から空気と吐瀉物が溢れ出てくる。

 視界が霞む。

 ドシンドシン。

 とどめを刺しに来たのか、あるいは俺を笑いに来たのか。

 アークデーモンは手に持った槍をクルクルと回しながら、俺に近づいてくる。

 とどめじゃないですかー、やだー。

 世間ではそれをオーバーキルというのに……。

 一歩、また一歩と、俺とアークデーモンとの距離が縮まっていく。

 ……嗚呼、ダメだ。

 なーんで、あんなマネするかな……。

 ガラじゃねえってのに、こんなことするから、現在進行形で死にかけてるんだよ。

 あのまま、あいつの言葉なんて無視して、十字架のところに向かってたら、今頃終わってたのかもな……。

 まあ、でもやってしまったことは仕方がない。

 ――ふぅ……悪いけど、おまえアークデーモンがここに来るまでに、意識を保ってられる自信がねえ。

 ほら、今にももう視界が狭まって……狭まって――ない?

 それどころか、力が、気力が溢れて来る。

 腹の痛みも、引いていく。

 回復魔法……か?

 てことは――



「おいゴルァ、勝手に死んでんじゃねえぞォ!」

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